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20 信頼
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痛みだとか、生き残る可能性や、人生の後悔だとかを考える前に意識は途切れてしまった。
アルスの力はこんなものだったのか。そんなわずかに憎しみをはらんだ言葉が脳裏をよぎった。
それさえもすぐに、いや自分が引き出せなかった、自分が弱かった結果だと受け入れる。
完全に閉ざされた闇のなかに、だれかの声が聞こえる。
頬になにかあたたかいものが触れたのを感じる。
――そうだ、俺はさっきまで倒れていたから、だれかが俺の顔の上でなにかしているんだ。体がまったく動かないままそんなことを考える。
ポツリ、と。また、あたたかいものが鼻先に落ちてくる。
これは……俺のじゃない。だけどこの温度の物体を、俺は知っている。
誰かが……泣いてる?
……こんな俺のために泣いてくれる人がいるのか……
アルスの力を引き出せず、だれも救えない俺に……
意識がもどり、ぼんやりと視界がひらける。
萌音たちが俺を取り囲んで座っていた。チェロが光の刃を引き抜こうとしたり治癒しようとしながら、それ以外の三人はただ俺の手をにぎりながら、顔を涙でぐしゃぐしゃにしている。
なにか声をかけてくれているが、わからない。たぶん俺かアルスの名前を呼んでくれている。
チェロだけは涙を流さず、俺の情けない姿に怒ってるみたいだった。
どうにかして、アルスを信じてくれたヨサラ、萌音、綿乃、チェロ。彼女たちの期待に応えたい。そんな気持ち、いや後悔が沸いた。
もう体のどの部位も動く気がしないけれど、せめてここまで信じてついてきてくれたこと、今この時もこうしてくれていることに、せめて ちゃんとお礼を言いたい。
命を懸けて信じてついてきてくれた。
この人たちを……なにに変えても守りたい。
頼む、力をくれ、彼女たちを護(まも)れる力を。――アルスデュラント。
今なら、あんたが守りたかったものがわかる気がするよ。
なにもなかった空白のような意識のなかで、なにか今までとはちがう感覚が生まれた。あるいは、取り戻したのだろう。
手が、動く。綿乃たちにつかまれている手が。
懸命に彼女たちのあたたかい指先を握り返した。
なくなっていた力がどこからか芽生えてくる。あふれてくる。目が開き切り、自分の全身から蒸気かオーラのような光が放たれるのが見えた。これが俺の魔柱なのか。だとしたら信じられないような量だ。
俺はその光を手綱にするように、内からあふれてくる力に身をゆだねて身体を動かす。
胸に突き刺さっている光の刃を強く握ると、ガラスのように粉々に砕け散った。
その勢いのままに立ち上がり、ふたたび守護者と向かい合う。もうそれしか目に入らない。手をかざすと、御神刀がふたたび炎を取り戻した状態で俺の手の中によみがえる。
「万が一にも勝機はない。今のお前ではな」
言いつつ、毛ほどの油断もなく守護者は武道のような洗練された構えを取り、さらにその背後には後輪の陣があらわれる。
「万が一にも……か」
今俺がこうして立っているのは、萌音たちのおかげであり、そうしてその万が一が起きた証(あかし)だ。
「なら奇跡の魔法を見せてやる」
もはや自分の意識ではなく、自分がまとっている力によって生かされているような感覚だった。それにただ身を任せている。しかしそれで不思議とこうしてまだ戦う意志を見せられている。
「お前の力では俺は壊せない」
守護者はどこか悲痛そうな目をして言った。
「たしかに俺はどんなにがんばっても、大魔術師には及ばない。アルスの力はない」
俺の後ろにいる綿乃たちの想いを抱くつもりで、御神刀を持ち上げ、守護者のほうに刃を向けた。
「けど、俺たちには俺たちの力がある。信頼って力がな」
彼女たちが触れてくれた手は、泥とすすと血で汚れていたが、今はなによりも頼もしく感じる。その手を握り、打ち勝ちたいと強く念じた。
俺の足元に出た魔法陣に両手でもって剣を突き刺す。異空間ができるように霧につつまれた闇がひろがっていき、守護者と俺の周囲を包んだ。そのなかにはいくつものこちらが出した魔法陣が展開されている。
