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第一章 復讐とカリギュラの恋
(19) 女の身でできること
しおりを挟むマロリーは毎日塔の上までお湯のケトルを運ぶ。三人いる小間使いのうち、一番若いマロリーが、といっても三十路に近いのだが、ヘシャス・ジャンヌの身の回りを担当していた。
「うちのお姫様は世界一お美しい。世界一お優しい」と、何度となく口遊みながら階段を登る。
まだ子どもの訓練兵を使い、井戸から組み上げた水を滑車で拷問室の窓から室内の桶に入れる。
ヘシャス・ジャンヌはその桶の中で湯浴みをするからだ。
拷問室には湯の沸かせる釜戸もあって焼き印を焼いたと思われる拷問器具があったが、近年使われた形跡はない。
マロリーは、その拷問器具をヘシャス・ジャンヌの目に触れないように隅に片して、なるべく過ごしやすいように勤めた。
ヘシャス・ジャンヌが幽閉されたあの日、パブッチョは鼠を捕まえていた。マロリーは青ざめた。
パブッチョは、メナリーが以前「継子には鼠で十分」と蔑んだのを本気にして、明らかに食用ではない鼠を捕まえたのだ。
パブッチョの鼠をこっそり奪って殺し、何処かに埋める者は大勢いる。ジグヴァンゼラでなければサレかその他の者。チャンスさえ巡れば心根の優しいマロリーでさえ、殺せずとも忌まわしいモノを見る目付きになって鼠を逃がしただろう。
マロリーは、それ以前に、ヘシャス・ジャンヌに付き添って王宮殿に登ったことがあった。
ヘシャス・ジャンヌの美しさは群を抜いて目を瞠目るものがあったらしく、直ぐに第二王子の目を引いて話も弾み、外見に違わぬ気品香る人格で心も捉えた。
ヘシャス・ジャンヌ以外に王子の心を射止めた者はいなかったから、マロリーは誇らしくてふわふわ舞い上がったものだ。
ヘシャス・ジャンヌは王宮で出されたお菓子をひとつ、刺繍のハンカチに包んでくれた。刺繍はマロリーの頭文字と白い薔薇が丁寧に刺されていた。ヘシャス・ジャンヌは、継母メナリーの言う不器用者ではなかった。
マロリーはその時の天にも昇る心地を覚えている。マロリーもそれなりの出自のある出だが、王宮殿のお菓子を食べることなど一生に一度もなくて当たり前なのだから、感動した。しかも、伯爵令嬢のお手製のハンカチに包まれた、特別なお菓子なのだ。涙が滲んだ。
それ故に、婚約の選外で還されたヘシャス・ジャンヌへの継母によるあからさまな虐待は、自分のことのように辛い。
年頃の伯爵令嬢なのに育ってゆく身体に見合わぬ着古しの衣服。それだけならまだしも、鼠などと、人間とは思えぬ仕打ち。怒りに震えた。
伯爵が身罷り、メナリーの事情が変わって直接的な虐待は終わったが、ヘシャス・ジャンヌの幽閉は解かれず、使用人たちがルネの支配に踏みつけにされる日々。
マロリーだけでなく、異世界からルネと共に来たフランス人ですら、煮え湯のヒリヒリと苦痛にも似た殺意を抱く。
マロリーの運んできたケトルの水を素直に喜ぶヘシャス・ジャンヌの目に、マロリーの異変が映る。
「どうしたの、マロリー。顔色が優れないみたいだけど、何かあったの」
その瞬間、マロリーは泣き崩れた。ルネにされたこと、悔しくて恥ずかしくて死んでしまいたいことを包み隠さず話した。
ヘシャス・ジャンヌは共に泣いた。
「私が復讐してあげるわ。拷問部屋にルネを呼び出すのよ。二度と誰にも手を出さないと約束させるわ」
しかし、マロリーは床に頭を擦り付けた。
「いいえ、いいえ、お嬢様。あの男は悪魔のように力が強く、誰も押さえることなどできません」
「お酒を飲ませるのよ」
「もう既に試してみましたが、あの男はバケモノなのです。眠り薬を入れても、恐ろしさが増すだけ。兵士でさえもあのバケモノには……」
