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第一章 復讐とカリギュラの恋

(26)パーティーの準備

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  リトワールは台所に向かった。



  パブッチョの下で働いていた若い調理人と女たちが、鍋の前や玉ねぎの皮剥きをしながら笑っている。




「楽しそうだね。パーティーの準備はどの程度進んでいる」


  若い方の女が答えた。


「はい。招待客が十二人、そのお連れになる侍従や兵士が二百人近くですから、食糧も酒も十分ですが、皆さんがお泊まりになる部屋は七部屋ほどしかありません」




  招待客は六組だ。各々が夫婦で来る。息子や娘を連れてくることはないだろうが、護衛は付いてくる。



  アントローサ大公領の街道は概ね安全だとはいえ、ザカリー郡の山道になると他領地からの難民や賞金首などが山賊と化して住み着いていたりするものだ。



  客用の部屋には近習の小部屋も付いている。





「大丈夫だ。泊まり客は夫婦の四組、後は、そうだな、後二組は独り者だから、六部屋で充分だ。近習と兵士は小部屋と兵舎に分けよう」


「十二部屋全て準備が整っております。兵舎も、閉鎖になっていた建物を丸ごと大掃除しましたから、後はブランケットやシーツ等を揃えれば、倍の人数でも受け入れることができます」





  リトワールは調理台の傍らに小さな椅子を引いて座った。調理人がスープを出す。パンの小皿と数種類のフルーツの黒いマーマレード。其の後からサラダが申し訳程度に出た。




「順番が逆で済みません。今日はサラダ用の野菜がなくて。葉野菜は全てパーティーの為にソースに使ってしまったのです」




  二十歳に満たないBの調理人サレは、六才の頃に貧しい農家が売りに来た子で、もじゃもじゃの赤い髪の毛で顔の半分が隠れているが、皮膚が薄くてソバカスが頬に散っている。



  ザカリー領主は孤児を引き取って兵士に育て上げ、兵士に向かないも者も自立できるように支援していた。



  サレは、パブッチョの下で調理の仕方を覚えたが、天性の才能があったのか、ソースを幾種類も開発して滋味豊かな食卓を楽しませる能力で、パブッチョを支えてきた。パブッチョは支配的ではあったが、実際には小柄なサレに鍋やフライパンを任せていた。




「良いんだ。私は食欲がない。温かいスープがあれば……此れは旨いよ。今までのどのスープよりも旨い」




  リトワールは使用人にお世辞を言わない。執事に求められるコミュニケーション能力は、正直さと適切な語彙力だ。サレは胸を張った。




「はい。有り難うございます。近頃、新鮮な肉やいろいろな種類の野菜を手に入れることができるようになりました」

「パブッチョはどうしていたのだ」

「言い難いのですが、パブッチョは肉が腐りそうになるまで使わないのです。熟成……とか言い張って、旨味が落ちると言っても聞きませんでしたので。時には食用ではないネズミ肉を出そうとして……しかし、任せてください。台所は清潔ですし、もうネズミも出ません」




  サレは全て順調だと言いたくて、赤毛のもじゃもじゃに囲まれた童顔を嬉しそうに崩した。



  パブッチョがいなくなってからサレの悩みの八割は消えた。



  盗まれた鼠のことで、パブッチョに包丁を振り回されることもない。



  そのことを話すべきかと思ったが、食事中のしかも病み上がりのリトワールには酷に思えて止めた。



  後の悩みは、好みの女の尻を追いかけたくなることだ。



  サレはトレイに湯気の立つスープ皿とパンとマーマレードと温かい煮込み野菜を並べ、肉のゴロゴロ入った煮込み野菜をリトワールにも出した。



  リトワールはスープを平らげていた。食欲が湧いている。頭がクリアになる。パブッチョの亡霊に悩まされることはないだろうと、明るい庭を見た。




最早メナリー奥様も現れないはずだ
全ての釜戸を何度も何度も綺麗に洗い
それから空焼き消毒
火を長時間焚いたから
どの釜戸も安心して使える
お客様をもてなすことができる
残る問題はルネ
ジグヴァンゼラ様には
まだ良心的な面があるが……




  リトワールは悪い予想を立てた。




もしやルネは……
領主の座を奪う為の
根回しを考えているのでは……
いや
パーティーは私から言い出したこと
近隣にルネの存在を明らかにすれば
ルネもそうそう悪事を働くことは
できなくなるだろうと……
それはまずかったかもしれない
ジグヴァンゼラ様のお立場を
何としてでも守らなければ




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