守護者の後輪から無数の光が放たれた。しかし、今ははっきりとその切っ先が見える。避けきり、そして切り落としてすべてをかわす。
そこから先はもはや自我はなかった。体が勝手に動いていくのである。
真紅の刃の状態でかつ炎をまとった連続の剣撃、そして領域を埋め尽くす魔法陣からの攻撃、絶え間ない怒涛のラッシュで守護者を打ちのめし続ける。
だが守護者の身体は生身の拳で鋼鉄を割ろうとしているかのように固く、さらに領域のなかにたまたまあった浮かぶ岩盤を足場に利用しわずかな連撃の切れ間から蹴りと正拳を放ってくる。
反撃されかけたが、こちらもまた体をのけぞらせてかわし浮かんでいた岩盤を蹴りあげ、下から剣を思い切り振りぬき斬り捨てる。
意識がもどり、顔をわずかにあげる。
守護者の身体が腰下から肩にかけて焼き切れており、その体がブラムと似たように消えて行っていた。
「なるほどな……憎たらしいやつだ」
まるで未練がないかのようにそう言い残し、最後には守護者の皮膚や服が溶けていき本当に人形のように壊れていく。
「千年前お前から受けた屈辱を忘れたことはなかった……なにも言わぬのもいいが、絶望に染まるお前の顔を見てみたい」
守護者が散り際にそう言ったのを、たしかに聞いた。
「俺の名は……ゼスカ。千年前……俺はお前に会っている」
淡々と彼は語る。俺の頭には疑問ばかりがつのった。
――そもそもなぜこいつはやられたのにこんな満足するような表情をしているんだ?
「かつてお前は世界を……お前たちを、救えなかった。だが今度は……面白くなりそうだ」
どういうことだ……?
「世界を……救え……なかった……? なんの……ことだ」
ゼスカの頬が、みるみる吊り上がっていく。目は愉悦で満ちている。
「本来、世界はひとつしか存在できない。だがあるとき三つに別れた。人と人が争うように、世界も意志を持ち存在しようとする。ダンジョンもまたその一部でしかない。アルス、貴様の世界ともうひとつの世界、そのどちらかしか残せない。あるいはほうっておけば、そのどちらも消滅する……! お前はそれを知り、選択を放棄し、すべてから逃げたんだ……!」
俺の顔を見て、高らかにゼスカは気味の悪い笑い声をあげる。まるで勝ち誇るかのように。
ほんのわずかな刹那の間(ま)だったが、ゼスカとやらはそう言って消えた。
どういうことだ……? まるで俺の知っていたこととはちがう。ブレインを破壊して厄災を終わらせたんじゃなかったのか。世界はひとつしか存在できない、だと。じゃあアルスの世界と、俺の世界が同時にある今の状態はどうなる。
息がつまるのを感じながら、しかし惑わされるな、と自分に言い聞かせる。
「だったらそのアルスに……また奇跡を起こさせるまでさ」
つぶやいたが、それにこたえてくれる者はもう跡形も残っていない。
さっき俺の放った剣撃は、刃の波状となって遥か後方のブレインコアさえ打ち砕いていた。
それに気がつき、次にはひどい地盤の揺れが起きた後目の前がまばゆい光で真っ白になる。
目をあけたときにはナズウェンの林の前にいた。
俺たちの他にも兵士たちがいるようだが、多くは意識を失っているうえ木々の向こう側にいる。
ひと息ついてから、ああ終わったのだと、ようやく実感がわいてきた。
「ふう……なんとかなったみたいだね」
ノパがパタパタとこちらに飛んできながら言う。誰かに治療してもらったようだ。それとも精霊だから回復が早いのか。
「あのコアを守ってたのと、なにか話してたけど、どんなことを言ってた?」
聞かれ、目を細めうつむいて答える。
「世界は……ひとつしか存在できないらしい。そのうちのひとつ、ダンジョンは意志をもって、二つの世界をほろぼそうとしている」
「……ひとつ? じゃあ、それって……ど、どうしようもないじゃないか」
ノパの顔が青ざめていく。ゼスカが最後に見たものも、これと同じものかと思った。
「そうはさせないさ。俺たちには大魔術師様がついてるからな」
アルスはかつて厄災から世界を救った。だが本当にすべてを解決したわけではなく、問題を先送りにしただけだった。
