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第2章 守銭奴の企み
守銭奴登場
しおりを挟む譜面から目を離すと、人波を割って大影の前にひとりの美少女が現れた。スラリとしたモデル並みの身長だが、体重計の数字に反映しなさそうな痩せた身体に不健康な顔色。
「どうも……」
ハスキーな声で楽譜を受けとる。細長い指だ。ピアノに向いている。
「あの……いえ、何でも」
何かを言いかけて大影は思いとどまった。何を言わんとしたのか自分でも定かではない。信号が黄色からやがて青に変わる。
烏の濡れ羽色の髪に縁取られた青白い顔に、皮肉っぽい笑みが浮かぶ。踵を返す彼女に胸騒ぎを覚えながら目で追っていたら、後ろから幾つかのクラクションに急かされた。不意の邂逅に対するブーイングか。
(信号変わってるやし)
発進する。胸に閊るものがあって(雨垂れの楽譜なんか見たからだ)と頭を振る思いで、スピードを上げる。ショパンと青白い顔を重ねて出てくるはずの名前に行き着かず、いや、わざと無視したのか、能天気な恋の予感らしき妄想に走った。
(美少女か。僕も、関心があるのはお金だけ……ってスタンスではなくて、今まで主にお金だったけどさ……ってことにしておこうかな。金の亡者の看板下ろして美少女ラブもいいな。ははっ。タイプだった……)
古着屋の近くでバイクに股がって暫くの間待っていたら、全身黒ずくめ巨乳のスピードスケーターみたいなタイツ女が出てきた。
(うわあ、何を考えているんだ。恥ずかしいじゃないか。化粧濃いぞぉ。巨乳じゃなくて虚乳が凄すぎる)
独りで赤面する。
古着屋横の駐車場に停めてあったホンダ・シビックに、大影は常々(ダースベイダーの手下みたいな顔の車だ)と映画ファンが喜びそうな感想を持っていたが、虚乳タイツが乗り込むのを見届けて大影も静かにアクセルをかけた。
シビックのバックミラーを避けて何台かの車を間に挟んで尾行するうちに、同じ車をマークしているBMWに気がついた。
(あ、町田さんだ。ははぁ、社長が窮地に立ったらきっとヒーローみたいに助ける気なんだな。これだから嫌になるんだ。仮面ライダークウガとか仮面ライダー龍騎とか特撮もので育った世代は……)
そういう自分は夢中でテレビに噛りついていたことも忘れてぼやく。
(千二百円の元手がかかっているのだから自己破産するわけにはいかないじゃないかあああ)
大影、百五十円値切ったよな。例え千二百円だとしても、それで自己破産申告は受け付けない。
気がついたら方向音痴の社長は前島をぐるぐる回っている。前の車の後をついて行く習慣があるらしい。前島の繁華街は昼間はゴーストタウン並みに静かだが、この時間からは人間臭くなってきらびやかなネオンが誘餓灯の役目を果たす。
これは重大なミスだが、ジェーンとジョージを連れ戻すのなら並之下のW会に行かなければならない。拡声器で教えてやりたい気分はきっと町田も大影と同じなのだろう。BMWのケツが冷や汗かいているように見える。
大影は悲哀を感じて一抜けすることに決めた。若狭大通りを並之下に向かって引き返えす。
西武門交番前を折れてナンミンと呼ばれる波之上界隈に入る。スナックやクラブがあり有名な料亭は琉球舞踊も披露する。
その波之上を過ぎて波之中波之下も過ぎ、とうとう埋め立て地区の並之下に来た。一階が二十四時間営業の喫茶店になっているビルの十三階がW会の事務所になっていて、遠くからでも目立つ黒硝子とアルミサッシの代わりの鋼鉄の柵が厳めしい。
(獣の檻とか牢獄のイメージだよなぁ。しかし、十三階の窓から侵入する奴の顔を見てみたいよ。マトリックスだっけ……あ、ヘリか、ヘリコプターからの襲撃を想定しているのかな……)
エレベーターに乗った。
(此処で襲撃されたらアウトだな……)
十三階のボタンを押す。暫く壁に凭れて口笛を吹いた。十三階まで一度も止まらない。カクンと軽く揺れたような気がする。慣性の法則のとどめに感じる揺らぎか。
エレベーターのドアが開く。金の亡者が動いた。壁から背中を起こす。親父の高級な靴先が光る。モデルのように洒落た足取りで廊下に出た。
(さあ、此処からが正念場だ。ボク様はクラブボーイだ。バイトのね)
守銭奴登場。
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