聖書サスペンス・領主殺害

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第三章 純愛と天使と悪霊

(100)目覚めの朝は

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  水車小屋にも朝はきた。小鳥の囀りがけたたましい。ガッタンゴットンと規則的な水車の音が夢の中に届いて、レネッティは目を覚ました。小屋の冷気の中に悪霊が佇んでいる。

モーナスの温かな胸は居心地が良いか
レネッティ……
今がチャンスだぞ
私が力を貸してやろう

  気温の下がる夜の、すきま風を感じる水車小屋で暖めあっただけなのだが、レネッティはすっかり熱を上げた。

モーナスさんは寝ている
目の前に頬っぺたがある
唇も……

そうだ、レネッティ
目の前にいるモーナスは
今はお前のものだ
チャンスだぞ
レネッティ

レネッティはモーナスの頚に腕をそっと差し込んで頬を挟む。モーナスの頭が斜めになった。レネッティはモーナスの唇に唇で触れた。

モーナスさんは起きない……

レネッティ……
お前の為に起こさないでおこう
しかし、時間は限られているぞ

  唇の上下を食んで軽く舌を差し込む。レネッティの耳に自分の心臓の音が高くなって、それ以上は続けられない。下半身にも影響が出て痛い。

ああ、僕はこんなにモーナスさんを……

  モーナスの口が開いてレネッティの下唇を噛んだ。

あうっ……

  レネッティは急いで離れる。二人でくるまっていたシーツでモーナスを包み、シャツに腕を通す。横目でモーナスを見ながら着替えを終えた。

「うん……」

「あ、モーナスさん、おはようございます」

  何故、離れるのだ、レネッティ……

「おお、朝か。旨い飯の夢を見ていたのに……あれ……ダネイロはどうした」

「来たんですかね……僕も寝てしまったので」

「何かあったのだろうか」

  モーナスはダネイロの身を案じたが、レネッティは『旨い飯』に反応した。

それ、僕ですよ、モーナスさん……
ふふっ……旨い飯かあ……
だから唇を噛まれたんだ
厭な夢じゃなくて良かった

レネッティ
そのまま続ければ良かったのだ
まあ良い、今回はこれで上出来だ
しかしお前は罪を犯したのだよ
レネッティ
モーナスの唇に罪を犯した
さてこの次は……

「レネ、近くを見回って帰ろう」

「はい、モーナスさん」

「レネ」と親しげに呼ばれたのは初めてだ。レネッティは自分でもわかるほど紅潮した。

レネって呼んでくれた……
嬉しい
しかも、一緒に散歩するって……
いやいや
ダネイロさんに何かあったのではないかと
見回るんだけど
ああ、優しいモーナスさん
いつまでも一緒にいたい

  悪霊も喜ぶ。

ふわははは……レネッティ、可愛い奴だ
その調子でモーナスの生活圏に入り込め
お前はダネイロと違って素直だから
いつかはモーナスだって……

  悪霊は館に舞い戻り、アントワーヌの姿を借りた。

 ダネイロの朝はいつもとは違った。洗面器とポットを持ってきた小間使いから熱いタオルをもらい、ベッドに入ったまま顔を拭く。口もすすいだ。

  ベッドルームに朝食が運ばれた。これまでは兵舎の食堂の長いテーブルでわいわいと賑やかに振る舞われる大盛の食事だった。それが今朝は、品数多く色とりどりの装飾でお洒落した料理が、銀色の脚付幅広トレーに澄まし顔で鎮座して、ブランケットの上に置かれたのだ。

  小間使いの若い娘が、柔らかな物腰の丁寧な言葉使いで話しかける。

「お着替えはこちらでございます。お食事の後にお風呂にお入りになってください」

「お風呂……」

  ダネイロは兵舎の風呂場を思い浮かべた。じゃがいも洗い場のようにごろごろと屈強そうな体躯の男たちがお湯を掛け合う。じゃれ合う者もいる。色目で見られる。触られる。ふざけ合う。いつか殺そうかとも思う。男同士で見比べ合ってマウンティングする。

  しかし、小間使いは部屋の中のドアを示す。アントワーヌ顔の悪霊がドアの横に佇んでいる。

「あちらでございます」

「わ、わかった」

「では、ご準備がお済みになりましたら、一階のシアノ様のご指示に従ってください」

  ダネイロは唖然としながらも生活が一変したことに改めて驚いた。

「夢を見ているのだろうか……」

  はっと気づいて急いで朝食を掻き込む。

「旨い。本当に旨い。ザカリー領の兵士飯は旨いと言われて兵士になったが、これは実に旨い。ベッドでお館飯が食えるなんて最高だ」

  そこで、モーナスとレネッティに言い訳をしなければならないことに暗くなった。悪霊はダネイロに近づいた。広いベッドに上がって耳に囁く。

仕方なかったのさ、ダネイロ
お前のせいじゃない
お前は若い領主の命を助けた勇者だ
悪霊を突き止めようなどと
愚かしい真似はやめることだ
旨いだろう、お館の飯は……
人間は飯を食うためにも罪を犯す
お前だって……

  ダネイロは舌鼓を打ちながら完食した。あまりの旨さに脳ミソが喜ぶ。気持ちも腹も満足した。ベッドから抜け出して風呂場に入る。ドアを開けて驚いた。大理石の風呂場はいつのまに沸かしたのか湯気で曇っている。

「俺ひとりの為に……別世界だ」

  生まれて初めての大理石のバスタブ。ひとりで浸かるたっぷりのお湯。ダネイロの顔が喜びに輝く。

飯も旨かったんだろう
ふかふかの広いベッドに
風呂場のあるひとり部屋
何もかもお前の力では
手に入らないものだ
ダネイロ、よく考えろ
これの全てがお前の手に入る方法は
ヴェルナールに掛かっているのだ
ヴェルナールを守るだと……
お前は今夜から
ヴェルナールと水浴する
いくら不粋なお前でも
どうすれば良いのかわかるだろう
期待しているぞ
ダネイロ……








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