聖書サスペンス・領主殺害

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

文字の大きさ
96 / 128
第三章 純愛と天使と悪霊

(94)出る

しおりを挟む

「レネ。お前、いけない子だな。お仕置きしちゃうぞ」


扉が開くなり無遠慮に入って来たのはダネイロだ。暗い水車小屋の中でもダネイロの雰囲気と声は本人に間違いない。


「ダネイロさん、違います。これは」


シーツで押さえた勃起したままのモノが静かになる。


「聞こえた。外まで聞こえる声だったから、全部聞いた。勘違いでやったのか」

「いいえ、私は何もしてはおりませんわ。聞き間違いですとも。私はここにいても仕様がありませんわね」


女は、ヴェルナールを絡めとる前に騒ぎ立てても利益にはならないと踏んだ。ここは退散するが勝ちだとばかりに急いで出口に向かう。


「外に、あんたの旦那さんが待っておられるが」

「まあっ。わかりました。それでは、あの、今夜のことは内密にお願いできますか。私がここに来たことを」

「ふふん、あんたが何処の誰かわからない以上は。しかし、上には報告させてもらう。領地に不振人物が出入りしているとな」

「それは……」

「勝手に出入りしてもらっては困ると言っているんだ。知らないのか。ここら辺に出るのを」

「何が出るんです」


暗い中で、ダネイロとレネッティが顔を見合わせたのを感じて、女は青くなった。


「まさか」

「まさかだが、出るんだよ。有名な話だ。もし、領主館の客人なら」

「いえ、いえ、私はこの村を通りかかった旅の者です。ここに泊まりたかっただけ。もう、帰ります」

「送ろうか」

「いえ、しゅ、主人が」

「そうだったな」


慌てふためいて出ていく女の後ろ姿が出口の枠にシルエットで浮かび、片側にそれて見えなくなった。暫くして水車小屋から爆笑するダネイロの声が響いた。



月が東の山影から顔を出している。


「とんだ大恥をかいたわ」


女は木陰で待っていたノエビアに愚痴をこぼした。


「済まなかった。しかし、ヴェルナールは遅いな」

「まだ待つつもりなの。今夜はやめた方が良いわ。それにここら辺には……」


ノエビアの背にしている木の後ろから、背の高い男が現れた。青白い顔に鋭い眼光。長い金髪を肩から垂らしたままだ。


「ふふふ。話は聞いたぞ」

「あ、あなたはどなたですか」

「私か。名乗るほどの者でもないがルネという地上世界からの流民だ。お前たちの計画に力を貸してやろうではないか」


ノエビアは戦慄を覚えた。


「私たちの計画とは……いえ、何故、何故ですか」

「ふふふ、何故と問われれば、亡き領主ジグヴァンゼラに恨みがあるのだと答えよう。奴はヨハネセンを暗殺の危機から護り王位に就けたのだが、同じ方法でヘンゼルを護り続けていた。そのジグヴァンゼラが死んでやがて一年になるのだが、ジグヴァンゼラの取った手段が何か分かるか」


ノエビアと女は顔を見合わせた。


「いいえ、皆目」

「ふふふ、わからないか。それはな、毒殺だ」


「あっ」と声を上げたのは娼婦だった。確かに以前、献酌した酒に……と冷や汗が滲む。

それを知ってか知らずかルネは女ににやりと笑いかけた。


「あなたは使えそうなレディだ」
 


目的の悪霊が近くにいるのにも気づかずに、ダネイロとレネッティは小屋の中にいた。

レネッティは着替えを済ませ「俺がイカせてやろうか」とからかうダネイロをかわして小屋を出た。

「勘違いと無理矢理」の問題でくさくさする。

月明かりがふっと曇った。レネッティの目に金髪の男が浮かび上がる。黒い人影は二つ見える。三人の人間がいるようだったが、金髪の背の高い方だけがはっきりと見えた。


「モーナスさん。モーナスさんですか」


何故か胸が奮える。声が女のように上ずって可愛い声になっているのに気づいたが、小走りに近づく。


「モーナスさん。僕です。レネッティです」


くさくさした気分は何処へやら、口角が上がり笑顔を止められない。近寄るレネッティに、金髪が振り向きかけて消えた。


「きゃあああ」「うわああああ」


女と男の悲鳴が同時にあがる。


「モ、モーナスさん……」


レネッティは茫然としたまま歩を緩めた。


消えた。完全に消えた。何故……


『ここら辺には出るんだ。有名な話だ』



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしてそこにトリックアートを設置したんですか?

鞠目
ホラー
N県の某ショッピングモールには、エントランスホールやエレベーター付近など、色んなところにトリックアートが設置されている。 先日、そのトリックアートについて設置場所がおかしいものがあると聞いた私は、わかる範囲で調べてみることにした。

女子切腹同好会

しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。 はたして、彼女の行き着く先は・・・。 この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。 また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。 マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。 世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...