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第三章 純愛と天使と悪霊
(84)二つの棺
しおりを挟む天使は地下の至聖所の、家族の廟に並んだ棺の最も新しい物の前にいた。
ひとつの台の上に夫婦の棺をふたつ並べる様式だ。
神はひとつのご計画を立てておられる。ジグヴァンゼラ、あなたもその計画に組み込まれている。何の不幸も経験することのない、平和で善良な世界に生まれるのだ。そして、人生をやり直す。そこでは、あなたは領主の息子ではない。あなたはハビタと出会うだろう。
しかし、出会っても結ばれることはない。あなたもハビタも、私たちと同じような者に、つまり天使のような者になるのだ。リトワールも同じだ。あなたたちを犠牲にする大人はいない。あなたたちが出会えたとしたら、仲の良い親友として友愛を示し合える。
そこは永遠の世界だ。多くのことを学び、完全な人間として、全ての夢や希望を叶えられる。全ての善良なことを成し遂げられるのだ。手ずから自分の座る椅子を作り、手ずから糸を染めて衣服を作り、全ての人が互いに手伝い合って、家の立て方を学び、自分や他者の家を建てる。
悪魔に心を売ったルネのような輩はいない。全ての人が健全な愛を示し合う。悪人のいない世界ではそれが可能なのだ。
ジグヴァンゼラ……それまで眠るだけだ。深く、深く眠れ。神のご計画が成されるまで……
ジグヴァンゼラの棺の横には対になってリトワールの棺があった。
ふたりともルネの犠牲になったのだった。それがなければ出会うこともなく、全く違う人生を送ったはずだ。
天使は宙に舞い上がり、一度ふたりの棺を見下ろして、それから消えた。
ジグヴァンゼラは、まだヘンゼルが三歳の頃だったが、リトワールを採寸して王都のデザイナーに数点のドレスを縫わせたことがあった。
出来上がったドレスに袖を通して、リトワールは憮然としながらも、ジグヴァンゼラに気づかれないように澄まして言った。
「私が女になることをお望みですか」
ジグヴァンゼラは驚いた。
思えばリトワールは良識を以て育てられた少年だったのだ。それをルネに強姦されザカリー郡に来て、ジグヴァンゼラと愛し合うようになった。
ジグヴァンゼラはリトワールの肩を抱いて答えた。
「いや、誰よりも美しいことを証明したかっただけだ」
「それはあり得ません。私は女性ではありませんから」
その時、寝惚けて起き上がったヘンゼルがベッドから叫んだ。
「お母様、お母様、お母様……」
転がるように走ってリトワールのドレスにしがみつく。
リトワールはヘンゼルを軽々と抱き上げて頬ずりをした。
「ヘンゼルや、夢を見たのね」
「お母様、お母様、お母様……」
ヘンゼルは涙を流してリトワールの首に抱きついて離れない。
「ヘンゼルには母親が必要なのだ。この夏の館にいる間だけでも母親の役をやってくれるか」
「はい。お望みの通りに」
ジグヴァンゼラはヘンゼルごとリトワールを抱き締めた。
「お父様、お母様がいなくならないようにぎゅっとして」
「ぎゅっ……ヘンゼル、お母様はいなくならないよ」
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