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第三章 純愛と天使と悪霊
(102)焼けつくような孤独
しおりを挟む執事長シアノの身体に絡み付いて快感を与えても、シアノはやはり「神よ、助けたまえ。助けたまえ」と祈り続けた。
シアノ、それがお前の答えか……
不可視の光が立ち上がり、それを見た悪霊の顔つきが変わる。
ベルエーロ、再び退けられたか
お前も懲りない奴だ
シアノは以前にも
答えを提出したではないか
ベルエーロと呼ばれた悪霊は、ふん、と嗤う。
クソ清いお天使様よ
お前さんも知っていると思うが
寝ぼけた者の答えは採用されない
睡眠中の言動は裁かれない
光は静かに質問した
では何故、夢を見せるのだ
そなたたちは夢を使ってまで
人間を調教して
歪んだ答えを得たがっているではないか
肉体は寝ぼける
それは仕方がない
その昔、神は人間に教えを与えた
生き方まで寝惚けているかのような
霊的な低さを顕してはいけない
神の事柄に目覚めよ
善悪の点で朦朧としてはならないと
それはそなたたち堕ちた者の影響を
危惧してのものだけではない
人間が神の事柄に疎くなって
信仰心が眠ってしえば
全世界的な滅びの際に
そなたたちと共に
滅ぼされることになるからだ
ベルエーロ
夢で人間を撹乱しても無駄だ
そなたも言ったではないか
睡眠中の言動は裁かれないと
人間を従わせるよりも
そなた自身が従ったらどうだ
ベルエーロ、私は伝えたぞ
もう二度とは言わない
完全な生き物であるそなたは
一度聞けばわかるだろう
そなたたちも神に従うべきだ
光は霧散していく。
悪霊ベルエーロは身を縮めた。
身体が消え入りそうになる。
私は自由だっ
神から離れた自由の身の上だっ
仲間もいる
地上には大勢の仲間もいるのだ
天から墜とされたあの日から
地上は我々のものだ
醜い人間どもを道連れに
天の裁きが下るまでに
より多くの道連れを……
ああ、我々が堕ちた理由はそこにある
「父神への謀反」
我々は父神の支配権を認めずに
人間への支配欲を満たしたいのだ
そして来たるべく滅びという奴に
多くの人間を捧げる
父神を嘲笑う為に
父神の造りたまいし人間を
より多くの人間を
父神ご自身の手で滅ぼさせるのだ
予定されたその日までに
より多くの人間を私たちの側に……
そして悪魔崇拝を実行させる
サタンよ、地上の神よ
我々の滅びを回避できないものか
その日は確実に近づいている
ああ……何なのだ
この焼けつくような枯渇感は……
私は決して物欲があるのではない
人間のように食物も摂らない
それなのに……渇く……
渇きを覚える
何なのだ
この焼けつくような焦燥感は……
私の命は永遠に似て永い
人間のような弱みもない
それなのに、何だ
何に焦がれる……
ああ……
この地獄のような孤独は……
光の声が聞こえる。
父神から離れたからだ
そなたは父神に憧れ
父神のような者になりたがった
人間に影響を与えて操るのが証拠だ
そなたたちは地上の偽りの神として
君臨することができても
決して父神にはなれない
ただ風のようにさ迷う影として
消えてく行くだけだ
不完全な人間よりも愚かだ
ベルエーロは小さく縮んで黒い塊になった。
私は人間が憎くて好きだ
絡まずにはいられない
父神よりも人間が近いのだ
父神に従うよりも
人間を手玉に取ることを望む
どうせいつか滅ぼされるのなら
大勢の人間を引き連れて
父神のみ前で全てを嘲笑いながら
滅ぶのだ
その時はこの孤独感とやらも
消え失せるだろうから
それまでのつきあいさ
ふわははは
あははははははは
あはははは
モーナスとレネッティは日常に戻った。モーナスの昼休みに、レネッティはいつものベンチに行った。モーナスが片足を投げ出して寝ている。
「モ、モーナスさん……」
口づけしようと近づいたとき、不粋な声がした。
「よお、レネッティ。寝込みを襲う気か」
レネッティは飛び上がった。
「ダ、ダネイロさん。こっそり近づくなんて人が悪いなぁ。あれ」
頭を掻いて苦笑いしたレネッティの目が、ダネイロの衣服を上から下までじろじろと眺め回す。
「どうしたんですか、とっても素敵な服。貴族みたいですよ」
ダネイロはいつものように腕捲りをしてはいるものの艶やかなシルクのドレスシャツを着て、裾を絞った形は同じでもシルクのキュロットには膝の脇にリボンが付いている。とてもお洒落だ。
「好みじゃないけどな。実はな、夕べ……」
ざっくりと事情を話して、悪霊を確認することはできなかったと謝った。レネッティは笑顔を隠せない。
「そ、それなら、こ、今夜は……僕、早番だから」
「悪いな。俺がこれからずっと夜勤専門なんだ。ただ、ピグル川に行くときは気をつけておく」
レネッティは顔の筋肉が強張っていくのを感じた。
「じゃあ、もうモーナスさんのドッペルゲンガーの確認はできないの」
「まあ、本人が否定しているんだから」
ダネイロはレネッティの肩を叩いて、兵舎に向かった。支給された物と私物を取りに行く。モーナスが目覚めてレネッティはモーナスの腕に絡んで隣に座った。
「レネ、震えているのか。どうした」
「うう……」
レネッティの唇には、モーナスに噛まれた感覚が残っていたが、それすらも深い沼地に招くもののように胸を締め付ける。
「人間は孤独な生き物なんですね。何でみんな強いのだろう」
「レネ。俺は弟ができたようで嬉しい。そんなに寂しがるなよ、な」
モーナスは腕に凭れる頭をくしゃくしゃに撫でた。レネッティは「弟……」と呟いて涙を浮かべた。
悪霊がレネッティの隣に座る。
お前にもチャンスはあったのに
何故、人間はこうも苛々させるのか
お前は短命で儚い生き物なのだから
もっと好きなように生きてみろ
お前の孤独は可愛いものだぞ
ふふふ、そんなに寂しがるなら
ちからを貸すぞ、レネッティ
悪霊は、人間に刹那的な生き方を選択させれば、神に近づき難く感じるようになることを知っている。
ヒリヒリと焼けつくような
孤独の代償として
レネッティを惑わせてみるか
男の純愛はつまらない
レネッティ、このベルエーロ様を
お前の神にするか
そうすれば願いを叶えてやるぞ
ああ、肉体はないのにどこかが渇く
苛つく
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