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第一章 復讐とカリギュラの恋
(15)最高の見もの
しおりを挟むある朝早く、元からこの館に勤めている小間使いマロリーが食事のトレーを持って塔への通路に向かうのを見た。
メナリー様のお食事の時間ではないはずだ
この館に元からいた者たちは
マロリーだけでなく、何処かよそよそしい
それもそうだ、ルネの伴として来たのだから
マロリーは明らかに塔へと向かっている。隣国との国交が断絶状態になれば、物見の塔として使われるはずの古い建物だ。
国境を見張る兵士がいるのか
ああ、そうだな
兵士の仕事までは把握してこなかった
リトワールは小間使いが戻って来たとき、トレーに空の食器が重なっているのを確認して、メナリーを幽閉から解くようにルネに進言した。
幽閉を解かれたメナリーは、毛嫌いしていたはずの売春婦のように兵士を誘った。領主の母親という高貴な存在に尻込みしながらも、メナリーに逆らう兵士はいない。
「私には見える。あいつがそこにいるのが見える。あいつは、あの女は、見ていたのよ。夫が死ぬ瞬間を、両目を瞠いて、しっかり見ていた。夫は身体に印を付けられたのよ。印を……逆十字をっ」
メナリーは、伯爵の殺されたベッドで悪夢を語り、異母姉セネラの名前を呼びながら幾人もの兵士と関係した。
メナリーとしては逞しく強い相手に頼りたい気持ちがあったのだろうが、ことに及んだ後は眠りこけて全て忘れてしまう。
ルネの復讐というメナリーの目的は宙に掻き消えて、兵舎の中では夫人のふしだらな行いばかりが囁かれ、古い兵士は涙した。
「セネラ奥様が歩き回っているのが見えると言うのなら、あの噂は本当だったのか。ジグヴァンゼラ様がお生まれになった夜にも現れたと言うのは……旦那様がなかなかお帰りにならなくなったのもセネラ様の幽霊のせいだ」
「メナリー奥様は伯爵が亡くなっておかしくなられた。だから、先妻のセネラ奥様が見えるなどと言うのではないか」
「いや。メナリー奥様の気狂いは客人のせいではないか。伯爵の身体にお客人が印を付けたと言うのなら、ジグヴァンゼラ様が臥せっておいでなのも……」
兵士たちは、ジグヴァンゼラの為なら何処からでも美少女を連れて来ようと囁きあった。
其の近くでザカリー伯爵の形を取った堕天使ベルエーロが嗤っていた。
兵士たちよ
お前たちもいずれは
全てルネの犠牲になる
この私がルネに手を貸さずとも
悪逆非道のルネなら
権力と身分を傘に着て
兵士に服従を強いるだろう
人間の自由意志で行う悪……
ふっふふ……最高の見ものだな
その言葉に光の粒の集合体が反応した。
憐れみを知らないそなたに取っては
最高の見ものだとしても
される側の苦しみは神の痛み
そなたの被る神の憤り
それを知らないわけではあるまい
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