妄想ネタをあなたに(短編集)

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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私の赤ちゃん

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異世界転移の真っ最中に、奇妙な生物に犯された。


「こうなったら死んでやるわ」


苦悶のうちに直ぐにお腹が張って大きくなったかと思うと破裂しそうに痛む。


「だっ、だっ、だずげでぇぇぇ。だっ、誰かっ、お腹がっ」


TVで観たことのある「ひっひっふー、ひっひっふー」というお産の呼吸法を繰り返しているうちに、何かがズルリと出た。


お腹が楽になった。


次はおっぱいがはち切れそうに痛む。固くなって石みたいになってきた。重くて歩けない。痛過ぎる。


セーターをまくり上げると、さっきズルリと生まれたモノが飛び付いてきた。


ムゴゴゴゴキュゴキュゴキュ……


吸い付いておっぱい飲みはじめた。
飲まれると楽になるのね。スッゴい楽になっていくんだけど……


でもこの子、タコみたいに脚がいくつもあって私の身体に抱きついている。丸いのが頭なのかしら……


異世界の生き物と人間のハーフとか、ハイブリッドってことになるのよね。この子に罪はないけど愛せない。


うわあ、左のおっぱいは空になったみたい。右のおっぱいに頭が移動した。


ムゴゴゴゴキュゴキュゴキュ……


やっぱり楽になるぅぅぅ。いっぱい飲んでね、タコみたいなハイブリッドちゃん。


おっぱい出なくなったらあんたを殺すかも知れないけれど、御免ね。


私はハイブリッドちゃんのお母さんになる気はないのよ。本当に御免。


やがてお腹いっぱいになったらしいハイブリッドちゃんが寝落ちして転がった。


引っくり返って複数本ある小さな脚をお花のように拡げてだらけさせている。お花の真ん中に、人間みたいな顔が見えた。


天使っ……天使の顔だ……
何て可愛い……綺麗な子……
ああ、私の赤ちゃん……


可愛い顔に一目惚れしたので、殺すのは止めた。私はハイブリッドちゃんをダッコしてみた。


心が温かくなる。


私は異世界で、親バカ丸出しでおっぱいあげる母親になった。


ハイブリッドちゃんはダッコやオンブが好きで金塊のある洞窟に行きたがり、自分の脚で金塊を掘り当ててはギルドで売りさばき、私たちは豊かに暮らした。


そのうちに、いつまで経ってもハイブリッドちゃんが大きくならないので不思議に思うようになった。


ある洞窟に入ったときだった。異様に興奮したハイブリッドちゃんが、奇声を上げる。


巨大タコみたいな脚がウニウニと出てきて目の前で蠢く。


うわあ、コイツだ。コイツがハイブリッドちゃんの父親だっ。


恐怖に全身打たれたが、巨大タコみたいな脚がハイブリッドちゃんを絡めとると抱き締めるようにして、顔を露にした。


人間のような顔が見えた。


「人間よ、私の子を産んでくれて有り難う。しかし、私の命はやがて尽きる。後継者を産んでくれた御礼に、できることはなんでもしてやろう。何か欲しいものがあれば言ってみるが良い」


「元の世界に戻りたいです」

「何だ、それだけか」

「美人になりたいです。できれば永遠に年を取らず、その前に若返って、産後太りでダイエットも必要だし、健康も運動能力も、それに何でもうまくいく能力も運も欲しい。寿命伸ばしたい。三百年くらいは生きたい。私には母親がいるけど、母親も若返らせて健康にして欲しい。それから……」

「何だ、まだあるのか。面倒だな。わかった。全て叶えよう。これを持っていけ」


一本の脚が、古びたランプを差し出す。


「魔法のランプだ。三擦り半で光の妖精が出てくる。必要なことは何でも言うが良い」


 

それから三百年、私は元の世界でギネスブックに載る長寿美人として生きている。


あれから真っ当な恋愛もしたけど子供はできなかった。そればっかりは願えなかったからだ。


「誰も彼も早死にして私は孤独よね。折角話の合う人と知り合って親しくなっても、その人は必ず先に死んでしまうのだからさ。ハイブリッドちゃんは元気かしら」

「ご存じなかったのですか。あの子はもうお亡くなりになりましたよ。二百年しか生きられないのです」

「ああ、早く会いに行けばよかった。行けたのよね」

「うーん。記憶が続かないと思うので、あなたを母親だと認識したかどうか……」

「あら……そう……可愛かったのに……残念な話だわね。何だか泣けるのはどうしてかしら……今まで忘れて暮らしていたのに、もう二度と会えないなんて、辛いわ。この世に欲しいものは何もないのに、泣ける」


私は空虚な人生を送ったような気になった。母親も幸せのうちに身罷ったし、世の中を平和にしたし、なりたいものにはすべてなった。望むことは何でも満たされたのに、何故か空虚な思いに襲われる。


「切ない……でも、死ぬときはあなたがいてくれるでしょ」

「いいえ、わかりません。三擦り半で私をランプから呼び出すことができるのは、この世ではあなただけですから、死に際して呼び出せるとは……」

「寂しいじゃないの」

「あなたに本当に必要なのは、神だったのではないですか。神はあなたよりも先に死ぬことはありません」

「あんたは神ではないの」

「私は召し使いですよ。神様ではありません。あなたに崇められたことはありませんけど。あなたには崇拝の対象は必要だったかも。心の虚しさを埋める神様が……」

「そうね……じゃあ神様を作って」

「できません。そればっかりは……」

そんな簡単なことに気づくのに、三百年かかった。やっと自分の愚かさに納得して目を閉じた。安らかな眠りと恐ろしい死が一緒にやってくる。抗えない死がやってくる。

光の妖精が消えた。世界も消えた。それなのに闇の中に蠢く複数本の小さな脚が見える。


「私のハイブリッドちゃん、可愛い赤ちゃん、お母さんですよ」


今こそ、私は産まれて始めて神様に感謝できる。温かい気持ちになった。






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