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ラジトバウム編

19話 おちつける場所

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 次の日ギルド支部へ向かうと、建物に入る前に気になる言葉が聞こえた。
 俺は足をとめて耳を傾けた。複数の男と女の声が入り乱れて、なにかを話している。

「あの新米冒険士が、ボルテンスのやつに勝ったらしいぞ」
「俺はたまたま予選を見に行ったんだが、あいつただもんじゃないぞ。とんでもねえレアカードを持ってやがった、誰も見たことがないみたいだったぜ」
「なんだ、カードが強かったのか」
「でも、それっておかしくない? 新米冒険士なのに、どこでそんなカード見つけたんだろ」
「まさか盗んだとでも?」
「そうじゃないけどさ。るろう人らしいし、なんかちょっと怪しいっていうか……」
「たしかにな……おっと」

 俺とフォッシャが入るなり会話も止まった。背中に視線を感じるが、俺は彼らを無視して通り過ぎる。

「なんワヌ、あいつら。エイト、気にすることないワヌよ。フォッシャがオドの法則をしっかり守ってるから、オドのご加護があるんだワヌ。あのカードと出会えたのだって、オドのお導きなんだワヌから」

「大丈夫、気にしてないよ。それより仕事に集中しようぜ」

「ラジャーワヌ!」

 わざわざ支部にこなくても、冒険士カードからクエストは受注できる。が、ここにくれば受付の女性に、おすすめの簡単な任務を教えてもらえる。
 俺とフォッシャはここで仕事を受けることが多い。正直なところどんな任務が楽なのか、あるいは大変なのかよくわかっていない上、膨大な量のクエストの中からひとつを探すのも大変なのだ。

 受付の女性からクエストの情報が書かれた紙を手渡されたところで、横から誰かが近づいてくるのがわかった。

「あらあら、自称ミラジオンと闘って生還した勇者様じゃない」

 この壮麗な衣装がよく似合っている女性は、たしかローグとか言ったか。
 嫌味をこめて俺に話しかけているようだが、あまりに美しすぎてまったくムカつかない。むしろ、どう思われていようとこんなお方に話しかけてもらえて、心のどこかで喜んでいる自分さえいる。

「たいそう腕前には自信があるでしょうに、そんな簡単な任務を受けるのねえ。こっちの大型モンスター撃退任務なんてどうかしら? それとも勇者様には簡単すぎるのかしらね、ふふ」

 笑い方も上品に、口元に手を添えている。動きのひとつひとつが艶(あで)やかだ。なにか皮肉を言われているようだったが、緊張してしまって、全く頭に入ってこなかった。

「エイトなにボーっとしてるワヌか? なんか言い返してやるワヌ」

「あ、ああ。えっと、失礼します」

 俺は受付の女性とローグに一礼して、逃げるようにその場を離れる。
 フォッシャはなにか不満げな表情だったが、すぐにあとからついてきた。

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 表通りを歩いていると、フォッシャがとつぜんつぶやいた。

「なんかだれかに後をつけられてるような感じがするんワヌよねえ」

 そう言われて後ろに目をやるが、だれかがこちらを見ている気配はない。

「そうか? 俺は気づかなかったな……」

「オドの感じでわかるんだワヌ」

 またそれか。その感じとやらがどこまで正確なのか、試してみるいい機会かもしれない、と俺は思いつく。

「一応調べてみるか」

 それから、芝生のある広場に俺たちはやってきた。
 ベンチに腰かけ、花や自然の木々が風にゆらぐのを眺める。

 ここなら視界も開けていて、だれかがこちらを見ればすぐにわかる。

「やっぱり、ついてきてるか?」

「もしかしたら、一回戦のエイトの戦いぶりをみたファンかも」

「ファンん~?」

「話しかけるタイミングを伺ってるんじゃないワヌか?」

「用があるならさっさと来ればいいのに」

「さいきんフォッシャたち仕事してばかりだから、遠慮してるのかも」

「じゃあ、ヒマそうにすればいいんだな」

「あ~やることないな~。女の子が話しかけにでもきてくれないかな~」
 ちら。とあたりに目をやるが、子供たち方が広場で遊んでいるだけで、特に変化はない。
 こないじゃねえか!

 なんか自分で言っててかなしくなったわ。

「なら、室内にいってみるか。そこでなら、向こうをおびきだせるかも」


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 今度はカードショップに来た。
 ここにくると、なんだか落ち着くな。俺の元いたところのカードショップと同じ雰囲気だからだろうか。

 ここの店の常連ってわけでもないのに、懐かしい、とさえ思えてくる。

 奥の対戦コーナーで、隅のテーブルについている女の子がこちらを見ているのがわかった。
 俺と目が合うと、あわてるかのようにすぐに目線を逸らした。フォッシャが珍しかったのだろうか。

