聖書サスペンス・領主殺害

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

文字の大きさ
101 / 128
第三章 純愛と天使と悪霊

(99)夜の予定

しおりを挟む

  シアノを取り逃がした悪霊ベルエーロは、日中ヴェルナールとレネッテイを結びつける方法を考えた。ヴェルナールもレネッテイも共に夜の川で水遊びをする。若く熱い身体を冷やして眠る為だが、悪霊はにんまり嗤う。


  ヴェルナールは十四才、レネッテイは十六か七になる。
  これは名案。シアノにはダネイロ。二人とも難しいタイプだが、ヴェルナールにはレネッティ。相性の合わないタイプだが、ノエビアと娼婦を先に使えばヴェルナールは堕ちるかもしれない。
  今のうちからヴェルナールへの当て馬にしておくか。


  目覚めたシアノは夕べの夢に青くなっていた。ヴェルナールの起床は遅い。夜中に川に行くせいで、ブランチの前に起きる。ベッドかベランダでゆっくり食事を摂ってから、執務を始める。シアノは身なりを整えてキッチンへ向かった。

  キッチンではメンデとモーナスが兵士の食事を出し終わった処だ。給仕としてレネッテイが動き回り、モーナスに媚を売る。


「モーナスさん、昨日の話しなんですけど、後でダネイロさんと三人でお話できますか」

「ああ、食事の後にベンチにいるから」

「ふふ、待ってます」


  背伸びをして耳元で言った。モーナスは驚いたがレネッテイはさっと立ち去る。


  気のせいか、妙な子だ。人なつっこくて……


  客人のノエビアと娼婦は、奇妙な夜の話しをしながら、ベッドでもぞもぞと萎びたものを温めていた。二人で身体を合わせてもなかなかその気にはなれない。娼婦は王都に帰りたがって愚痴をこぼす。


「こんな田舎で幽霊を見るなんて、冗談じゃないわ。憑依とりつかれたらどうするの」


  ノエビアの父親は領地を持たない子爵で、年金をもらって宮廷で働いていた。官僚貴族は一代限りだから、息子と言えども爵位を貰うためには一から頑張るしかない。ノエビアには官僚として働く能力や国へ貢献する気持ちが欠けており、考えたのが手込めにできそうな若い領主を探すことだった。

  ヴェルナールは申し分ない存在だ。宮殿を支配する三兄弟の、しかも、王位継承権を持ちながら官僚として宰相の下で働くヘンゼル執務官の息子だ。ノエビアに限らず、国中に溢れかえる貧乏貴族にとっては垂涎ものに違いない。

  ヴェルナールと会えるのは午後のアペリティフからだ。ゆっくりお喋りを楽しんで夕食になり、ヴェルナールは早めに部屋に戻る。

ノエビアは幽霊を恐れた。川に行くのは耐えられない。今日はアペリティフの時間にトライする。


「執事が邪魔だが、何とかできるか」

「任せて。その為に来たのだから」

「それにしても暑いな。もう起きよう」


短い夏は、寒暖の差が激しい。



兵舎の影になったベンチに、モーナスが長い足を投げ出して横たわっている。レネッテイは浮き浮きして近づいた。


どうやって起こしてやろうかな、ふふっ……普通に名前を呼び掛けるのもね……うん。耳にそっと……モーナ


「モーナスさん、レネッテイ」


後ろからダネイロの声がした。飛び上がるほど驚いて振り向くとダネイロが笑っている。


「何を驚く、レネ。ははあ、お前、良からぬことを企んでいたな」


モーナスがダネイロの声に目を開ける。


「お、二人もと飯は済んだか」

「旨かったですよ、モーナスさん」

「美味しかったです、モーナスさん。お代わりもしました」

「それは良かった。で、話しとは」


ベンチに座り直してモーナスが二人を見る。

ダネイロは素早くレネッテイの襟を摘まんだ。モーナスの隣の空席を見ながらレネッテイがたたらを踏む。


「え、え、離してくださいよ、ダネイロさん」

「お前は直ぐ座ろうとする。モーナスさんは休みたいんだ。邪魔するな」


ダネイロは手を離してからモーナスに話しかけた。


「モーナスさん、実は夕べ、やっぱりこいつしか見なかったんですが、いや、今来ている客人らしき二人も見たようなので。聞いてみると、それがどうやら幽霊らしいんです。客人は震えていましたから」

「幽霊……悪い霊者のことか」


モーナスは父親サレの言葉を思い出した。


『幽霊ではない。悪い霊者が死人に化けるのだ。生きている我々に影響を与えて支配する為にだ。生きている人に化けることもある。騙されないようにな、モーナス』


ダネイロも頷く。


「そうでした、悪い霊者です。なんのためにモーナスさんに化けるのか……」


モーナスはベンチから跳ねるように立ち上がった。


「有り難う、二人とも。親父に会ってくる」


モーナスは解決の糸口が見えた気がした。

親父の小屋で会った金髪の背の高い男は悪い霊者だったかもしれない。
影だ。影を見れば良かった。俺は騙されて悩んでいたのか。あの男が俺の父親かと……
ガレのもじゃもじゃの赤毛は親父譲りだ。俺を通してガレに出たのだ。
ああ、神様、感謝します。俺は親父の子だ。


走るモーナスをダネイロとレネッテイが追う。


「モーナスさん、モーナスさん、夜、夜に……」

「何だ、まだ何かあるのか」


立ち止まるモーナスにレネッテイが頬を染める。


「あの、水車小屋に来てもらえませんか。悪い霊者をダネイロさんに確かめてもらうのです」


ダネイロは「俺……」と呟く。


「モーナスさんは僕と小屋の中に一緒にいて、ダネイロさんは外で悪い霊者を待つのです」

「はぁ、なんで俺が外っ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしてそこにトリックアートを設置したんですか?

鞠目
ホラー
N県の某ショッピングモールには、エントランスホールやエレベーター付近など、色んなところにトリックアートが設置されている。 先日、そのトリックアートについて設置場所がおかしいものがあると聞いた私は、わかる範囲で調べてみることにした。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...