聖書サスペンス・領主殺害

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

文字の大きさ
93 / 128
第三章 純愛と天使と悪霊

(91)悪霊の記憶

しおりを挟む

悪霊ベルエーロの記憶はジグヴァンゼラの生前、女王ヘシャス・ジャンヌを通しての王位継承問題が浮上した時期に遡る。

武公アントローサのたっての要望で宮廷貴族となっていたヘンゼルだったが、実母ヘシャス・ジャンヌ女王の後継者問題は、自身をも巻き込む厄介な問題だ。

ヘンゼルは、実父のオリバルート・ヨハネセンが王位を継ぐ前に何度かヨハネセン大公領を訪ねている。実兄だけでなく、異母兄とも仲良く語らっていた。理想国家を拓くために意見を出し合い、ヘンゼルが国政に反映させる。三兄弟は一致団結の誓いを立てていた。

オリバルート・ヨハネセン・サザンダーレア国王が崩御してから、宮廷内の力関係に変化が起きた。

元々、ヨハネセンの自領地である大公領は小さく、先妻の実家派閥とアントローサ公爵の派閥に擁護されて地位を保っていた。それが、国王ヨハネセンの没後ヘシャス・ジャンヌに王権が渡ると、アントローサ公爵の派閥に軍配が上がった。

ジグヴァンゼラは女王の弟として出来うる限り援護した。輝かしい時代は平和と豊かさをもたらし、文化が花開き、国民の意識も開かれつつあった。

しかし、ヘシャス・ジャンヌの時代もいよいよ終盤を迎えて、新たな王位継承問題が浮上した。


「異母兄弟の兄上と、実の兄とのどちらかを支持しなければならないのか。それは、再び宮廷が二分される難しい問題だ」
 

アントローサ公爵も代替わりをしており、宮廷で実権を握っているアントローサ公爵家の次男、宰相ジグマスタが、ヘンゼルの肩を抱いて耳打ちする。


「お主が国王の座に就けば俺が護ってやるぞ。我々は義兄弟だからな」


アントローサ公爵の娘を妻にしたのだから、ヘンゼルは宰相ジグマスタにとって義弟に当たる。

ヘンゼルは「宰相殿、私は王座を狙う気はありません」と応えたが「お前に尻尾が無くても命は狙われる」と忠告された。

ヘンゼルは、実兄を制御する見せしめとして暗殺される確率が高い。ヘンゼルが王位継承権を放棄しても命の危険は免れないと言うことだ。



ヘンゼルは宮廷の離れに向かった。

皇后宮の近くに設けた別邸に妻子がいる。王妃となった時にヘシャス・ジャンヌがヘンゼルを宮廷内に住まわせることを望んで設けた別邸だった。ヘンゼルの妻はアントローサ大公家の次女。長女はヘンゼルの実兄に嫁している。


「エレーゼ。客だったのか」

「あなた、先ほどまでお姉様の話を聞いておりました。あなたに伝えしてほしいと。お姉様にはお子がございません。ですから実の弟であるあなたを支持すると申しておりますの」


つまりは、ヘシャス・ジャンヌ女王の実子二人はどちらもアントローサ大公家の娘を妻として迎え、どちらが王位に就いてもアントローサ大公家の常世の春は続くのだ。貴族社会の政治の側面だ。


「私に、王位に就けと……」


宰相ジグマスタの笑顔が浮かぶ。







悪霊の記憶は過去を彷徨う。


オリバルート・ヨハネセン国王即位の祝典では、実父オリバルート・ヨハネセン王と実母ヘシャス・ジャンヌ王妃はその座から転がるように降りてヘンゼルに駆け寄り
「ああ、愛しい我が息子よ」
と周囲の目も憚らずにヘンゼルを強く抱き締めて、王座の右横に、先妻の忘れ形見と共にヘンゼルとヘンゼルの実兄を立たせた。左横には王の娘たち。

三人は王位継承の問題が起きることなど思いもよらず並んで立てることを喜んだ。

この事からヘンゼルは王位継承権を持つ王子として扱われるようになった。実際は、宮廷官僚の一人なのだから、官僚たちからはジグマスタ・アントローサ公爵に継ぐ大いなる者として目されるようになる。

面白くないのはヨハネセン王の先妻の忘れ形見を支持する派閥だ。それは、ヨハネセン王の死去以前から蠢いていた。


ヘシャス・ジャンヌ女王は自分で育てた息子もさながらに、先妻の息子にもヘンゼルにも無償の愛を注いでいた。

特に、ヘンゼルには他にない特質、優れた理解力と対応力、そして身のこなしの美しさを認め、宝飾品に埋もれた剣の立ち並ぶ中で自由に道を切り開く光る剣がヘンゼルだと、ヘシャス・ジャンヌ女王は喜ぶ。

そして彼女もまた、ヘンゼルを王位に推すべきか悩んだ。



ジグヴァンゼラは手紙の封を開いた。赤い蝋の捺印はヘンゼルの印だ。


「私は王宮で恵まれた立場におりますが、善悪は糾える縄の如し、暗殺の標的にされております」


育ての親に、窮地を訴える内容が記されていた。


異母兄を支持する派閥は、元々、武公アントローサと対立していた派閥だから、アントローサ側のヘンゼルを芳しく思うはずがない。命を狙ってきた。


魔王カリギュラ・ジグヴァンゼラはヘンゼルを護る見えない黒い翼を素早く広げた。ヘンゼル暗殺計画を叩き潰す。

王都に於いてもジグヴァンゼラの知らないことはなかった。それは、フランス人執事リトワールが宮廷内に送り込んだ密偵の暗躍による。

密偵は、過去に先代アントローサ公爵から学んだ方法だった。誰がヘンゼルの敵なのか、ジグヴァンゼラにはわかっていた。



若き領主ヴェルナールの顔に口づけせんばかりに向き合って、悪霊はほくそ笑む。


「ジグヴァンゼラも十四才だったんだよ、可愛いヴェルナール。魔の年頃か……ふふふ」



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしてそこにトリックアートを設置したんですか?

鞠目
ホラー
N県の某ショッピングモールには、エントランスホールやエレベーター付近など、色んなところにトリックアートが設置されている。 先日、そのトリックアートについて設置場所がおかしいものがあると聞いた私は、わかる範囲で調べてみることにした。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...