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第二章 カリギュラ暗殺
(56)子猫
しおりを挟むジグゥァンゼラはマロリーから子猫をもらい、子猫専用の丸いクッションを傍において一緒に寝た。子猫はジグゥァンゼラの懐に自ら入ることもあった。
寝入りばなに気づいて、奮えるような喜びに満たされた。
思えばリトワールとの夜もそのように心の奮える思いがしたものだ。
ジグゥァンゼラは、子猫がリトワールの代わりのような気がする。
ふと、悪霊の化けたリトワールの優しげな顔が傍に来る。ベッドに腰かけて覗き込んでいた。
「ジグゥァンゼラ様……私よりも子猫の方がお気に入りなのですね」
「リト……」
お前はリトではないと言えない。
「寂しく思います。私は旦那様だけですのに」
「リト、お前もこの子猫を可愛いと思うだろう。この子はまだ名前がない。名付けてくれないか」
リトワールの顔が歪む。
「私を苦しめるのですか」
「何故苦しむ」
ジグゥァンゼラはその先を聞きたくはない。苦しむなと言いたかった。
「お分かりになりませんか」
「リトワール、お前はずっと私の傍にいてくれるのだろう」
手を伸ばす。悪霊の身体を突き抜けた手は宙でさ迷う。
「ジグゥァンゼラ様……」
悪霊の方が衝撃を受けた。
「私が共にいることを望んでおられるのですか」
悪霊の声が震えている。
「そうだ、リト。お前が必要なのだ」
「子猫と私とどちらが必要ですか。どちらが大切なのですか」
悪霊は食い下がった。
「リトワール、私はいつまでもお前と一緒にいたい。死んでも一緒だ。でも、この子は違う。生きている間だけのこと。この子は命の塊で、自由な生き物だ。お前のように愛で縛れる相手ではない」
さ迷う手を戻して子猫を撫でた。子猫はひっくり返ってジグゥァンゼラの指先に抱きつく。
「旦那様は愛で私を縛ったのですか」
リトワールの顔が切なげに近づく。
「そうだ。お前を縛った。ずっと私の元に縛り付けていた」
ジグゥァンゼラの声が甘くなる。子猫はジグゥァンゼラの懐から半身を覗かせて指先を甘咬みしたり、頭を擦り付けたりした。
「私は執事です。執事は旦那様に一生お仕えするものです」
「お前はルネを裏切った。私に出会う前から」
リトワールの顔が離れた。何かを考えている。
「リト、考えるな。お前は私の傍にいれば良いのだ。ずっと一緒だ」
悪霊はここでルネの姿に変身すればジグゥァンゼラに恐怖を与えられると思ったが、それをすればリトワールに戻っても二度とジグワンゼラを誑かすことはできないのではないかと考えた。ジグゥァンゼラの心を失う。それがわかってふっと笑った。
「わかりました。私はずっと一緒です。あなたがお望みでしたら、あなたが死ぬまでずっと」
それなら子猫を殺してやる
この子は大人にはなれない
ジグゥァンゼラを
悲しみのどん底に突き落としてやる
何もかも奪うことが目的なのではない
悪霊の私を崇拝させることだ
神に目を向けるな
ジグゥァンゼラ
お前は私のもの……
子猫が邪魔だ
お前の魂は私の獲物だ
さあ、私の愛情は
子猫の命と引き換えだ
それを寄越せ……
手放すのだ
ジグゥァンゼラ
「ジギー、愛しています。あなただけ」
悪霊はリトワールの姿で微笑んで、消えた。
「リト……私も愛しているよ。死ぬまでずっとお前だけだ。お休み、リト」
子猫は十分温まったのか、ジグゥァンゼラの懐から出てきて首の辺りに踞る。小さな身体が愛しい。寝息が聞こえるような気がして、嬉しくなった。
リトワールが幽霊になって出てきたのではなく、悪霊がリトワールの姿を借りているのだとジグゥァンゼラは理解している。それでもリトワールの姿を眺めていたい。
悪霊でも構わない……
リトワールの姿であれば……
悪霊ベルエーロは廊下を去った。
ジグゥァンゼラは
私を心の底から必要としている
やがて偶像崇拝に傾くだろう
リトワールの遺品の中に
偶像崇拝を行わせる何かがあったか
日記……
リトワールの遺品……
リトワールを
偶像のように崇拝させる品……
リトワールの姿から白い影となった顔のないベルエーロの口許が、ニヤリと歪む。
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