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第二章 カリギュラ暗殺
(60)少年
しおりを挟むリトワールの日記を最初のページから読み進めて、ジグヴァンゼラは書架を探し、一番古い日記を手に取った。
フランスでのルネの凶行が書かれている。最初の日記は雑記帳のようなもので、年若い一介の使用人だった少年リトワールが忍ばれる。
リトワールのフランス時代を描こうとすればそれはまた長い話になる。
リトワールが味わった凄惨なフランス時代の日記も、ジグヴァンゼラは後世に残す価値のある文献の一つになるだろうと、保管することに決めた。
本当は、リトワールの苦しみを誰にも読ませたくない。美しく優しく優雅に生きた有能な執事として名を残させたい。愛は全てを覆うと言うではないか。
それでも、共に墓場まで持っていくには、リトワールの真摯な姿を彷彿とさせる日記は、埋もれさせるに惜しまれる。これは残さなければならない。ジグヴァンゼラは大切な宝物のように、毎日、リトワールの日記に没頭した。
リトワールの姿を借りた悪霊は暫く成りを潜めていたが、日記を読むことに時間を費やしていたジグヴァンゼラは気にも止めなかった。
元々、悪霊だと言うことは承知している。
悪霊を喜ばせたいのではない。死んだリトワールに愛情を示して、悪霊を利用してまでもリトワールの喜ぶ顔を再び見たいと心が望むのだ。
最早区別がつかなくなっているのか、ジグヴァンゼラは日記の中のリトワールを欲して悪霊にもそれを求める。
悪霊はジグヴァンゼラの望む姿に代わる心つもりがあったが、日記のリトワールの命日が近づいたある日、ジグヴァンゼラの身辺に異変が起きた。
悪霊はこの世の何処にでもいる。
ある日、ジグヴァンゼラに付いている悪霊ベルエーロとは別の悪霊の影響から逃れて来た者がいた。
子猫も少し肉が付いてきて丸々と可愛くなった。ジグヴァンゼラの懐で寝息をたてている。
花で飾られたリトワールの部屋の机に向かって日記を読んでいたとき、花を抱えた少年が入ってきた。
「リトワール……」
ジグヴァンゼラは立ち上がって小さなリトワールを力一杯抱き締めた。
「リトワール……」
口づけしようとして拒まれた。
「リト……」
ありし日のリトワールよりも若い。まだ十代の少年だ。
「リトワール様ではありません。私はアントワーヌと申します。ご領主様のお花の世話係です」
薔薇色の輝く肌に惹き付けられた。
「アントワーヌ……」
ジグヴァンゼラは衝撃を受けた。
何処からどう見ても少年時代のリトワールだ。今読んでいた日記の中の少年リトワール。リトワールそっくりの顔。
ジグヴァンゼラはアントワーヌの顎に指先で触れて、顔を上げさせた。
「良く似ている……」
「あぅ……ご領主様……」
ジグヴァンゼラはアントワーヌの手を引いて椅子に座り自分の膝を指して「此処に座れ」と言った。
アントワーヌは輝く目付きで瞬きしながら素直にジグヴァンゼラの膝に腰を下ろした。下ろしただけでなく、片腕をジグヴァンゼラの首に回す。ジグヴァンゼラの胸に頬を埋める形になった。慣れている。
ジグヴァンゼラは身体の中から沸き上がるような喜びを覚えた。少年の脇腹に手をやる。
「あ……ご領主様……」
はにかんでいる。
「初めてか」
「いいえ、少しは……」
「誰が相手だ」
「前の雇い主です」
「好きなのか」
「まさか……いいえ、考えてもいなかったことです。新しい親になってくれるとばかり思っていましたから」
「リト……アントワーヌ。お前が望むならその雇い主を滅ぼしてやろう」
「ほっ、本当ですか」
アントワーヌの目に喜びの輝きを見た。ジグヴァンゼラはその柔らかい頬を撫でて優しく口づけした。
「リト……」
「はい、ご領主様」
「ジギーだ。リト」
「ジギー……ああ、ジギー」
アントワーヌは花束を落として両腕でジグヴァンゼラに抱き付き、可愛い口でジグヴァンゼラの唇を自ら求めた。喜びと感謝を伝える方法を他に知らなかったのだ。
部屋の隅の悪霊ベルエーロが上目使いに笑みを浮かべている。
そこから離れた処で、淡い光が悲しげな顔になって消えた。
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