どうすればいい? あんたはどう考えた? 目を閉じて自分に問いかけてみるが、答えは返ってこない。
「やったよー!」
「ソウくん!」
顔をススだらけにして、萌音たちやヨサラたちが駆け寄ってくる。いきなり抱き着いてきた四人に俺はとまどいつつも、一緒に笑い声をあげた。
「みんなのおかげだよ」
心から感謝の気持ちを言う。「えーそれって具体的にどういう意味?」
ニヤニヤとしながら綿乃がきいてくる。
答えはなんとなく俺もわかっていたが、彼女の嬉しそうな笑みを見るとかえって言いづらくなる。
「いや……」
顔を逸らして逃げておいたが、口元がゆるむのは隠しきれなかった。
そのあとのことは救護班に任せ、俺たちはコアを誰が壊したか告げないままナズウェンを去った。
名声のためにこうしているわけではない上、面倒ごとはできれば避けたかったためだ。
アルスが生きている。わざわざそう知らせて世界の人を混乱させる必要もないだろう。ノパと話し合い、そう決めてある。
そうして、もはや定番のたまり場となったチェロの家へと向かう。
しかしその道中も、なにか自分の中でダンジョンであったことについて考え込んでいる。
ダンジョンのこと、それからゼスカの言っていた言葉の意味を、である。
アルスは世界をダンジョンから救った。だがあの人形からするとそうじゃない。そしてダンジョンにはまだ俺たちの知らないなにかがある。
物思いにふけり、談笑している萌音たちの会話も耳に入ってこない。
「アルス、どうするかアイデアは浮かんだ? それか、思い出せた?」
ノパがきいてくる。
「どっちもまだだ。ノパこそ、なにか知らないのか」
「わからない。アルス、それから精霊王と出会った頃の僕はまだ生まれたばかりで……赤ん坊みたいなものだったから。でも、まずはひとつ進んだことを今は祝おうよ。このさきにきっと答えはあるはずだしね」
そうだな、と俺は肩をすくめて返す。
俺が考えていたのと同じことをノパが口にする。
「アルスがウテナの世界に転生したのは、きっと偶然じゃない。なにか意味があるんだよ。千年前ではできなかったことを、アルスはやろうとしてる」
「……俺もそう思う。なんとなく、そう感じるんだ」
心のうちに問いかけてみてもわからないのに、空を見上げるとアルスがそう言ってくるような気がする。このソラはつながっている。二つの世界を守れ、と。
「ソウくん」
チェロの家の門の前にいる綿乃に呼ばれて、顔をあげる。「どうしたの? 今日は鍋パーティーだよ!」
笑って手を振る彼女につられて、なにか考えていたことも吹き飛ぶように抜け落ちた。ずいぶんと腹が減っていたことに気づく。
「萌音、食い意地張りすぎてお腹壊さないようにね。あなたすごい食べるから……」
チェロが苦笑して言う。
「わ、わかってるよう。なんたってこのチームのエースだから、私が動けないんじゃ困るもんね!?」
「エースっていうか……ムードメーカーですよね」
「手厳しいなぁヨサラちゃん」
そんなことを言い合って、和やかに笑い合っている。萌音が思い出したように声を出し、
「あ、それよりさ、今度あたしたちの街にも行こうって話。ヨサラちゃんたちを連れて案内するから、それについてみんなで考えよ!」
「うん! ソウくんも絶対一緒だよ」
綿乃が微笑んで俺の方に手を差しだしてくる。
俺は肩をすくめて、笑って彼女たちのあとを追う。
どんなにまだダンジョンと困難が待ち受けていても、それを解決できると信じているこの人たちがいる限り立ち向かえる。今はただ純粋にそう思うのだった。
アルスの力はこんなものだったのか。そんなわずかに憎しみをはらんだ言葉が脳裏をよぎった。
それさえもすぐに、いや自分が引き出せなかった、自分が弱かった結果だと受け入れる。
完全に閉ざされた闇のなかに、だれかの声が聞こえる。
頬になにかあたたかいものが触れたのを感じる。
――そうだ、俺はさっきまで倒れていたから、だれかが俺の顔の上でなにかしているんだ。体がまったく動かないままそんなことを考える。
ポツリ、と。また、あたたかいものが鼻先に落ちてくる。
これは……俺のじゃない。だけどこの温度の物体を、俺は知っている。
誰かが……泣いてる?
