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王総御前試合編
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しおりを挟むアグニオンが倒れ黒い霧もバレている今、クイーンであるローグの守りを固める必要がある。このチーム戦ではクイーンがやられれば終了だ。
やつがローグの正体を見切っていた以上、黒い霧の対抗手段も用意している可能性が高い。
ローグがここでウォリアーカードを出す。
「『プライドゥヴルフ』」
火力の高いカードだ。毛深く猛々しい、しかしどこか気品を感じるウォリアーが召喚される。二足で立つ大柄な狼、この編成唯一の純粋なアタッカーのその背中は頼もしく見える。
俺の所有カードではなくローグの選定だ。キゼーノ相手にはひいて守るよりすばやいカードで臨機応変に対応したいという判断なのだろう。
これで控えのカードも出し切った。あとは今出ているウォリアーたちをどううまく使っていくかに勝負がかかってくる。
キゼーノは不可解そうに、というより困惑のような落胆のような、今までにない態度になった。
「どういう……つもりだ? それとも何か狙いがあるのか……」
「もうシンカンのカードはない。ちょいとトラブってね……」
実際それは本当のことなのだが、キゼーノからすれば簡単に相手の言葉をうのみにするわけにもいかないだろう。それですこしでもやつの手が鈍ってくれれば儲けものだ。
キゼーノからすれば肩透かしをくらったような気分かもしれないな。こちらとしてはこのことがすこし有利に働くかもしれない。審官に対して準備をしてきたなら、遠距離攻撃に対応するトリックを揃えてきているはず。こちらは近距離(ショートレンジ)での闘いを望んでいるため、その分向こうの魔法枠が無駄になるわけだ。
「そう、それは口惜(くちお)しい……しかしせん無きことか。例えシンカンのカードがあったとしても我方なら倒せた」
悠々とキゼーノは言い放つ。
そう聞いて思わず、俺は自分の拳をつよく握りしめた。
たとえ審官のカードがあっても倒せた、だと。お前が優秀なのはたしかだが、あのカードはそんな風に簡単に言えるほどヤワじゃない。あのカードがあったからラジトバウムの街を守れたんだ。
そう言い返してやろうかとよっぽど思ったが、なんとか喉元でおさえた。挑発して俺のペースを乱そうとしている可能性もある。それとも時間を稼ぐつもりか。思うとおりにはさせない。
「……さあ、どうかな」
白を切るふりをして、カードを構える。と同時に、キゼーノがウォリアーを召喚した。
「荒々し海河(かいが)。激流、旅人(たびと)を呑み込めよ。『水龍クラードフルーム』」
まばゆい閃光と共にあらわれたのは、巨大な青い龍だった。ゼルクフギアのような翼はなく、ヘビのような長い胴体が広間を埋め尽くした。透き通るように鮮やかな鱗(うろこ)が美しくもあり不気味にも感じる。
水龍クラードフルーム。かなりの強カードにしてレアカードだ。生でみるのはこれが初めてだが、やはりデーターベースの画像でみるのとは迫力がまるで違う。ヘビに睨まれたカエルになったような気分だ。
いよいよプロの本領発揮というわけか。
このでかい図体では城内の壁を壊しながら移動することになる。だからこそ水のあるところを行き来できる【魔物の棲む湖】が活きてくるわけか。こいつが突然地面から口を出してきたらひとたまりもないだろう。
だが至近距離での戦いであれば混戦に持ち込むことができる。予想通り、水龍はハイロとローグの位置へと猪突猛進し、壁に激突する。二人にそんな直線的な攻撃は当たらないが水龍はそのまま頑丈な顔面で壁を突き破り、方向転換して今度はこちらに牙を向けてきた。
俺は飛び上がり、べボイの【ジャマーグラフィティ】を足場にしてさらに上空へと回避した。そのまま龍の背に乗る形になって転がり、受身をとりつつ着地する。
長い龍の体は急には旋回できない。すこしずつ移動するごとに平面式のエスカレーターのように俺の足場もうごいていく。キゼーノたちも何を考えたかこぞって龍の背へと飛びうつり、3人総出でそれぞれの方向からこちらに向かってきた。
――今度は俺を潰しにかかってきたか!