それから暫くして、メナリーが死んで塔を出られる自由を得たヘシャス・ジャンヌだったが隠れ通すことにした。館の者たちもヘシャス・ジャンヌの存在を箝口令にした。ルネに対してできる抗いの方法でもあった。それは希望と言う名で、絆だった。
マロリーはサレの作った香味野菜の鶏肉のシチューとパンを運びながら、その日の幸運に安堵しては、いつまでこの暮らしが続くのだろうと暗くなる。そんなことの繰り返しでいつしか数年過ぎていた。
その日も、マロリーは水のケトルを持って塔に登った。
前夜、ルネの慰み者にされて疲れていた。ベッドには先にリトワールがいたが、リトワールは無言のまま着替えて青白い貌の目を伏せ、そっと出ていった。たまにそのようなことがあって、その日は何故かヘシャス・ジャンヌに打ち明けた。
朝の窓辺に立って、ヘシャス・ジャンヌは小首を傾げた。長いプラチナブロンドがきらきら輝く。
「リトワールって、どうしてルネに忠実なのかしら」
「ここに逃れてくる前に、リトワールの画策した造反で多くの者がルネに殺されたらしいのです。そのことをリトワールは気に病んでいると申しております。ですからルネの言いなりなのでしょう。とても暗い目をしています。でも、いつかはきっとまた……みんなの為なら……そう信じたいと。私も、そのような希望を持ってはいけないでしょうか」
心細げなマロリーを振り向く。
「ジグヴァンゼラはどうなの」
「相変わらずカリギュラと呼ばれて、少年たちを侍らせております。最近は凄みも増して……ヴラドに似てきたなどと揶揄する者も」
ヘシャス・ジャンヌはため息を吐いた。
「ああ、会いたいわ。何とかしてくれない、マロリー。あの子が元気になってルネを倒せるように知恵をつけてくれたら……」
その言葉にマロリーは慌てた。
「お嬢様、それは危険です。ルネは何処に目や耳があるがわからないのです。ジグワンゼラ様の近習にも、ルネと通じている者がおります。ジグヴァンゼラ様は縛られて監視され、にっちもさっちも」
「監視ですって。ジグヴァンゼラは若くても伯爵なのよ。裏切り者を侍らせているの」
ヘシャス・ジャンヌは戦慄を覚えた。
「通じているつもりでも、結局は殺されてしまいますけど。それでも、利用されている間は身の安全を保証されているかのように勘違いしてしまうからでしょう、ルネの忠犬です。そういう者たちがジグヴァンゼラ様を懐柔しているのです」
「虚しいこと。ジグヴァンゼラに気づかせるためにはどうしたら良いの」
ふっと横を向く。白く美しい顔は憂いに沈んでいる。マロリーは、申し訳ない気持ちになった。
「お心をお痛めなさいますな。お嬢様は恵まれておいでです。この塔にルネが来ない訳は、拷問部屋に幽霊が出るとの噂に依ります。ルネ自身が見たようです。塔に近い廊下で、セネラ様を……それでルネは部屋から出ることを極力控えております」
ヘシャス・ジャンヌに激震が走る。
「ああ、お母様……セネラお母様。お会いしたい。何故、私の元にはお訪ねくださらないのでしょう」
か弱く消え行く声でヘシャス・ジャンヌは祈るように呟く。
「サレが言うには、幽霊ではないと。何にでも化けることのできる霊だと申しております。姿を次々と変える力を持っている霊だそうです」
「お母様ではないと」
「残念ですが……人間をからかって惑わせるのだそうです」
悪霊だとは言えない。
「マロリー、リトワールに会いたいわ。是非、会わせて。私に考えがあるの。女の身でできることをするのみだけど、やってみなければ」
できれば力ある者に嫁してでも、この館に巣食う悪魔を取り除くのだ。それが女の身でできることだ。固い決意を胸に俯くヘシャス・ジャンヌの髪が、キラキラと風にそよぐ。
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