走れ守銭奴!!(完結)

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第4章 君にハンガリー狂詩曲

毒蜘蛛グラドルの部屋に

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「タイプって……」

「ヒーロー、僕のことを毒蜘蛛って言ったよね」

「げ……」


いつ言ったっけ。覚えがない。


「直接ではないけどさ、知っているよ。大概」


まさかグラドルにしていることもか……


秘密だ。



誰にも秘密だ。



お前でやってるなんて……



もしもバレたらもう893になるしかないくらいの重大過ぎる世紀の秘密だ。



ん……

なんだか変だな……



「秋月、お前、母親のいない寂しい子って、双子のお姉さんがいるんだろう」

「ああ、あれ。ふふふ。いつか教える。それよりも……」


秋月の顔が異常に近づく。


「ピアノを聞かせろぉぉぉ。今すぐ聞かせろ。じゃなかったら眠っている時にカニ汁を点滴するからねっ」

「わっ、分かった。分かったから……」


(躊躇した。躊躇したからできなかった。折角、秋月のあのピンク色の唇が近くにあったのに……いや、やってしまったら折角仲良くなりかけているのに変態扱いされて……ああ、良い匂い)


秋月玲二は身体を起こして立ち上がった。


(まだいいのに……)


何がまだ良いのか大影は秋月が離れたことが惜しい。


「泡盛点滴しようかなぁ。今すぐじゃなきゃあ絶対退院なんかさせないからね。阻止してやる」


秋月玲二は胸の前で腕組みして、細い小指で唇の下を触る。

(なんだか可愛いんだけど……気のせいじゃない。僕の親父がタイプだと言った。親父がタイプって……お前、お前まさか……やっぱりオッサン趣味かっ)


秋月玲二のピアノのファンは、殆どが秋月のビジュアルに惹かれた女子とゲイのオッサンたちだ。


「何処に行くんだよ」

「僕の部屋」

「えっ……」


窓の外は雨。

硝子を滴が音もなく伝う。


「部屋って……」


えへへ……
毒蜘蛛の部屋だって……


「直ぐ行けるから」


ベッドから降りた大影に、秋月玲二は勝ち誇った不敵な笑みを見せる。





階段を見て嘆息した。熱が下がったばかりで、少し疲れを感じる。怠い。

秋月が肩を貸して大影は階段に足を掛けた。


(華奢な肩……もし此処でキスなんかしたらアウトだな。理性が大事。理性が……)


踊り場に来た。


「うう……目眩が……」


下手な芝居だが、秋月玲二はもたれ掛かってくる大影にショック反応を示したものの大人しく抱き締められている。

窓を雨だれが伝う。

秋月玲二の腕は片方が大影の胸の辺りにあり、大影を押し返すことができる体制だ。腰に回されたもう片方の腕は一度大影の背中におずおずと移り、それから大影の胸の辺りに滑り込む。

大影はいい気になってぎゅっと力を込めた。 
理性が大事なのではなかったか。


(キスまでは無理かな……)



「ヒ、ヒーロー、具合悪いの。熱があるみたいだよ」


大影が勝手に燃え盛っているだけだ。アレ熱だ。アレ。アレ熱に浮かされて考えることは……


(具合悪いってことにしとけば……うひひ。しかし、秋月は抵抗しないんだ……うっ、ヤバい……)


離れるしかなかった。大影は念願のグラドルを現実に抱き締めることが出来て、何処かがひゃっほう状態に目覚め、入院パジャマのズボンの形状を著しく変形させた。


(ヤバい。こんなところで気づかれたくない……)


「もう大丈夫。済まんな」


秋月玲二は頬を紅潮させて俯きながら「うん、無理をさせたね」と言う。


ズボンに目をやってほしくない大影は秋月の顎に手を掛けた。


「お前、ビジュアル系だとは思っていたけど近くで見ると……」


毒蜘蛛が笑う。


「CDはそれで売れたんだってさ。腕の方はそんなに飛び抜けている訳ではなさそうだ」


秋月には、そう思い込みたい理由がある。自分のピアノなんて大したことはないと。


「だから、ダイケーのピアノを聞きたいんだ。打ちのめされたい」


ピアノを諦められるように……と言葉にならない悲しい願いを胸の裡で祈る。


「そ、それが狙いか。やっぱりお前って毒蜘蛛だな。俺の下手さ加減を笑いたいのか。打ちのめされるほどの下手糞がライバルだったなんてって」


誤解だ。


「それ、流行遅れのマイナス思考だね」

「まさか。僕はマイナス商売は嫌いだ」


雨はまだ降り続いて、ダムは潤うが島産業のサトウキビ畑は被害を被るかもしれないとぼんやり考える。赤字は嫌いだ。


秋月の部屋は病院東側の家屋の二階にあり、大影の部屋の三倍ものスペースがあった。中国製らしい木製の円卓は中央に四人の天女が美しい色彩で舞い、周辺には螺鈿の花鳥が煌らかに配されている。円卓の縁にもぐるりと螺鈿が一周し、側面は牡丹の花のレリーフが美しい陰影を作る。

その円卓の上にウェッジ・ウッドの茶器セット「暇だから、夕べ作ってみたんだけど」と、秋月玲二が笑顔でアップルパイを出す。


(ゆ、夢みたいだ……グラドルの部屋でティータイムか……)


グラドル、グラドルと萌え過ぎだ。


「言っておくけど、ピアノは本当に弾けないよ」

「ふふ、先ずはおやつにしようよ」


スリランカで手に入れたという金糸銀糸を織り込んだ紗の絹織物の掛かった衝立は、インド産の透かし彫りで、インドに演奏旅行に行った際に一目惚れしたのだと言う。秋月は一幅の絵のように澄ましている。






















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