走れ守銭奴!!(完結)

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第4章 君にハンガリー狂詩曲

えっ、親父が……

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秋月は無邪気に笑って「また聞かせてよ。ヒーローの乱暴なピアノ」とからかう。


「嫌だね。天才の前で弾けるほど厚かましくはないよ」


毒蜘蛛はいつの間にか天才に昇格している。




消灯時間を過ぎて雨明かりで青白く煙る窓の外を眺めながら、大影は眠れずにいる。何処かで誰かがショパンの雨垂れを弾いているような雨の音。


(Z会はとっくに手入れを受けたんだろうな……僕がジョージに貸した三百万は大丈夫だろうか……)


けれども思考はそこから中断され、他に思い出さなければならない重大な過失、ユメミル商事に閉じ込めた社長のことを露ほども思い浮かべることなく、夢だと勘違いして伸ばした腕の中の感触に悶々としていた。


確かにむにゅっとしたよな……
俺は秋月の姉さんまで……



翌朝は看護婦が朝食を運んで来たが、その後から秋月がやって来た。幕の内弁当風モーニングメニューに、宮古島特産の海ブドウがある。


「珍しいものがあるなぁ」

「6時に起きて市場に行ってきたんだ。もしかしたらあるかと思ってさ。ジョルジュ・サンドの気分だ」


済まし顔で恩を着せる。


「旨いよ。これ、好物なんだ」

「知ってたよ。三年生の時、僕のタランチュラを海ブドウの羅列だと言っただろう。海ブドウが好きだって」

「ああ、言った。それで出してくれたのか」


大影ひろかげは(お前、俺のこと好きか)と訊く処だった。直ぐに自惚れる。




朝の回診の前に大影の父親が顔を見せた。


大影ひろかげ、いくらお金が好きだからって、よもや生き馬の目ん玉をくり貫くような真似をしちゃあおるまいね」


まるでアニメの登場人物みたいな雰囲気をまとって開口一番、疑り深いセリフを冷たく言い放つ。
まあ、幸せそうなアホ面さらす息子に、具合はどうかなどと訊くはずもない。



「えっ……生き馬の目ん玉……そんな、滅相もない」


Z会から押収した書類の中に、W会に覚えのない二百万の領収書があった。実際にZ会が出したのは百万だということだが、詐欺を働いたのはW会におかしなタコスを差し入れた幻のクラブボーイと同一人物らしい、という処まで調べが付いていた。

W会の監視カメラに録画映像はなかった。それが悔やまれると、W会は悔しがっているとのこと。


(親父が捜査内容を話してくれるのは青天の霹靂だけど……もう、バレちゃってるんだな。しかし、下手に口を開くとスパッと斬られるな。黙秘権を使おう。誘導尋問には乗らないぞ)


「二つの会の向こうを張って詐欺を働く度胸は買うが、犯罪は見逃せない。私の立場をわかっているね」

「は、はい……」

「じゃあ、ゆっくり養生して、此処から勝手に出るんじゃないぞ」



父親の姿を見送って大影は枕に沈んだ。


(ううっ、ノックアウトか。くそっ、甘かった。あの二百万の領収書がこんなに早く問題になるとは。昨日の今日だぞ。いくらなんでも早すぎるんじゃないか、親父……)




秋月院長はロマンスグレーの髪に色白の理知的な顔つきで、話し方は優しい雰囲気がある。


「僕、退院できますか」


やらなければならないことがあるような気がする。
秋月玲二が院長の代わりに答えた。


「無理だねぇ。二三日監禁しておいてくれって頼まれているんだよ、ヒーローの親父様に」


左目の下に皺が寄る。
年配の看護師が笑った。


「冗談ですよ」


秋月院長は「それでもまあ今日一日はゆっくり様子を見ましょう」と医者の顔で言って、それから頬笑む。


「玲二は母親のいない寂しい子で、ずっとピアノピアノで友達も作れなかったものだから、君に会えて嬉しいんですよ」


父親の口調だ。


「お父さん……」


玲二は父親を咎める目付きになったが、逆に「病室でさわぐんじゃないぞ」と、子供扱いされて口を尖らせた。


「勝連君、玲二と仲良くしてもらえるかな」

「はい、こちらの方こそ」


大影の目には玲二が珍しくもあり羨ましくも映る。


(うちのカミソリ親父は僕のことを母親のいない寂しい子だなんて一ミリも思ってないよな。生き馬の目ん玉くり貫く詐欺だと疑っているみたいだし)


疑っているみたいではなく、確証があるのだ。夕食に出たタコスと濡れた革靴。
たとえ領収書から大影の指紋が検出できなかったとしても、大影の金庫には相手の指紋のついた金が収まっている。


(それにしても病院って、何て家族的な処なんだろう)


そう思うのは大影くらいのものだ。


院長が立ち去った後、玲二は「仲良くして、だってさ」と笑う。


「仲良くするよ」


そう答えながらも歯でも痛むのか、変な顔をする。



「じゃあ、ピアノを聞かせてよ」

「嫌だね」


ボスンと音をたてて仰向けになった。
玲二はベッドの縁にすっと腰かけて大影の向こう側に手を置くと、大影に身体を向けた。上から覆い被さるように見下ろす。

「そう。ヒーローの親父様ってカッコいいよね。タイプだなぁ。ふふふ……」


(な、何を言うんだ、こいつ……ドキドキするじゃないか。おっさん趣味か……今なら夢を実現できる態勢なのに……いや、違うけどさ、しないけどさ、しないけど。
ぉぉ、親父がタイプだとぉ。まさかの親父がライバルか……
うわぁぁ、秋月。お前、正気か。
あの親父の氷のような目付き……)


それは犯罪者だけが知る視線じゃないのか、そうだろ、大影。




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