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第三章 純愛と天使と悪霊
(101)サレと家族団らん
しおりを挟むヴェルナールが執事長に抱えられて部屋に戻るよりもずっと前に、時は遡る。兵士が朝食を終えた時間だ。
サレは、小屋に戻っていた。そろそろいろいろな準備をしなければならないと思い立ったからだ。
モーナスが「親父」と、声を掛けた。声を聞く前から既に足音で誰かが来ることは予想していたが、モーナスは今まで見たことのない笑顔で現れたので、サレは目を瞠いた。
確かにモーナスは明るい笑顔の息子だったが、女房が二人目を宿した頃から何か思い悩む顔つきになって、暗く沈んでいだから、その笑顔はサレを喜ばせた。
「おお、モーナス。どうした、何かあったか」
「親父、俺はわかったんだ。親父もお袋も正しかった」
モーナスは小柄な父親をがしっと抱き締めた。
「親父、俺を生んでくれて有り難う」
モーナスは離れて、きらきらと輝くような金髪にも負けない満面の笑みで、サレの頬っぺたにキスする。サレは嬉しさのあまり信じられないと呟く処だった。
「モーナス、一体どうしたと言うのだ」
「親父、悪い霊者だったんだよ、俺が見たのは。メンデと一緒に見たんだ。背は俺くらいの金髪で……」
「黒いマントか。影はあったか」
「親父、知っていたのか。あれは誰だ。教えてくれ」
サレは玉ねぎの篭を担ぐモーナスと共に小屋に入った。
「ジグヴァンゼラ様がまだお若い頃に、地上世界からやって来た親戚の貴族がいた。私がまだマロリーに片思いをしていた頃だ」
モーナスは玉ねぎの篭をテーブルの脇に置く。家族で玉ねぎの皮を剥いた懐かし記憶が蘇る。サレに勧められてテーブルに着いた。
「お前も名前は知っているだろう。ルネ・ド・ナバール子爵……」
驚いたのはモーナスだ。
「それは討伐祭りの、伝説の怪物……兵士たち四十人がかりでやっつけたという」
その祭りは悪い霊者によって後世に歪められて伝わり、極悪非道な領主を四人の旅人が殺したという伝説にすり変えられたが、サレのように真実を知る者がいる時代はまだ、ルネの名前は生きていた。
「四十人あまりの人間が復讐したのだ。ルネは恐ろしい力を持ち、誰もが敵わなかったんだ。まだお若いジグヴァンゼラ様を助けようと、他の貴族の方々が結束してくださった。執事のリトワール様がそのように計らったのだ。悪い霊者は、そのルネに化けている。しかし、どうしてお前に近づいたのだ」
「マロリーは元気かと言って……俺は、少しおかしくなっていたから、あいつの見た目で俺の父親かと……母さんを疑った。済まない」
眉を潜めたが、払拭された悩みは険を取り払って顔つきは爽やかだ。ふっと笑う。
「親父、今夜、うちのみんなで食事に行っても良いか。久しぶりに母さんのマーマレードも食いたい。料理は俺がするよ。良いかい」
モーナスは背が高くて気は優しいが、元々兄のメンデを見倣って育った賢い子だ。何をすれば良いのかわかっている。
「それなら母さんも喜ぶ。エレネイラに会いたがってしょっちゅうアデルの処に行くのだからな」
「ははは、母さんは元気だから」
マロリーは子供の頃から館に奉公して塔の階段を一日に何度も登リ降りしていたから、悪霊に唆されたジグヴァンゼラが屋上に登った時には、サレを追い越してジグヴァンゼラを助けるのに一役買った。
「ははは、親父もいつまでも元気でいてくれよな」
その夜、約束通りにやって来たモーナスと家族はサレとマロリーを喜ばせた。楽しい時間をすごし、モーナスは頃合いを見て、家族の前で悪い霊者の話をした。
「その男は俺と同じくらいの背丈で同じような金髪なんだ」
「あっ」
ガレが叫んだ。
「どうした、ガレ。何か知っているのか」
「その人、アール様だよ。ご領主様のご親戚でネイトと仲良しなんだ」
「何、ネイトと」
「優しい人だと言ってたよ」
マリーが首を振る。
「そんな来客はいないけど……」
モーナスは話を続けた。水車小屋の件を話しておかなければならない。
「兵士が水車小屋付近で見たんだ、その悪霊を。それで俺だと勘違いしたらしい。今夜、水車小屋で兵士たちと約束してる。出るかどうかわからないが、俺ではないことを兵士に証明したいんだ。今夜は留守にするけど、アデル、良いかい」
アデルは急いで頷く。何度も頷いた。ここら辺に暴漢は出ない。ザカリー領の兵士は国境警備の他にも忙しく、文字の読み書きも学び、法律書を読み、文学にも親しむ。領内から暴漢が出るはずはないから、安心してと言いたかったが、言葉が間に合わない。
マロリーが「今夜は泊まれば良いじゃない。モーナスとメンデが使っていたベッドに藁を足してシーツを敷くから」と言って、それで決まった。
みんなが休む準備をしてから、モーナスは全員にキスをして、星空の下を水車小屋に急ぐ。
ダネイロとレネッティ、ヴェルナールとシアノ、ノエビアと娼婦、それぞれの思惑が絡む夜。
悪霊ベルエーロは「モーナス、素敵な家族だ。お前から何もかも奪ってやる」と嗤う。
しかも、サレは孫のネイトをどのように扱うだろうか。ふははは、はははは。
モーナスとネイト、そして本命はサレ、お前自身だ。
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