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第三章 純愛と天使と悪霊
(91)悪霊の記憶
しおりを挟む悪霊ベルエーロの記憶はジグヴァンゼラの生前、女王ヘシャス・ジャンヌを通しての王位継承問題が浮上した時期に遡る。
武公アントローサのたっての要望で宮廷貴族となっていたヘンゼルだったが、実母ヘシャス・ジャンヌ女王の後継者問題は、自身をも巻き込む厄介な問題だ。
ヘンゼルは、実父のオリバルート・ヨハネセンが王位を継ぐ前に何度かヨハネセン大公領を訪ねている。実兄だけでなく、異母兄とも仲良く語らっていた。理想国家を拓くために意見を出し合い、ヘンゼルが国政に反映させる。三兄弟は一致団結の誓いを立てていた。
オリバルート・ヨハネセン・サザンダーレア国王が崩御してから、宮廷内の力関係に変化が起きた。
元々、ヨハネセンの自領地である大公領は小さく、先妻の実家派閥とアントローサ公爵の派閥に擁護されて地位を保っていた。それが、国王ヨハネセンの没後ヘシャス・ジャンヌに王権が渡ると、アントローサ公爵の派閥に軍配が上がった。
ジグヴァンゼラは女王の弟として出来うる限り援護した。輝かしい時代は平和と豊かさをもたらし、文化が花開き、国民の意識も開かれつつあった。
しかし、ヘシャス・ジャンヌの時代もいよいよ終盤を迎えて、新たな王位継承問題が浮上した。
「異母兄弟の兄上と、実の兄とのどちらかを支持しなければならないのか。それは、再び宮廷が二分される難しい問題だ」
アントローサ公爵も代替わりをしており、宮廷で実権を握っているアントローサ公爵家の次男、宰相ジグマスタが、ヘンゼルの肩を抱いて耳打ちする。
「お主が国王の座に就けば俺が護ってやるぞ。我々は義兄弟だからな」
アントローサ公爵の娘を妻にしたのだから、ヘンゼルは宰相ジグマスタにとって義弟に当たる。
ヘンゼルは「宰相殿、私は王座を狙う気はありません」と応えたが「お前に尻尾が無くても命は狙われる」と忠告された。
ヘンゼルは、実兄を制御する見せしめとして暗殺される確率が高い。ヘンゼルが王位継承権を放棄しても命の危険は免れないと言うことだ。
ヘンゼルは宮廷の離れに向かった。
皇后宮の近くに設けた別邸に妻子がいる。王妃となった時にヘシャス・ジャンヌがヘンゼルを宮廷内に住まわせることを望んで設けた別邸だった。ヘンゼルの妻はアントローサ大公家の次女。長女はヘンゼルの実兄に嫁している。
「エレーゼ。客だったのか」
「あなた、先ほどまでお姉様の話を聞いておりました。あなたに伝えしてほしいと。お姉様にはお子がございません。ですから実の弟であるあなたを支持すると申しておりますの」
つまりは、ヘシャス・ジャンヌ女王の実子二人はどちらもアントローサ大公家の娘を妻として迎え、どちらが王位に就いてもアントローサ大公家の常世の春は続くのだ。貴族社会の政治の側面だ。
「私に、王位に就けと……」
宰相ジグマスタの笑顔が浮かぶ。
悪霊の記憶は過去を彷徨う。
オリバルート・ヨハネセン国王即位の祝典では、実父オリバルート・ヨハネセン王と実母ヘシャス・ジャンヌ王妃はその座から転がるように降りてヘンゼルに駆け寄り
「ああ、愛しい我が息子よ」
と周囲の目も憚らずにヘンゼルを強く抱き締めて、王座の右横に、先妻の忘れ形見と共にヘンゼルとヘンゼルの実兄を立たせた。左横には王の娘たち。
三人は王位継承の問題が起きることなど思いもよらず並んで立てることを喜んだ。
この事からヘンゼルは王位継承権を持つ王子として扱われるようになった。実際は、宮廷官僚の一人なのだから、官僚たちからはジグマスタ・アントローサ公爵に継ぐ大いなる者として目されるようになる。
面白くないのはヨハネセン王の先妻の忘れ形見を支持する派閥だ。それは、ヨハネセン王の死去以前から蠢いていた。
ヘシャス・ジャンヌ女王は自分で育てた息子もさながらに、先妻の息子にもヘンゼルにも無償の愛を注いでいた。
特に、ヘンゼルには他にない特質、優れた理解力と対応力、そして身のこなしの美しさを認め、宝飾品に埋もれた剣の立ち並ぶ中で自由に道を切り開く光る剣がヘンゼルだと、ヘシャス・ジャンヌ女王は喜ぶ。
そして彼女もまた、ヘンゼルを王位に推すべきか悩んだ。
ジグヴァンゼラは手紙の封を開いた。赤い蝋の捺印はヘンゼルの印だ。
「私は王宮で恵まれた立場におりますが、善悪は糾える縄の如し、暗殺の標的にされております」
育ての親に、窮地を訴える内容が記されていた。
異母兄を支持する派閥は、元々、武公アントローサと対立していた派閥だから、アントローサ側のヘンゼルを芳しく思うはずがない。命を狙ってきた。
魔王カリギュラ・ジグヴァンゼラはヘンゼルを護る見えない黒い翼を素早く広げた。ヘンゼル暗殺計画を叩き潰す。
王都に於いてもジグヴァンゼラの知らないことはなかった。それは、フランス人執事リトワールが宮廷内に送り込んだ密偵の暗躍による。
密偵は、過去に先代アントローサ公爵から学んだ方法だった。誰がヘンゼルの敵なのか、ジグヴァンゼラにはわかっていた。
若き領主ヴェルナールの顔に口づけせんばかりに向き合って、悪霊はほくそ笑む。
「ジグヴァンゼラも十四才だったんだよ、可愛いヴェルナール。魔の年頃か……ふふふ」
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