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第二章 カリギュラ暗殺
(50)口に出せない答え
しおりを挟む顔のない悪霊ベルエーロは時々ルネに化けた。
サレに追い払われてからだいぶ経っている。都合の良い時期を忍耐強く待っていたらしい。
悪霊ベルエーロは館の様々な場所に佇んでジグヴァンゼラを悩ませ、ある時はベッドの中まで入ろうとした。
「リト……」
ジグヴァンゼラは傍のリトワールの肩に顔を埋めた。ジグヴァンゼラも年老いてもう何年も性的な関係はないが、習慣的に一緒に寝る。リトワールに腕枕をして一日のことを話し、明日のことを話す。リトワールも痩せてジグヴァンゼラの胸にすっぽり入る。プラチナブロンドが白くなっていた。
悪霊はルネの顔で腰を屈め、ジグヴァンゼラの耳元に近づく。
「領主ジグヴァンゼラ、ジギー。俺だ。覚えているだろう。ルネだ。死神のルネだ。お前の大切な者を奪いに来た」
「死神ルネ……死んだはずだ。何をさ迷っている」
リトワールが目覚めた。ただならぬ気配を感じる。
悪霊ベルエーロは薄く笑った。
「さ迷うさ。俺の死に様を見ただろう。お前はしかし俺を殺してはいない。お前には刺されていない。どうしてだ、ジギー」
リトワールはうとうとと微睡んで、背中からしがみついているジグヴァンゼラに向き直った。ジグヴァンゼラの首に腕を回す。途端に、ジグヴァンゼラの頭の近くにルネが浮かんだ。
「あっ、ル……」
「リトワール、久しぶりだな」
「何故……」
「リトワール、ジグヴァンゼラを守りたいか。お前はずっとそう思って俺様に従うふりをしていたのだろう。この裏切り者め」
リトワールは震えた。ルネからジグヴァンゼラを守る為に全てのことを行った、若い日の記憶が蘇る。
「ル、ルネ。いや、違う……ルネではない」
「ふっふっふ……ルネでばないだと」
ジグヴァンゼラが起き上がろうとするリトワールを抱き締めた。
「リトワール、相手にするな。魔物は消える。何の力もないのだから、じっとしていれば消える」
悪霊ベルエーロはルネの顔で大きな口を開けて笑った。
「はあっはぁ……そうかな、ジギー。私は死神だ。言っただろう。お前の大切な人を奪いに来たと……」
「渡さない。お前に奪わせない」
ジグヴァンゼラの腕に力が入る。
「リトワール、お前の命がほしい。ジギーを守りたいのだろう。どうだ、リトワール。お前は確かに身体は張ったが、ジグヴァンゼラの為に命をかけることはできるかな……ふっふっふ」
リトワールは「何故、私に問うのです」と聞き返す。
「ジギーが大切にしている者を奪うためさ」
「あなたは何も知らない。旦那様は他に大切なものがあります。私はただの執事。旦那様はこれからご家庭を持って愛する家族に囲まれて暮らすのです。私はただ一時の相手に過ぎません」
「ほお、ただ一時の相手に過ぎないと……ではお前を連れて行ってもジギーは何の痛みも感じないと言いたいのか、リトワール。それならお前の大切な者をお前から奪うとすればどうだ」
電撃が走る。リトワールはぶるぶる震えだした。
「まやかしだ。相手にするな。リトワール、これは悪夢だ」
「私から奪うとは……旦那様は私のものではないのに何を言うのだ悪霊。お前はルネではない。悪霊だ。私はお前の正体を知っているぞ。しっ、しっ……」
リトワールはやっとサレから習った呪文を思い出した。
「しっ、しっ、悪霊め。お前の正体を知っているぞ。あっちに行け。しっ、しっ、悪霊め。お前の正体を知っているぞ、あっちに……」
悪霊ベルエーロは死神ルネの顔でにっと笑う。
「二人のうちどちらがが私と来るのだ」
「しっ、しっ、悪霊め。お前の正体を知っているぞ。あっちに行け……悪霊め。お前の正体を」
ジグヴァンゼラの腕から力が抜けた。驚いてジグヴァンゼラの顔を見る。薄く寝息が聞こえたが、胸に耳を当てみた。心拍数も異常はない。
辺りから異様な気配が消えて、部屋の隅に顔のない白い影が佇み次第に薄くなっていくのが見えた。
リトワールはジグヴァンゼラの唇にそっと触れて、それから部屋の隅を見た。
「聞こえるか。旦那様も私も、愛などと言うもので繋がっているのではない。二度と奪おうなどと思うな」
涙がこぼれた。ジグヴァンゼラを守り抜く為に犠牲にしなければならない感情がある。
「愛などと……」
言ってはいけないのだ……
一生……
今までも、我が身の立場で主を縛るなどとあってはならない畏れ多いことだと、控える気持ちがあった。
出来ればあの森で
出会った時に戻って
ルネの情報を伝えて
ジグヴァンゼラ様の人生を
やり直させたい
まさかあの気狂いルネでも
世話になる親戚までは
襲わないだろうと鷹を括って
ルネの凶行を予想だにしなかった
到着して直ぐに
領主家族に手を出すとは……
ああ、私が甘かった
私のせいだ
ジグヴァンゼラ様の
人生が狂ったのは……
ルネの影響を受けなければ
どんな人生を送っただろうか
私とこのようには
ならなかったはずだ
ルネの影響を受けなければ
私もどんな人間で
いられただろうか
それでも……
ジグヴァンゼラ様を
愛したかもしれない
ジグヴァンゼラ様……
光の道を歩むのです……
勿論、私は命を賭ける
あなたが主だからというのではない
命を賭けて……
それが私の口に出せない答え……
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