……こんな俺のために泣いてくれる人がいるのか……
アルスの力を引き出せず、だれも救えない俺に……
意識がもどり、ぼんやりと視界がひらける。
萌音たちが俺を取り囲んで座っていた。チェロが光の刃を引き抜こうとしたり治癒しようとしながら、それ以外の三人はただ俺の手をにぎりながら、顔を涙でぐしゃぐしゃにしている。
なにか声をかけてくれているが、わからない。たぶん俺かアルスの名前を呼んでくれている。
チェロだけは涙を流さず、俺の情けない姿に怒ってるみたいだった。
どうにかして、アルスを信じてくれたヨサラ、萌音、綿乃、チェロ。彼女たちの期待に応えたい。そんな気持ち、いや後悔が沸いた。
もう体のどの部位も動く気がしないけれど、せめてここまで信じてついてきてくれたこと、今この時もこうしてくれていることに、せめて ちゃんとお礼を言いたい。
命を懸けて信じてついてきてくれた。
この人たちを……なにに変えても守りたい。
頼む、力をくれ、彼女たちを護(まも)れる力を。――アルスデュラント。
今なら、あんたが守りたかったものがわかる気がするよ。
なにもなかった空白のような意識のなかで、なにか今までとはちがう感覚が生まれた。あるいは、取り戻したのだろう。
手が、動く。綿乃たちにつかまれている手が。
懸命に彼女たちのあたたかい指先を握り返した。
なくなっていた力がどこからか芽生えてくる。あふれてくる。目が開き切り、自分の全身から蒸気かオーラのような光が放たれるのが見えた。これが俺の魔柱なのか。だとしたら信じられないような量だ。
俺はその光を手綱にするように、内からあふれてくる力に身をゆだねて身体を動かす。
胸に突き刺さっている光の刃を強く握ると、ガラスのように粉々に砕け散った。
その勢いのままに立ち上がり、ふたたび守護者と向かい合う。もうそれしか目に入らない。手をかざすと、御神刀がふたたび炎を取り戻した状態で俺の手の中によみがえる。
「万が一にも勝機はない。今のお前ではな」
言いつつ、毛ほどの油断もなく守護者は武道のような洗練された構えを取り、さらにその背後には後輪の陣があらわれる。
「万が一にも……か」
今俺がこうして立っているのは、萌音たちのおかげであり、そうしてその万が一が起きた証(あかし)だ。
「なら奇跡の魔法を見せてやる」
もはや自分の意識ではなく、自分がまとっている力によって生かされているような感覚だった。それにただ身を任せている。しかしそれで不思議とこうしてまだ戦う意志を見せられている。
「お前の力では俺は壊せない」
守護者はどこか悲痛そうな目をして言った。
「たしかに俺はどんなにがんばっても、大魔術師には及ばない。アルスの力はない」
俺の後ろにいる綿乃たちの想いを抱くつもりで、御神刀を持ち上げ、守護者のほうに刃を向けた。
「けど、俺たちには俺たちの力がある。信頼って力がな」
彼女たちが触れてくれた手は、泥とすすと血で汚れていたが、今はなによりも頼もしく感じる。その手を握り、打ち勝ちたいと強く念じた。
俺の足元に出た魔法陣に両手でもって剣を突き刺す。異空間ができるように霧につつまれた闇がひろがっていき、守護者と俺の周囲を包んだ。そのなかにはいくつものこちらが出した魔法陣が展開されている。
守護者の後輪から無数の光が放たれた。しかし、今ははっきりとその切っ先が見える。避けきり、そして切り落としてすべてをかわす。
そこから先はもはや自我はなかった。体が勝手に動いていくのである。
真紅の刃の状態でかつ炎をまとった連続の剣撃、そして領域を埋め尽くす魔法陣からの攻撃、絶え間ない怒涛のラッシュで守護者を打ちのめし続ける。
