聖書サスペンス・領主殺害

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第一章 復讐とカリギュラの恋

(25)奪われたくない

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  暫く伏せっていたリトワールは、ジグヴァンゼラのベッドにいることを知った。



  数日経過していたが、リトワールにはその間の記憶がない。



  リトワールは裸でこんこんと眠り、目覚めてジグヴァンゼラの腕が後ろから絡み付いていることを知ってもほどく気もなく眠りに落ち、その間、ジグヴァンゼラはずっとリトワールの冷たい身体を温めていた。



  リトワールの身体は死にゆく者のように冷えていた。息も浅く、ジグヴァンゼラが「この人はこんなに痩せていたのか」と驚くほど肉が落ちている。



  どこかで兄のように慕う気持ちがあった。




リトワール……ルネの執事
しかし……
ルネを倒すための
忠告をしてくれたのは
リトワールだけだ
リトワールの
人としての温もりを
私は必要としていた
いや……リトワールは業務の他には
何もしてくれなかった
当たり前だ
使用人に何を期待する
主ルネの言いなりになって
全てを無言で行う
姿だけは美しい執事
魅入られるほどに美しい
そのリトワールが
私の傍で生死をさ迷っている
話したいことがあったのに
相談したいと思ったのに……
ルネの執事だ
私の執事ではない




  ジグヴァンゼラが腕の中の命に愛しさを感じたのは二人目だ。




ハビタ……愛しいハビタ……
愛しい……
体つきもハビタとは違うのに
何故だかリトワールには
ハビタを思うと同じ痛みを感じる
それをルネに知られてはならない
ルネにリトワールを
殺させてはならない……
ルネは私の愛する者を全て
奪って行くのだ
愛を語ってはいけない




  リトワールは時々魘された。魘される度にジグヴァンゼラは親鳥のように温かく抱き寄せる。裸の肌に温もりが戻って、リトワールは目を開けた。



  リトワールの目に、魔王カリギュラが映る。



  魔王のオニキスの眼の中に自分が映っている。腕枕をされて肩を抱かれている。裸で抱き合っている。



  リトワールは気を失うように三たび眠った。





  リトワールは塔の部屋にいた。



  ヘシャス・ジャンヌの前で傅いて、ヘシャス・ジャンヌに差し出された手を取った。その手の甲に口づけする。



  リトワールの胸は震えていた。




神々しいザカリー伯爵令嬢
ヘシャス・ジャンヌ・ロクファーレン
春の風のように爽やかな中に
花の甘い香りが混じる
お嬢様の行く手を照らしたいと思う
あの塔から羽ばたかせたい




  悪霊はヘシャス・ジャンヌとリトワールを夢の中で絡ませる。ヘシャス・ジャンヌの腕がリトワールの首を抱く。



  しかし、リトワールの目の端にジグヴァンゼラの姿が映った。




ヘシャス・ジャンヌお嬢様は
美しくて神聖だ
思わず触れてしまいたくなる
でもそれは
私に与えられた祝福ではない




  リトワールはジグヴァンゼラの腕の中で寝返りを打った。




  ジグヴァンゼラは、リトワールの意識が戻り、少しの水を口に含むことができるようになったときに、裸同然だったリトワールに服を着せるようにと周りに指示を出した。




「私たちはこのように肌を重ねて温め合ってはいたが、あなたに手を付けてはいない。あなたは唇が紫色になるほど凍えていた。リトワール、私はあなたをルネに殺させはしない」




  唇が紫色になるチアノーゼ症状には様々な原因が考えられるが、リトワールの場合は精神的なショックに拠るものだ。



  着替えを終えて立ち去ろうとしたリトワールだったが、ジグヴァンゼラは何を思ったか、リトワールの肩を止めてその首に唇を押し当てた。

  

  軽く触れるつもりだった唇は、熱く、捺印のように赤い鬱血を残して離れた。



  リトワールはなんの動揺もなく自然に受け入れ、まるでそういうことが習慣だったかのように何も語らずにただ執事のお辞儀をして立ち去った。



  リトワールもルネの慰み者のひとりだとジグヴァンゼラは改めて思う。




接吻痕を残したのは不味かった
ルネへの挑戦と受け取られるな
ベッドで食事を摂らせるのも
可能だったが
目覚めたリトワールを留め置くのは
ルネに疑惑を抱かせる
それも不味い
これ以上ルネに奪われたくないのだ
それなのに……




  ジグヴァンゼラは部屋を出るリトワールの後ろ姿をみつめた。




「あなたには大切な人はいないのか、リトワール」




多分……
いないのでしょう
あなたがわからないのであれば……
お分かりになりませんか
ジグヴァンゼラ様




答える気にならない。





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