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第三章 純愛と天使と悪霊
(95)悪霊の企み
しおりを挟む「来ないで。私たちは帰るから」
水車小屋で関係した女の声がした。開けた場所から木立と男女が見える。
「今、もう一人いましたよね」
「だ、誰もいなかった」
初めて聞く男の声。レネッティは素早く辺りを巡って、女が男と一緒にいることに気を遣って、ダネイロのいる水車小屋へと踵を返す。
確かにもう一人いた。見たんだモーナスさんを。モーナスさんは何処に消えた。見たのにいないと言い張るなんて、木立の奥に消えたのなら、モーナスさんはとんでもなく足が速い。でも、何故逃げる必要が……
ダネイロは台の上で腕を枕にして、立てた膝の上に片方の脹ら脛を乗せて仰臥していた。鼻唄を歌っている。
「ダネイロさん、やっぱりいましたよ。モーナスさんに違いありません」
「見たのか」
「はっきりと。でも、さっきの女とその旦那さん……がいたのですが、モーナスさんのこといなかったと言い張るんです。一緒にいたのに」
ダネイロは起き上がった。
「俺のときだっていなかったぞ。まあ兎に角、明日だ。明日、モーナスさんにこの水車小屋に来てもらおう。そうすれば、外に誰か似た人が来たなら……」
「そ、そうですね。モーナスさんに来てもらいましょう。うん、うん、それは良い考えです」
レネッティは跳び跳ねたくなる気分を隠しても、笑顔は隠せなかった。暗くてよく見えないはずの小屋の中で目が慣れたのか、ダネイロはレネッティに呆れた。
「そんなに好きかよ、モーナスさんのことが」
ダネイロが立ち上がってレネッティの額を指先で弾く。
「いて、て……」
「今夜は帰ろう。明日だ、明日」
二人が立ち去った後に、ヴェルナールが来た。木陰で裸になって、白い脚を川縁からそっと水に浸ける。
腰の高さを越える嵩がある川に、膝を曲げて首まで浸かった。手を前に伸ばして川床を蹴る。すうっと白い身体が浮いて丸いお尻が見えた。
「ヴェルナール様……」
執事長のシアノが分厚いバスタオルを持って立っていた。シアノは、そっと館を抜け出すヴェルナールを窓から見て、バスタオルを準備して追って来たのだ。
「勘が良いね、執事長」
「夕べも、ずぶ濡れで戻られましたので。それに、ジグヴァンゼラ様も幼い頃に泳ぐ練習をしたと申しておりましたから、此処だと思いました」
水車小屋の近くは春には花が咲き乱れて美しく、夏は夕焼けと星空、秋は実り豊かな彩りを見せて、冬の間も何故か水は凍らず煌めく。
シアノはザカリー領の全てを愛して止まない。ジグヴァンゼラ亡きあと、ヘンゼルの領主としての帰還を待ち侘びていたが、ヘンゼルは嫡男ヴェルナールにジグヴァンゼラの領地と爵位の一部を継がせた。
立派にお育てしてご覧にいれましょう……
それがシアノの「ご恩返し」だ。シアノの眼差しは温かい。
ジグヴァンゼラの黒い翼は未だ健在で、宮廷の王位継承問題も、誰が優勢なのか明日には目星が着く。
シアノは月明かりの下で、水遊びに興じるヴェルナールをじっと待つ。物静かな佇まいは銅像のようだ。
シアノの真横に、ルネの姿を借りた悪霊が姿を現した。
シアノ……ダレンに受けた傷を忘れるはずはないが、ジグヴァンゼラが目の前でお前の復讐を果たしてくれたのだから、お前はそうやって何事もなかったような顔でいられるのだ。もしもヴェルナールが
お前の目の前で、ありし日のお前と同じ目に遭ったら、お前はどうする。ジグヴァンゼラと同じように相手を殺すか、シアノ……
ヴェルナールはまさに、今夜、寸での処でその危険を回避できたのだが……
ダネイロが小屋から出て来たとき、ヴェルナールは身体を拭いて着替えもすっかり済ませていた。
木立の後ろに繋いでおいた馬にヴェルナールを跨がらせ、手綱を持ってすっと歩き始めたシアノの姿が、木立の影から現れて横顔を月明かりが照らす。ダネイロは思わず片膝を付いて傅いた。
木立の後ろから、馬に跨がったヴェルナールの姿も月明かりに出てきた。傅くダネイロの傍らに悪霊ベルエーロが立つ。
お前も厄介な奴だな、ダネイロ。お前とヴェルナールでは進展しないか。やっぱりヴェルナールには
ノエビアと娼婦を使うとするか。
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