だが守護者の身体は生身の拳で鋼鉄を割ろうとしているかのように固く、さらに領域のなかにたまたまあった浮かぶ岩盤を足場に利用しわずかな連撃の切れ間から蹴りと正拳を放ってくる。
反撃されかけたが、こちらもまた体をのけぞらせてかわし浮かんでいた岩盤を蹴りあげ、下から剣を思い切り振りぬき斬り捨てる。
意識がもどり、顔をわずかにあげる。
守護者の身体が腰下から肩にかけて焼き切れており、その体がブラムと似たように消えて行っていた。
「なるほどな……憎たらしいやつだ」
まるで未練がないかのようにそう言い残し、最後には守護者の皮膚や服が溶けていき本当に人形のように壊れていく。
「千年前お前から受けた屈辱を忘れたことはなかった……なにも言わぬのもいいが、絶望に染まるお前の顔を見てみたい」
守護者が散り際にそう言ったのを、たしかに聞いた。
「俺の名は……ゼスカ。千年前……俺はお前に会っている」
淡々と彼は語る。俺の頭には疑問ばかりがつのった。
――そもそもなぜこいつはやられたのにこんな満足するような表情をしているんだ?
「かつてお前は世界を……お前たちを、救えなかった。だが今度は……面白くなりそうだ」
どういうことだ……?
「世界を……救え……なかった……? なんの……ことだ」
ゼスカの頬が、みるみる吊り上がっていく。目は愉悦で満ちている。
「本来、世界はひとつしか存在できない。だがあるとき三つに別れた。人と人が争うように、世界も意志を持ち存在しようとする。ダンジョンもまたその一部でしかない。アルス、貴様の世界ともうひとつの世界、そのどちらかしか残せない。あるいはほうっておけば、そのどちらも消滅する……! お前はそれを知り、選択を放棄し、すべてから逃げたんだ……!」
俺の顔を見て、高らかにゼスカは気味の悪い笑い声をあげる。まるで勝ち誇るかのように。
ほんのわずかな刹那の間(ま)だったが、ゼスカとやらはそう言って消えた。
どういうことだ……? まるで俺の知っていたこととはちがう。ブレインを破壊して厄災を終わらせたんじゃなかったのか。世界はひとつしか存在できない、だと。じゃあアルスの世界と、俺の世界が同時にある今の状態はどうなる。
息がつまるのを感じながら、しかし惑わされるな、と自分に言い聞かせる。
「だったらそのアルスに……また奇跡を起こさせるまでさ」
つぶやいたが、それにこたえてくれる者はもう跡形も残っていない。
さっき俺の放った剣撃は、刃の波状となって遥か後方のブレインコアさえ打ち砕いていた。
それに気がつき、次にはひどい地盤の揺れが起きた後目の前がまばゆい光で真っ白になる。
目をあけたときにはナズウェンの林の前にいた。
俺たちの他にも兵士たちがいるようだが、多くは意識を失っているうえ木々の向こう側にいる。
ひと息ついてから、ああ終わったのだと、ようやく実感がわいてきた。
「ふう……なんとかなったみたいだね」
ノパがパタパタとこちらに飛んできながら言う。誰かに治療してもらったようだ。それとも精霊だから回復が早いのか。
「あのコアを守ってたのと、なにか話してたけど、どんなことを言ってた?」
聞かれ、目を細めうつむいて答える。
「世界は……ひとつしか存在できないらしい。そのうちのひとつ、ダンジョンは意志をもって、二つの世界をほろぼそうとしている」
「……ひとつ? じゃあ、それって……ど、どうしようもないじゃないか」
ノパの顔が青ざめていく。ゼスカが最後に見たものも、これと同じものかと思った。
「そうはさせないさ。俺たちには大魔術師様がついてるからな」
アルスはかつて厄災から世界を救った。だが本当にすべてを解決したわけではなく、問題を先送りにしただけだった。
