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第一章 復讐とカリギュラの恋
(30)招待客
しおりを挟む朝早くから飛び起きて、リトワールは館の内外を点検した。鳥糞のひとつも落ちていない広い敷地に、植え替えた花が咲き乱れる。
昼間の太陽が少し傾いた頃、馬車の行列が見えた。最初の一組目だ。
執事力の見せ場、いざ、決戦とばかり、リトワールはヘシャス・ジャンヌから贈られた薔薇と頭文字の入った白い手袋をはめて武者奮るいした。
訪問客は階級順で席が決まる。
先ずは、キーレス・ジャガレット侯爵夫妻 揃って四十代前半の到着。
精悍な顔つきの痩身は日頃の鍛練の賜物。王宮ではアントローサ公爵の派閥の忠実な武将。
表向きはジグヴァンゼラ・ザカリー伯爵の体調不良を案じて、その実『噂のカリギュラ伯爵を見物に参ろうではないか、ははは』と、訪問を快諾した。カリギュラ伯爵に大きな瑕疵がなければ十四才の娘を押し付けるつもりがある。
ジルコル・ハルム伯爵夫妻の到着。
二人揃って白髪頭の齢五十を越える端正な面持ちで、やはりアントローサ公爵の派閥の重鎮。
年子の娘が十八才を筆頭に七人、嫁ぎ先の決まった者はうち二人という。行き遅れの長女について『あの子は本当に引っ込み思案で……』嫁ぎ先を探していたから渡りに船というタイミングだ。
メンプラオ・ボリオ伯爵夫妻。
贅沢太りの感の否めない三十代の丸っこい体格に、切れる頭脳を持つと云われ、アントローサ公爵のブレーンの一人だ。
幼い娘の嫁ぎ先を探している。絶世の美女と謳われた長女が身分違いの兵士と駆け落ちして『そのせいで社交界でさんざん大恥をかいた』ので、払拭したいと臨んでいる。
マークル・ボランズ伯爵。
三十代前半。ジグワンゼラと同じ黒髪の長身痩躯。すっきりした面構えに頑固さが滲み出る目付き。こちらはアントローサ公爵からの推薦で参加することになった。
ご婦人の体調優れず『いや、何、病気ではなく女性特有の理由らしいのだ。ご心配には及ばぬ』と、単身での訪問。上の娘二人は嫁ぎ、三男二女の各々の収まり処を決めあぐねている。
サンディ・ゲイリアムズ子爵御夫妻
三十代前半。夫婦和合を絵に描いたような若々しく仲睦まじい二人は、衣装も同じ色味の同じリボンをあしらったペアルックでの登場が微笑ましい。
遠来からの訪問で、十三才と十一才の娘のどちらかを是非にという返事を用意して来た。
オリバール・ルート子爵。
二十代前半にしか見えない三十代。衣服はレースをふんだんに使い大きなリボンの装飾華やかななりをしているが、人物は金髪碧眼の物静かな印象で微笑みが絶えない。伯爵家執事のリトワールに最大の敬意を払って参加の意思を伝えた。
こちらは愛妻に先立たれ独身を貫いている。十三才になる三つ子の娘のどちらかをと臨んで来た。
「遠方よりのご来訪、誠に光栄に存じます。早速、お部屋にお通し致します」
六組の貴族を部屋に通して夕食までの時間をゆったりと過ごしてもらう。風呂に入って化粧する時間もたっぷりある。各々の部屋にはお茶とたっぷりの菓子類を用意してある。
ジグヴァンゼラは頃合いを見計らって部屋を訪ね、個人的な挨拶を交わして親交を築く気持ちを見せた。
仕切りカーテンの裏から到着客を見ていたルネは、先ずは若々しいオリバール・ルート子爵に目を付けた。
しかし訪ねたオリバールの部屋には荷物しかない。
仕方なく、ルネはヴェトワネットを伴ってサンディ・ゲイリアムズの部屋を訪ねた。
「お初にお目にかかります。私はフランス亡命貴族のルネ・ド・ナヴァールと申します。今夜のパーティーの前に折り入ってお話ししておきたい義がありまして、どうかお人払いを……」
*****
「怨みを晴らすに決まっているわ。私は吸血鬼夫人を大人しくさせるために幽霊話を何度もしたけど、もう限界。パーティーに出る前にどうしても儀式を行いたいから若い娘を連れて来いと……ハビタを殺した時は無傷で返してやったのだから代わりを連れて来いと」
進んでルネやヴェトワネットに従っていたアネットだったが、フランス語で捲し立てて悔しそうに呟く。
「まあっ。何年も前のことに恩義を被せてっ」
「ヴェトワネットはルネを連れて倉庫まで来て、それであの子が見つかってしまって……大騒ぎになったのよ。あなたはいなかったから知らないのも当然よね、リトワール。お客様を案内していたのだから。あの子はもう、殺されてしまったわ」
「あの子とは……」
「あの流れ者よ」
若い流れ者の女を庇ってルネに蹴られた腹や背中がまだ痛む。アネットには虐待されても従わなければならない事情があった。妹も一緒に仕えているのだ。逆らえば妹を殺されかねない。
「私だって、妹の命さえ狙われなかったら」
「クソ、殺してやりたい」
台所の下働きに入っていた兵士見習いが拳を震わせ、リトワールもフランス語で静かに宣言した。
「やるときが来れば私が殺る」
アネットはリトワールに小袋を拾われたことがあった。女性の日に血の臭いを消すハーブを入れて腰に下げるデオドラント目的の小袋だ。白い薔薇と名前を刺繍した美しい小袋だった。
その刺繍は、リトワールが夕べマロリーから手渡された手袋とお揃いだ。ヘシャス・ジャンヌの手による美しい刺繍の品には「感謝を込めて」と言う言葉も添えられた。
リトワールは畏まって受け取り、感謝と敬意を捧げた。
リトワールは知らなかったが、五年経った今では地元派もフランス派も無くなって、女性たちは特に結束を強めている。
そのなかに新しい流れ者が加わった。ルネには隠していたが働き始めて数日しか経たないのにヴェトワネットに見つかった。
客人が次々と来訪するので、リトワールは迂闊にもルネの動向までは気が回らなかった。
ヴェトワネットはその若い娘をルネに与えて凌辱させてからバスルームに吊るさせて、頸動脈を切った。
「お前に夫を貸して女の喜びを与えたのだから、お前も私を喜ばせなさい」
ヴェトワネットの顔面に新鮮な血が勢いよく掛かる。息耐えた娘は、パーティーの後に森の洞穴に投げ捨てられるのだろう。
アネットは性的虐待を受ける度に、妹可愛さに妹を守るために人殺しの手伝いをしなければならないのだからと自責の念で耐えてはきたものの、思い返せば憤激が身を焼き、その熱が冷めやらぬ面持ちで涙ぐむ。
「もう、限界。私、限界です。でも、死ぬことすら許されない。私が死ねば妹が、妹が吊るされるんです」
アネットの目から涙が溢れる。ヘシャス・ジャンヌ付きの小間使いマロリーが、その肩を抱く。小声で何かを語り合って二人で抱き合って泣いた。アネットの妹ジャンヌも台所に入って、二人に交じって泣いた。次々と使用人が集まって来る。
サレがマロリーの肩を抱いて泣く。オンオンと喉が震えて泣いた。集まった各々が肩を抱き合って泣く。
その様子にリトワールも目の端が潤み鼻がツンと痛む。
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