聖書サスペンス・領主殺害

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

文字の大きさ
98 / 128
第三章 純愛と天使と悪霊

(96)悪霊の笑い

しおりを挟む

月が斜めに上がって、シアノの五十絡みの白い皮膚から皺を消す。月明かりに青く照らされた世界は幻想的で、ダネイロは騎士のように片膝を地に付けた。

若くして国境警備兵になったダネイロは、あのアントワーヌに似た見目麗しさが兵士たちの気を惹いて、煩わしい関心の中にいた。

ザカリー領は、一時期とはいえ衆道の噂が広まって、他所の貴族が手を伸ばしてくることもあり、男妾として引かされた兵士も幾人かはいたと聞く。

『ダネイロ、お前もお手付きになれるぞ』などとからかわれた。

ダネイロは、兵舎の中にあってみなと同じようにエロ話に笑いながら、いつしかシアノに目を奪われるようになった。

誰でも誰かと何らかの繋がりがあるものだ。シアノにはそれが一切無い。

遠ざかる馬上の領主よりも、ダネイロはシアノに対し服する精神を示した。

兵舎に戻ってからも、ダネイロはシアノの横顔を思い浮かべた。

俺は、あの人をどう思っているのか。抱きたいのか、抱かれたいのか、一体どっちなのかわからない。どっちでもなく、気になるだけだ。きっと、性的なことではない。多分……
可笑しな話だが、女などいらない。俺は健康的な男なのに、町に出ても女に興味が持てない
だからと言って、男にも関心はない。性的な冗談なら笑って済ませる。
ただ、あの人は……シアノさんだけは何と言えば良いのか……


ダネイロについて来た悪霊ベルエーロは、ダネイロの傍らに寝そべって片手で頬杖を付いてダネイロを眺めた。


シアノは性的不能者だぞ、ダネイロ。お前は、性的不能者が好きなのか。
憧れか……この兵舎にはいないタイプのシアノが珍しいだけなのではないのか。
思えばお前は誰ともまだ……ああ、童貞だったな。珍しい。
レネッティと同じか。レネッティはやがて十七才だが、お前は既に二十歳を過ぎた。その顔で、衆道に染まらずに、お前はやはり向こう側か。早めに潰しておくべきだったか。


悪霊は寝そべってつまらなそうな顔をした。ごろんと寝返って足を組む。


いや、これからが使い時だ。お前が自分自身に気づかないうちに
シアノと関係を持たせてやろう。それこそあのイヤミな天使どもの嫌がる道だ。ふふふ……


悪霊ベルエーロは再び腹を地面に寝返りをうち、ダネイロの足に両手を伸ばす。ダネイロは何の影響も感じずに立ち上がった。


楽しみに待っておれ、ダネイロ。お前が服したあの男の化けの皮を剥がさせてやろう。お前たち二人を闇のなかに突き落としてやろう。それは甘美な闇だ。お前はまだそれを知らない。お前たちはそれぞれ奪いあい、いつか、殺し合う……


悪霊ベルエーロは足をばたつかせながら笑った。


わははははは……
あははははは……


ごろごろと転がるうちに身体が宙に浮く。


わはははは
あはははは


宙に浮かんで、立ち去るダネイロを眺めた。悪霊の片腕が夜空に伸びる。


天の父神よ、楽しみにご覧あれ。あなたの造り賜いしアイドの愚かな様を。悲しいさがを。
ふふふ……シアノとダネイロも
あなたに縛られている訳ではない。
アイドとは己がどうあるべきか、自由に選択して表現する生き物。
果たしてあなたの正しさを写し出すことができましょうか。
この私でさえ、あなたから離れた処の自由をこのように楽しんでいるのに。ふわはははは





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

どうしてそこにトリックアートを設置したんですか?

鞠目
ホラー
N県の某ショッピングモールには、エントランスホールやエレベーター付近など、色んなところにトリックアートが設置されている。 先日、そのトリックアートについて設置場所がおかしいものがあると聞いた私は、わかる範囲で調べてみることにした。

処理中です...