「……あ。君、たしか……」

 帽子に覚えがある。この子、何度か会ったことがある気がする。

 俺のつぶやきに気づくと、女の子はあわあわとしだして、「自然に、自然に……」となにか独り言をいいだした。

「あ、あの!」

 少女がいきなり立ち上がって大声をだすので、まわりで対戦している人たちまでその音に驚いて注目した。

 少女はそれに気づいて、しゅんとおとなしくなる。

「え……えっと、ばーさす、しますか……」

 帽子のつばをおさえて、顔を隠す。俺に言っているのは、たぶん間違いない。

「あ、いや……」

「す、スオウザカエイト選手」

「しってるのか。俺のこと」

「し、知ってます。エンシェントの試合、見ていました。冒険士の方……ですよね」

「冒険士って言っても、駆け出しだけどね」

 俺は自分たちがだれかに尾行されているかもしれないということを忘れて、女の子のいる席に歩み寄る。
 なにげなく言った言葉に、意外にも女の子は反応を示した。

「じゃ、じゃあ……その、私、もしよかったら……」

 とそこに、やたらと明るく大きな声が割って入ってきた。

「ありりゃ~!? いつぞやのカード少年くんじゃん! またきてくれたんだ! あり? ハイロちゃんとおともだち?」

「……こんにちは」

 とりあえず、俺は挨拶をする。誰というまでもないだろう、あのギャルの店員さんだ。
 ハイロというのが俺の前にいる女の子の名前なのか。そのハイロがなにかいいかけてたのに、店員さんはタイミングが悪い。

「よく俺のこと覚えてましたね」

「そりゃね! 男の子のカードゲーマーってめずらしいし!」

 ……なんだって?
 なにげなく発された店員さんの言葉に、耳をうたがう。
 男の子のカードゲーマーが、めずらしい? 本当にそう言ったのか。

「チミは見所がある! このカードなんてどう? オススメだよ! いまなら安くしておくよ~それともこっちの初心者用スターターデッキがいいカナ!?」

「え、えっと……」

 嵐のようなセールスに、俺はたじたじになってしまう。
 ていうかスターターデッキって単語聞くの、何年ぶりだよ。

 するとハイロが、真剣な目つきでギャル店員さんの持つカードをじっと見つめた。
「……魔法カード『背水の陣』ですね。オドコスト3、レアリティはR(レア)。プレイヤーのオドライフが少ないほど味方のウォリアーカードを強化する」

 ハイロの口から、すらすらとカード解説の言葉がでてくる。この人、かなり詳しいんだな。

「そちらのスターターデッキにはレアリティPR、アビリティステータスポイント1300の『慈愛の死神』が一枚入っていて……」

 ハッと我に返ったのか、ハイロは途中で解説を止める。

「す、すみません悪いクセが……!」

「おお~」

 店員さんも感嘆の声をあげる。

 別に恥ずかしがらないでもいいのに、ハイロはしょぼんと縮こまってしまったので、俺はフォローをいれる。

「いや、わかりやすい解説だったよ」

 タイミングよく、店員さんは話を変えてきた。

「てか押し売りウザかったよねゴメンゴメン。ついはりきっちゃってさ~。あ、そういえばチミ冒険士なんだっけ。じゃあハイロっちとは冒険士つながりなんだね!」

「え? そうなの?」

「あり? ちがうの? ハイロちゃんも冒険士だよ」

 なにかに気づいたのか、あっと店員さんは声をだす。

「じゃあカードゲーマー同士仲間になっちゃえばいいじゃん! ナイスぁいでぁじゃねこれ!?」

 む、無理やりだな。さすがにいきなりそんなこと言われても、ハイロも困るだろうに。

 しかし、予想外にもハイロはこの話にのってきた。

「私なんかでよければ……ぜひ」

「って、いいの!?」

「お手伝いできることもあると思います。いちおう、私も冒険士なので」

「それって、仕事の仲間になってくれるってこと?」

「は、はい」

「本当に? そりゃたすかるな!」

「あーあいいトコなのにお呼ばれしちゃったよ。カード少年、たくさんかせいでたくさんカード買っちゃってよね! しくよろ~」

 彼女がいなくなると嵐が去ったかのように、静けさがもどった。

「なんなんだ……あの人は」

「あかるくて、おもしろい方ですよね」

「おもしろいっていうか……珍しいタイプの、カードショップ店員さんだと思うな。珍しいっていうか……すごく……珍しい」

 ていうかあんなカードショップ店員はじめて見たわ!

「そうかもしれませんね」

 なにかウケたのか、ふふ、とハイロは笑う。

「そういえばハイロさん、精霊杯の会場にいたよね。カード好きなの?」

「は、はい。デザインが好きなんです。かわいいし、かっこいいし……対戦するのも楽しくて。あ、あの、私のこと覚えててくれたんですね」

 ま、そりゃ覚えてるわな。俺って元の世界じゃ、ぜんぜん女の子と接点なかったから、ちょっと顔見ただけでも覚えちゃうんだよな。

「じゃあ、カードのこととか色々教えてもらってもいいかな。俺、戦闘とかも自己流だからさ」

「は、はい! 私でよければ……」

「俺はスオウザカエイト。って知ってるんだったか。まあよろしくな」

「よろしくお願いします、エイトさん」

「フォッシャにも挨拶してやってくれ」

「その子がフォッシャ……ちゃんですか? かわいいなぁ」

 ハイロは俺の膝元にのっていたフォッシャをのぞきこむ。
 ひょこっとフォッシャは顔をつきだして、

「よろしくワヌ!」

「しゃ、喋った!?」

 驚くハイロ。やっぱりそういう反応なのかという感じだ。

「いいよな、フォッシャ」

「もちろんワヌ! かわいい女の子大好きワヌ!」


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