聖書サスペンス・領主殺害

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第二章 カリギュラ暗殺

(49)何故言わせない

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ヘシャス・ジャンヌの結婚式の為に王都は五日間湧き上がり、都の大通りには出店が出て何のパレードかわからない行列が続いて賑わった。


「凄い人出だね。こんなに大勢の人を見たのは初めてだよ」


サレはジグヴァンゼラに付いてマロリーと共に王都に来たが、見るもの聞くもの全て華やいで珍しく、昂ってマロリーにプロポーズした。

「本当に私で良ければ」

「君でなくては僕は寂しくて寂しくて死んでしまうよ」

二人は夫婦になってジグヴァンゼラの館で暮らしている。


マロリーは、ヘシャス・ジャンヌに「是非、新生活にもあなたが必要」だと乞われていた。


しかしマロリーは、ヘシャス・ジャンヌの付き人が傷物では縁起が悪いとかお幸せが眩しすぎるとか言い訳した。


それは全て却下されたが、結局、サレの「僕の嫁さんにください」という一言を申し訳なさそうにヘシャス・ジャンヌに伝えて、それがザカリーに残る決定的な理由となった。


二人はいつまで経っても新婚当時のように仲睦まじい。とうとうフランス人小間使いアネットも、心に負った深い傷を乗り越えて、兵士のひとりとくっついた。


王都に行ってからというものサレの料理の腕は断トツに上がり、ジグヴァンゼラとリトワールに纏つく悪霊を追い払い、館と周辺の者たちにも教えて古い因習という脳ミソに被せられていたベールを取り払って、人々の理性を開いた。サレは活躍したが、その話を書くには人の一生を費やしても追い付かない。


マロリーは、不思議なことに悲しみも苦しみも薄れて消え、子供も出来て忙しく、無学のサレを「夫の話は深い」と尊敬を露にする。微笑みが絶えないのもマロリーの家庭の特質だ。


ルネの影響はなくなっていく。平和に暮らして虐待の痛みや怨みつらみを思い出す者もいなくなる。討伐祭りは皆が喜び踊り祝う。


リトワールは、若い夫の面倒をみる年上女房気分だった。ルネ討伐から十年経って、リトワールは三十七才になっていた。


ある日、ジグヴァンゼラはリトワールに言った。リトワールがジグヴァンゼラの机の側に来たときだった。

「リト……」

座ったままリトワールに腕を回して胸に顔を埋める。子供のように甘えるジグヴァンゼラの黒く長い髪を撫でて「なんでしょうか」と聞く。隠れ鬱病の影は消えて、落ち着いた微笑みが残った。

「リトは、子供は好きかい」

「それは……ご結婚をお望みですか」

いつかはそうなるのではないかと危惧して、覚悟はしていたつもりのリトワールだったが、やはり動揺した。

「違うよ。跡継ぎのことだ」

リトワールの動揺を感じてぎゅっと抱き締める。

「ヘシャス・ジャンヌに第二子が出来た」

「おめでとう御座います」

「男の子だそうだ。女の子でも、もし、リトが良ければ……育てられるかな」

「勿論ですとも、旦那様」

「良かった。アントローサ公爵に手紙を書こう。嫁取りしないつもりかと心配しておられる。私は独身主義で姉から王室縁の養子を貰うことにすれば、アントローサ公爵も喜んでくださるだろう」

リトワールは思わずジグヴァンゼラの膝に横座りになって口づけした。それから直ぐに俯いて立ち上がる。

「失礼しました。お仕事中に……」

「リト、もう十年になるよ。何故いつまでも他人……」

「いつまでもお仕えします」

「違う。そんなことではない」

「リト。私はそなたのことをリトと呼ぶのに……」

「執事は下僕。主の持ち物です。私は、お仕えする主の財産の一部になるのだと教えられて育てられました。主の誉れとなるように……今はあなた様が私の主です」

ジグヴァンゼラは顔を上げてリトワールを見た。リトワールの腕を捕まえた手から力が抜ける。

「持ち物……」

「私は……あなた様の誉れになれてはいません」

「……」


ジグヴァンゼラは言葉を飲んだ。何かを言えば誤解が生まれる。それからやっと口にした言葉はジグヴァンゼラ自身にとっても残念なものだった。

「そんなことを聞きたかった訳ではない」

離れる。少し考えてから、まだ傍らに立ったままのリトワールの手を再び掴んで、自分の頬に当てた。

「私は主としてではなく……」

リトワールはその後の言葉を遮った。

「私はあなた様に相応しくありません」

それを言ってしまってからリトワールは顔色を変えた。どんなことがあっても表情に出してはいけないと躾られてきたのではなかったか。

リトワールは後悔した。次の言葉はジグヴァンゼラを傷つける。もうすでに今の言葉でジグヴァンゼラも思い出したはずだ。思い出したくない過去を思い出させてしまった。

リトワールは一歩下がった。ジグヴァンゼラの頬から自分の手が抜けるのを、止めようがない。そのまま二歩下がり、三歩目にジグヴァンゼラが立ち上がる。

若い肩幅のある背の高いジグヴァンゼラは、リトワールの肩に手を掛けた。そのまま窓辺に誘う。

「ご覧、リト。あの向こうまで広がる土地を。全てが私の領地だ。
私はそなたがいなければこの領地を首尾よく治めてはこれなかった。
そなたに相応しくないのは私の方だ。私は領主としては若輩者で何もできない。
そなたは全ての点てパーフェクトだ。執事無くして領主はあり得ない。
リト……私の仕事を支えてくれる者としてだけではなく」

リトワールはジグヴァンゼラの唇に素早く人差し指を当てた。

「失礼しました」

「何故、言わせてくれないのだろうか……私はそなたにとって主以外の何者でもないのだろうか……」




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