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第三章 純愛と天使と悪霊
(83)洞穴の中
しおりを挟む執事のシアノはアントワーヌの遺体を棺に横たえて、森の洞穴に運び込ませた。そこには、先に死んだダレンが白布にくるまれて投げ捨てられたまま、腐りかけている。
シアノは奥まで入るわけではないから気づかなかったが、洞穴の中では異変が起きていた。
厨房を任されているサレの長男メンデの息子ネイトと、同じくサレの次男モーナスの息子ガレが、洞穴の骨を綺麗に整理して、祭壇のようなものまで作っていた。
二人は妖精顔と言われる人目を惹く美しい造りで、双子のようによく似ていた。
祭壇には、祈るときの蝋燭も用意されている。
兵士たちがもう少し奥まで入ったら、祭壇に気づいたかもしれないが、ダレンを葬った時に地下室のミイラも一緒に布袋に入れて運ばせたから、兵士たちは気味悪がって途中の岩壁に並べて座らせたのだった。
ネイトとガレは怒った。
怒りかたも双子のようによく似ている。
「折角、僕たちが綺麗にしたのに、通路に死体を置いていくなんて酷いや」
ネイトの呟きにガレも追従する。
「全くだよ。これじゃあ可哀想だ」
ネイトは腰に手を当てて溜め息をついた。
「でも、僕たちだけではできないよ」
ガレが顎に指を当てた。
「誰か、大人に頼もうか」
ネイトは頭を振る。
「駄目だ。お父さんに知られる。知られたら玉ねぎを百個剥かされるよ」
ひんやりと冷たい洞穴は、二人の避暑地だ。蝋燭の灯りを頼りに、邪魔な骨たちを奥へ奥へと全て運んで、バラバラになった骨を一ヶ所に集めると小山になった。
「それは駄目だよ。百個は無理だ。いくらサレおじいちゃんのソースでも、百個なんて……」
「だろ。でも大人は言いつけるからな。二人で引っ張って動かすしかないよ」
「そんな力はないよ」
「やってみようよ。ほら、こっちの袋のは少し軽いみたいだ」
ネイトはミイラに手を掛けた。布袋の中で骨が崩れる。ネイトの手に衝撃が伝わった。
「坊やたち、何をしているんだい」
二人が飛び上がるほど驚くのを他所に、ルネの形を取った悪霊はミイラに手を掛ける。引きずろうと力をこめていた布袋が軽くなったので、おっとっととネイトは声に出した。バランスが崩れそうになって足が急く。
「あ、あなた様はどなたですか……」
「私は……領主の遠縁の者だが、訳あって名前は言えない。アールとしておこうか」
「アール様……」
ネイトはアールと名乗った金髪の悪霊に心を惹かれた。重かった袋を軽々と持ち上げて奥まで運ぶのを手伝ってくれる。親切な悪霊にまんまと心を奪われて、良い人だと思い込んだ。
ガレは二人の姿を見て不思議に思う。どこがどうと言えないが、黒いマントを羽織った背の高い男は、金髪頭は父親モーナスに似て緩くカールしている。そして、洞穴の中の蝋燭の灯りに照らされているのに、影がないように見える。ガレは、その事にまだ気づいていないが、違和感が強く残った。
ガレの目には、従兄弟のネイトの頬が薄紅色に染まって見える。七歳になったネイトは、ガレよりも三ヶ月早く八歳になる。三ヶ月上のお兄ちゃんネイトの目が、アールを見上げてきらきらと輝く。ガレは不貞腐れた。
そんな目をして僕を見たことはないよね。鏡のようにそっくりだと言われてきたけれど、全く違うんだぞ。ネイトはお兄ちゃんだけど、アール様のことを疑いもしない。もしかしたら良くない人なのかもしれないのに。だって、普通の大人がこんな処に来る訳がないのだから……
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