どうすればいい? あんたはどう考えた? 目を閉じて自分に問いかけてみるが、答えは返ってこない。
「やったよー!」
「ソウくん!」
顔をススだらけにして、萌音たちやヨサラたちが駆け寄ってくる。いきなり抱き着いてきた四人に俺はとまどいつつも、一緒に笑い声をあげた。
「みんなのおかげだよ」
心から感謝の気持ちを言う。「えーそれって具体的にどういう意味?」
ニヤニヤとしながら綿乃がきいてくる。
答えはなんとなく俺もわかっていたが、彼女の嬉しそうな笑みを見るとかえって言いづらくなる。
「いや……」
顔を逸らして逃げておいたが、口元がゆるむのは隠しきれなかった。
そのあとのことは救護班に任せ、俺たちはコアを誰が壊したか告げないままナズウェンを去った。
名声のためにこうしているわけではない上、面倒ごとはできれば避けたかったためだ。
アルスが生きている。わざわざそう知らせて世界の人を混乱させる必要もないだろう。ノパと話し合い、そう決めてある。
そうして、もはや定番のたまり場となったチェロの家へと向かう。
しかしその道中も、なにか自分の中でダンジョンであったことについて考え込んでいる。
ダンジョンのこと、それからゼスカの言っていた言葉の意味を、である。
アルスは世界をダンジョンから救った。だがあの人形からするとそうじゃない。そしてダンジョンにはまだ俺たちの知らないなにかがある。
物思いにふけり、談笑している萌音たちの会話も耳に入ってこない。
「アルス、どうするかアイデアは浮かんだ? それか、思い出せた?」
ノパがきいてくる。
「どっちもまだだ。ノパこそ、なにか知らないのか」
「わからない。アルス、それから精霊王と出会った頃の僕はまだ生まれたばかりで……赤ん坊みたいなものだったから。でも、まずはひとつ進んだことを今は祝おうよ。このさきにきっと答えはあるはずだしね」
そうだな、と俺は肩をすくめて返す。
俺が考えていたのと同じことをノパが口にする。
「アルスがウテナの世界に転生したのは、きっと偶然じゃない。なにか意味があるんだよ。千年前ではできなかったことを、アルスはやろうとしてる」
「……俺もそう思う。なんとなく、そう感じるんだ」
心のうちに問いかけてみてもわからないのに、空を見上げるとアルスがそう言ってくるような気がする。このソラはつながっている。二つの世界を守れ、と。
「ソウくん」
チェロの家の門の前にいる綿乃に呼ばれて、顔をあげる。「どうしたの? 今日は鍋パーティーだよ!」
笑って手を振る彼女につられて、なにか考えていたことも吹き飛ぶように抜け落ちた。ずいぶんと腹が減っていたことに気づく。
「萌音、食い意地張りすぎてお腹壊さないようにね。あなたすごい食べるから……」
チェロが苦笑して言う。
「わ、わかってるよう。なんたってこのチームのエースだから、私が動けないんじゃ困るもんね!?」
「エースっていうか……ムードメーカーですよね」
「手厳しいなぁヨサラちゃん」
そんなことを言い合って、和やかに笑い合っている。萌音が思い出したように声を出し、
「あ、それよりさ、今度あたしたちの街にも行こうって話。ヨサラちゃんたちを連れて案内するから、それについてみんなで考えよ!」
「うん! ソウくんも絶対一緒だよ」
綿乃が微笑んで俺の方に手を差しだしてくる。
俺は肩をすくめて、笑って彼女たちのあとを追う。
どんなにまだダンジョンと困難が待ち受けていても、それを解決できると信じているこの人たちがいる限り立ち向かえる。今はただ純粋にそう思うのだった。
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