ハイロとローグもそれを察知し龍の鱗の上へとやってきた。敵の槍使いのヴァングがひと足早くこちらに突っ込んできたが、黒の霧で移動したローグがかろやかな剣さばきでそれをはじき返した。本来クイーンは守られる役目のはずなのだが、頼もしい。
すぐにハイロのほうへと目をやり、援護しなければと切るべきトリックカードを考える。が、ふと龍の加速に足元の動きを合わせられずによろめいて、俺は前に倒れ掛かってしまった。
偶然だったがそのおかげで敵の攻撃に反応することができた。水色のはずの龍の背が、俺の足元だけ血のように赤く変色している。この時はさすがに「なにかくる」とカードゲーマーではなく本能的な恐怖で危険を感じた。だがすでに重心が前にいっているため避けようにも落下に抗えない。どんどん赤い斑点が濃くなり近づいてくる。
「ベボイ! 【スリップギミック<滑り罠>】!」
とっさに魔法で転倒方向を横にずらす。俺の倒れるはずだった赤くなった鱗が先端のするどい円錐状(えんすいじょう)の形に隆起しているのが見えた。かわしきれずに脇腹をかすめ、俺は魔法の勢いで龍の背から床に派手に転げ落ちる。
「クラードフルームスキル【紅(くれない)の棘衣(とげごろも)】。……よく避(よ)けたな」
キゼーノは驚いているようだった。俺も正直驚かされた。あれが当たっていたら串刺しになるところだった。反応速度をあげるトレーニングを、ローグがくみこんでくれたおかげでなんとか命は失わずにすんだ。
それにしてもあの水龍のスキル、自分の鱗を強化する魔法だったのか。データをみた限りではただASを一時的に強化するということしかわからなかったがこういうことだったとはな。やはりエンシェントとボードヴァーサスでは得られる情報がちがう。もっと想像力を働かせて警戒しておくべきだったが、今は悔やんでも仕方ない。
俺は軽傷を負った脇腹をおさえ、なんとか立ち上がる。
痛みに対するストレスはあるが耐えられないほどではない。ジャングルでの日々やハイロの故郷での特訓の成果だろう。
それよりも、この状況が問題だ。至近距離での戦いはこちらの望む展開だったはず。
だが……流れが、流れがつかめない。
これほど実戦慣れした相手にわずかでも勝機をつくろうというのは容易ではない。容易ではないが不可能ではない。それはわかってはいるがキゼーノの質とスピードに追いつけない。やつはずっと先まで展開をいくつも予想している。
俺以上に見えている。こちらの手の内どころか俺の心の中さえ見抜かれているようなこの鋭い視線。これがキゼーノの先読みスキルの力なのか。
審官のカードがないと判明した時点ですでにこちらが近接戦闘をしかけると見切り、こちらが戦術をしかけようにも先回りされてしまっている。
局面を読み適切な対応をするという、カードゲーマーとしての純粋な力が優れている。シンカンすら倒せるというのも強がりではない。
だがあんなことを言われて……このまま、引き下がれるか。
「恐怖の色がみえるぞ。だから貴様は牙の抜けたカードゲーマーだと言うのだ」と、キゼーノが言った。
「なんだと……っ!?」
いま俺が押されているのはキゼーノの戦術的な力によるのではなく、精神的なものだとでもいうつもりか。
睨み返してカードを引こうとしたとき、自分に異変が起きているのがわかった。
うごかそうとした手が震える。反対の手で手首をつかんで必死に抑えるが、痙攣(けいれん)が止まらない。
「な、なんだ……くそッ!?」
毒じゃない。鱗が当たったのは脇腹で、今あきらかにカードを出現させようと伸ばしたはずの手だけが俺の意志に反して揺れ動いている。
どうしちまったんだ……!? まさか、怖いのか。この状況が。キゼーノが。
俺がカードでこんな姿をさらすことになるとは。不甲斐ない、情けない。これでは、今まで戦ってきたカードゲーマーたちに、あまりにも申し訳ない。彼らの顔に泥を塗るようなものだ。
だが、ブレは一向に止まない。奇しくもあの館でミジルと揉めた時にできた、傷のあるほうの手だった。
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