聖書サスペンス・領主殺害

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第三章 純愛と天使と悪霊

(98)悪霊の誘惑と敗北

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  悪霊ベルエーロはモーナスに罠を仕掛けた。


  モーナスから全てを奪う。それでも果たしてモーナスは神を賛美するだろうか。


  悪霊ベルエーロは、他にも行くところがあった。シアノにダネイロをぶつける。レネッティはモーナスと水車小屋で会う。レネッティは水浴びをして、裸のままだ。そのように計らう。そんな企みをもって。


  シアノもヴェルナールの為に川縁に、ダネイロは……


  悪霊はシアノの寝室を訪ねた。

  五十絡みの痩せた男がベッドで寝ている。白い寝間着にカーテンの隙間から斜めに入る月明かりのせいか、影になった顔色は沈んで、悲しげだ。


  シアノ……シアノ……


  アントワーヌに化けて呼び掛ける。

  シアノは夢の中でアントワーヌと出会った。


「アントワーヌ様、ご用でございますか」
 

  アントワーヌは草臥れた衣服の姿。裸足でやって来た。足の裏の皮は剥がれて草や小石で切れたのか、脛にも血の滲んだ傷が複数あり、疲れきって痛々しいい。

  シアノはアントワーヌがリトワールの面影を写していることに気づいて、手当てをしながら身の上話を聞いた。

  同情心を喚起された。

  哀れな孤児よ、何も案ぶることはありませんよ。ご領主様の籠っておられるお部屋の、お花係として雇うとしても、お前に親の借金があるなら、その金貸しからお前を買い取らなければならない。
  しかし今は虐待を受けたことを訴えに来たのか。本来駆け込むべきは街の裁判所だが、ご領主様を頼ってきたのには訳があるのだろう。縁かもしれない。


  新しい衣服を用意して、風呂を勧めた。アントワーヌの身体には幾つもの鞭の痕があり、青アザもあった。


  哀れな子供だ。なんとかしてやらなければ……暫く匿ってちゃんと食事を摂らせてゆっくり休ませる。
  ご領主様に直接会わせて、リトワール様によく似た感じの子だから、ご領主様のお気に召せば、ご領主様を死の誘惑から守れる。
  アントワーヌを買い取るのはご領主様次第。買い取ることにならなくても、ご領主様は裁判所の上に立つお方。ちゃんと正してくださる。


  全てシアノの予想通りになった。予想できなかったのは、ダレンとの裏切りだ。

  ダレンをアントワーヌ付けにしたのはシアノだ。ダレンは真面目で大人しいが、仕事は積極的に覚えた。シアノの後継者に為る筈だった。何処でどう間違えたのか、若い二人がくっつくとは。


「裏切ってはならない。アントワーヌ。アントワーヌ様……旦那様を裏切ってはならない」


  シアノはアントワーヌをアントワーヌ様と呼ぶようになった。アントワーヌはジグヴァンゼラの愛妾として不動の地位を得たからだ。


  その頃の夢か。シアノ、お前は面白くなかったのではないか。ぼろぼろだった子供がお前よりも優遇されるのは。


  悪霊ベルエーロはダレンに化けてベッドに入った。悪霊には物質の肉体はないから、ベッドに入ったといってもシアノに異変を感じることはできない。悪霊はシアノの身体に絡み付く。


  執事長……執事長……


  シアノの身体を霊の力でまさぐる。


  うう……やめろ……

  執事長……好きです、執事長……
  ダレンを愛して……


  シアノの目が飛び出るほどに瞠かれた。目玉だけを悪霊ベルエーロの方に動かす。近い。近すぎるのに、シアノの目に悪霊は映らない。誰もいない。

  だが、シアノは胸をまさぐられている。手のようなものが、シアノの乳首を摘まみ捻った。

  シアノは目を剥いて自分の胸を凝視する。姿は見えないが、確かに何者かが身体を触っている。そして、乳首をいたぶり、その手は腹をまさぐって下着の中に侵入した。シアノの萎えたままの一物を撫で上げる。かるく電流のようなものが上下に動く。生まれて初めての妙な感覚に、シアノは凍りついた。


「悪霊、悪霊だなっ。卑怯なっ。姿を現せ」


  微弱な電流に似た感覚が身体を締め付ける。


「姿を……っ」

  執事長……僕です。ダレンです。
  あなたと再び……

「ダレン……」


  シアノは蒼白になった。忌まわしい過去の記憶が甦る。目の前に人の顔が現れて、ダレンの形になった。


「ひいいっ」


  息を引く。心臓が止まりそうになった。シアノはベッドから出ようともがいたが、ダレンの力は強い。


「やめろ、ダレン、やめてくれ」


  微弱な電流は悪戯に身体中を駆け巡る。シアノの声が喘ぎに変わった。


「やめろ……」


  シアノの尻に何者かの塊が当たる。シアノの身体はくるりと回転させられた。


「天の神よ、助けたまえ。あ、ああ……」


  塊はじわわとシアノの尻を霊の力で濡らし、押し広げ侵入する。


「ああ……悪霊を祓いたまえ。……ダレン、お前はダレンではない」


  塊は深く侵入してシアノの身体を突き上げ始めた。


「お前は悪霊だ。悪霊よ、神のお名前に於て、ああ……あ……た、退散せよ……神よ……天と地と聖霊よ……」


  悪霊はふっと離れた。シアノの頭がベッドに沈む。悪霊は、ベッドから遠く離れた片隅に蹲って上目使いにシアノを睨んだ。


  シアノを背にしてアイドの視角ではとらえることのできない光が立った。


  ベルエーロ、お前の敗けだ。シアノには手を出すな。


  悪霊ベルエーロは答えた。


  ふふふ、今夜は退散するが、また都合を見計らって誘ってみるさ。


  光は手のようなものを出してベランダの外を指す。


  シアノは神を選んだ。お前の敗けだ、ベルエーロ。退散するがよい。





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