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第4章 君にハンガリー狂詩曲
けだもの
しおりを挟む「ベンツよりも高いピアノを弾いているかと思ったけど、僕んちにあるのと同じなんだな」
「元手を掛けずに儲ける主義なんだ」
「ははは、僕と同じだ」
「それよか、早く弾いてみせてよ」
大影はピアノの前に座った。秋月玲二も長いスツールの横に椅子を置いて並ぶ。
二日続けて大雨に打たれながらバイクを走らせ体温を奪われたら、そりやあ目眩のひとつも起こすだろうが、大影にはそれがひやっほう三千回叫びたいくらいの優しい神の思し召しに思えてならない。
(ううう、生まれてこの方こんな幸せを味わったことがない。しかし、ピアノか……)
「駄目だよ。もう本当に指が動かないんだよ。長いこと弾いたことがないから、全然忘れちゃって……」
「楽譜あるよ」
「いやもう、楽譜の読み方もじぇんじぇーん忘れちゃって。だははは」
「嘘ついても駄目。退院したくないわけぇ」
「…………」
……したくないかも。
大影はそんな気がしたが、急いで社会復帰しなければならない理由があるような気持ちになった。
しかし、ピアノの鍵盤を触ってみたものの、惨めなくらい弾けない。
リストのハンガリー狂詩曲が、眠たそうなカバの欠伸になった。
(は、恥ずかしい……)
「あぎじゃびよぉ。勿体ない。ヒーロー、今まで何をして生きてきたわけ。あたら若い身空でここまで退行するとは……」
「まさか自分でも此処までとは……ううう。恥ずかしい……」
「僕に差をつけられて臍を噛んで悔しがってピアノをぶっ叩いて弾いているかと思っていたのに……」
(悔しがって……悔しがってたんじゃないよ。寂しかったよ。お前がいなくて)
秋月玲二の顔をじっと見つめる。
「今なら、天才ピアニストの特訓が受けられるよ。一週間限定でね」
「マジか。受ける。一週間だけなぁ。何で一週間だけなんだよ。ずっと受けるよ。一生でも」
プロポーズするような気分になった。
「残念……梅雨が明けたら、左腕を切っちゃうんだ」
「え……」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
「癌なんだってさ」
大影は憮然となって睨む。
「お前、いい加減にしろよ。人をからかうのも……」
秋月玲二の目がふっと潤んでそっぽを向く。
大影は口を噤んだ。
そっぽを向いた秋月の肩が揺れる。大影は自然に秋月の肩を抱いた。
「ホントかよ……」
と誰へともなく呟く。
秋月が大影に向き直った。涙が頬を濡らしている。
「健康な腕があるのに、あんたはピアノを弾きたくなかったんだね。それはあんたの自由だとしても、スッゴク憎たらしい。ビシビシしごくから覚悟しろよ」
顔が近い。
何処か痛い処があって、それを我慢しているような無理な秋月玲二の笑顔に、大影は胸がきゅんと鳴った。
秋月玲二は海外暮らしでハグに慣れているのか、肩に置かれた大影の腕を振り払おうとはしない。
肩を抱いていることを良いことに思わず顔を近づけた。初めてふっと柔らかいものが合わさる。
大影はぼっと頭が熱くなった。キスの仕方はエロ動画で見ているし、夢や妄想で何度も擬似体験している。
でも。
これがそうなのかはわからない。
触れそうで触れてなかったかも。
(息してないかも。
何故、抵抗しない?
良いのかな?)
秋月が身を捩る。
次の瞬間、舌を噛まれた。
「あが……」
「最っ低っ。お前ってば最低なやつだな、ヒーロー。こんな時にこんなことするのかよ。バカ野郎。けだものっ」
パチンと頬を打たれた。
確かに大影は獣以下だが、獣は舌を噛まれるようなキスはしないのではないだろうか。
椅子を立つ秋月を、大影は「待て待て」と引っ張る。
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