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第二章 カリギュラ暗殺
(66)魔性アントワーヌ
しおりを挟むダレンはジグヴァンゼラの部屋には入れないが、何が行われているのか予測はつく。
きっとアントワーヌは
あの魔性の身体を絡み付かせて
ご領主様に
甘えているのに違いない
可愛い顔も甘い声も
全てご領主様あってこそだと
わかっている
何処かに連れて逃げたら
貧乏暮らしに疲弊して
あの笑顔はくすみ
甘える声も後悔の言葉を
呪いのように吐き続けるに違いない
裏切りの午後を楽しんだ後のダレンは、後ろ暗い思いとは裏腹に、アントワーヌを独り占めする方法はないかと考えるのが常だった。
アントワーヌは「ふふっ」と笑って絹のドレスシャツを脱いで見せびらかすようにくるくると回転して見せる。長い髪がふわりふわりと風を孕む。ダレンはアントワーヌに指一本触れないうちから勃起して出そうになる。
幾日か過ぎて、ダレンは夏の別荘の鍵の在りかを知った。
夏の暑い日にジグヴァンゼラと執事のリトワールがヘンゼルを連れて遊んだ別荘が森の中にある。執事見習いだったダレンは鍵を盗み出すことを夢に見た。
サレは丁度館の台所にマヨネーズを運んだ処で、手ぶらで庭に出た。アントワーヌが館の中に走っていく。
アントワーヌ付きの執事になったダレンが、すれ違いしな、サレに挨拶をした。ふっと、臭い立つ男の記憶の中に眠っていたもの。
何だ……今のは……
アントワーヌと出掛けた後に……
そんな、まさか……
アントワーヌと……
悪霊が見えた。
ありし日の執事、リトワールの姿を借りている。
サレは驚愕を隠してじっと睨む。
「サレ、久しぶりですね」
生きていた当時と同じように優しい雰囲気で話しかけてくる。
「お前は悪霊だ。リトワール様ではない」
「おやおや、私はあなたと同じく旦那様にお仕えする身の上。同僚なのですから、様付けなど不要ですよ」
「リトワール様はお亡くなりになられたのだ」
「サレ……お前の可愛いマロリーはルネの慰みものだったのですよね。お前が忘れてもマロリーは忘れないでしょう。あの次男坊はルネに似ているのですから」
優しい顔で、サレの言われたくない処を突く。
「ルネが処刑されてから何年も経って生まれたのだ。あの子は私の亡くなった祖父に似ているのだ」
それはマロリーにも話してある。誰かが何とか言ってきたらそのように答えなさい、本当なのだからと。
「それはそれは、隔世遺伝と言うものですよ。そう言ってもあなたにはお分かりにならないでしょうけれど。私は、あなたを避難するつもりはありませんよ。ただね、マロリーはこれから世間の悪い風に吹き荒ぶられて気が狂うでしょう。あなたを守ろうとして死ぬかも知れませんね」
「何と……」
「マロリーを守方法は……そうそう、それをお伝えする前に、もうひとつ確かめておきたいことが」
「マロリーを守る方法とは何だ」
サレは悪霊リトワールをきっと睨む。
「おや、ははは。お知りになりたいのですか」
やっぱりあなたでも……と悪霊リトワールは嗤う。
「マロリーを狂わせる風とは世間の噂のことだな。そんな心ない噂など気にするなと言ってある」
言ってはあるが……
「それでもあなたを守るためなら……」
悪霊リトワールの美しい顔が一瞬崩れた。一部だけだったが、透明ながらどす黒いものが見えたかと思った瞬間、再び若き日のリトワールの人形のような澄まし顔に戻った。
「マロリーは死ぬと言うのか」
そうだ。そういう女だ
マロリーを死なせてはならない
しかし、悪霊と取引をしてはならない
どうする……
悪霊リトワールはクックッと笑った。やはり人形のような澄まし顔が崩れそうになる。
黒い……どす黒い意思が見える
「サレ、アントワーヌの魔性を確かめてみたいとは。旦那様を狂わせるアントワーヌのあの魔性を、お前が身をもって……」
「私はもう何年もそのようなことは」
「マロリーがダレンと出来ていてもかい」
衝撃が走った。サレの身体がびくっと震え、何処かからあの臭いがする。ダレンの近くで感じた男の臭いだ。
「マロリー……」
「アントワーヌの魔性がどのようなものなのか、あなた自身が身をもって確かめるのですよ」
アントワーヌは恐れもなく衣服を放り投げて、水浴びをした輝く素肌をベランダからの陽射しにさらし踊って見せた。
この瞬間を壊したくない宝物のように感じて喜びに浸るジグヴァンゼラは、ルネの隠し持っていた白い粉薬に期待を寄せた。
アントワーヌ
アントワーヌ
お前の魔性がジグヴァンゼラに
ルネの粉薬を使わせるのだ
リトワールの姿を保ったまま、悪霊はほくそ笑む。
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