聖書サスペンス・領主殺害

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

文字の大きさ
27 / 128
第一章 復讐とカリギュラの恋

(26)パーティーの準備

しおりを挟む

  リトワールは台所に向かった。



  パブッチョの下で働いていた若い調理人と女たちが、鍋の前や玉ねぎの皮剥きをしながら笑っている。




「楽しそうだね。パーティーの準備はどの程度進んでいる」


  若い方の女が答えた。


「はい。招待客が十二人、そのお連れになる侍従や兵士が二百人近くですから、食糧も酒も十分ですが、皆さんがお泊まりになる部屋は七部屋ほどしかありません」




  招待客は六組だ。各々が夫婦で来る。息子や娘を連れてくることはないだろうが、護衛は付いてくる。



  アントローサ大公領の街道は概ね安全だとはいえ、ザカリー郡の山道になると他領地からの難民や賞金首などが山賊と化して住み着いていたりするものだ。



  客用の部屋には近習の小部屋も付いている。





「大丈夫だ。泊まり客は夫婦の四組、後は、そうだな、後二組は独り者だから、六部屋で充分だ。近習と兵士は小部屋と兵舎に分けよう」


「十二部屋全て準備が整っております。兵舎も、閉鎖になっていた建物を丸ごと大掃除しましたから、後はブランケットやシーツ等を揃えれば、倍の人数でも受け入れることができます」





  リトワールは調理台の傍らに小さな椅子を引いて座った。調理人がスープを出す。パンの小皿と数種類のフルーツの黒いマーマレード。其の後からサラダが申し訳程度に出た。




「順番が逆で済みません。今日はサラダ用の野菜がなくて。葉野菜は全てパーティーの為にソースに使ってしまったのです」




  二十歳に満たないBの調理人サレは、六才の頃に貧しい農家が売りに来た子で、もじゃもじゃの赤い髪の毛で顔の半分が隠れているが、皮膚が薄くてソバカスが頬に散っている。



  ザカリー領主は孤児を引き取って兵士に育て上げ、兵士に向かないも者も自立できるように支援していた。



  サレは、パブッチョの下で調理の仕方を覚えたが、天性の才能があったのか、ソースを幾種類も開発して滋味豊かな食卓を楽しませる能力で、パブッチョを支えてきた。パブッチョは支配的ではあったが、実際には小柄なサレに鍋やフライパンを任せていた。




「良いんだ。私は食欲がない。温かいスープがあれば……此れは旨いよ。今までのどのスープよりも旨い」




  リトワールは使用人にお世辞を言わない。執事に求められるコミュニケーション能力は、正直さと適切な語彙力だ。サレは胸を張った。




「はい。有り難うございます。近頃、新鮮な肉やいろいろな種類の野菜を手に入れることができるようになりました」

「パブッチョはどうしていたのだ」

「言い難いのですが、パブッチョは肉が腐りそうになるまで使わないのです。熟成……とか言い張って、旨味が落ちると言っても聞きませんでしたので。時には食用ではないネズミ肉を出そうとして……しかし、任せてください。台所は清潔ですし、もうネズミも出ません」




  サレは全て順調だと言いたくて、赤毛のもじゃもじゃに囲まれた童顔を嬉しそうに崩した。



  パブッチョがいなくなってからサレの悩みの八割は消えた。



  盗まれた鼠のことで、パブッチョに包丁を振り回されることもない。



  そのことを話すべきかと思ったが、食事中のしかも病み上がりのリトワールには酷に思えて止めた。



  後の悩みは、好みの女の尻を追いかけたくなることだ。



  サレはトレイに湯気の立つスープ皿とパンとマーマレードと温かい煮込み野菜を並べ、肉のゴロゴロ入った煮込み野菜をリトワールにも出した。



  リトワールはスープを平らげていた。食欲が湧いている。頭がクリアになる。パブッチョの亡霊に悩まされることはないだろうと、明るい庭を見た。




最早メナリー奥様も現れないはずだ
全ての釜戸を何度も何度も綺麗に洗い
それから空焼き消毒
火を長時間焚いたから
どの釜戸も安心して使える
お客様をもてなすことができる
残る問題はルネ
ジグヴァンゼラ様には
まだ良心的な面があるが……




  リトワールは悪い予想を立てた。




もしやルネは……
領主の座を奪う為の
根回しを考えているのでは……
いや
パーティーは私から言い出したこと
近隣にルネの存在を明らかにすれば
ルネもそうそう悪事を働くことは
できなくなるだろうと……
それはまずかったかもしれない
ジグヴァンゼラ様のお立場を
何としてでも守らなければ




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしてそこにトリックアートを設置したんですか?

鞠目
ホラー
N県の某ショッピングモールには、エントランスホールやエレベーター付近など、色んなところにトリックアートが設置されている。 先日、そのトリックアートについて設置場所がおかしいものがあると聞いた私は、わかる範囲で調べてみることにした。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...