聖書サスペンス・領主殺害

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第三章 純愛と天使と悪霊

(106)黒魔術事件

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  たまに、育ての親のカリギュラがこの国の王だったとしたらどのように国を導いたかと考える。数年前の黒魔術事件の記憶が蘇った。

「何をするにも国力が第一だ。その国力を立てずしてなにが貴族だ。貴族年金で豪勢な生活をする経済活動家なんて国の寄生虫ではないか」

  若きアントローサ公爵ジグマスタが貴族院評議会で不平を漏らすのも仕方ない。

「国力とは国民ひとりひとりの生活力だ。武力のことではない。全ての国民が健康で豊かに暮らす。宗教の統一は平和と経済の安定に寄与する。それなのにそれなのに、町には怪しげな宗教組織が立ち上がって黒魔術を行い、武力をもって貧民狩りをしていると言うではないか」

  ジグマスタの父親譲りの真っ直ぐな目付きが、貴族院評議会右局席を見渡す。

  黒魔術の組織は呪詛の組織という触れ込みで貴族の中にも足繁く通っている者がおり、王都に怪しげなグループが膨らみつつある。

  ジグマスタは左局席のメンドゥーラ侯爵を名指しして、何故そのようなものに関わっているのかと質疑した。

「私にはそのような記憶はごさいません」

  三日月のような顔のメンドゥーラ侯爵はしらばっくれて両隣のメンバーに苦笑いをして見せる。ジグマスタは澄まして続けた。

「記憶がないと。はて、おかしな話だ。あなたの推進する機械化運動では、多くの貧民が出ましたね。国力については仕事ひとつを鑑みても、ひとつの生産の流れに、より多くの人員が関わることが望ましい。そして差別を生む収入の偏りが無いこと。だがしかし、機械化が進むことと貧民が増えることは比例している。機械化に限度を儲けるか、機械化産業に多額の税金を課すのでなければ労働者が必要なくなり飢え死にする者が増えるだけだ。メンドゥーラ侯爵。あなたはそれを隠し、企業と癒着し、より機械化を推し進める為に黒魔術を利用したのではないのですか」

「黒魔術などと、全く記憶にごさいません」

  メンドゥーラ侯爵は、先程よりも大きな声で机を叩いて断言した。

「そうですか。まあ、そう言い張っても無駄ですけどね、メンドゥーラ侯爵。あなたの犯した間違いはご自分で動いたことではありませんよ。あなたの犯した間違いは、黒魔術を使ってヘンゼル・ザカリー公爵のお命を狙ったことです」

  驚きの声が上がる。ざわざわと私語が起きた。

「「「王位継承権に関わっているのでは」」」

  昔から王位継承権は問題にされていた。三人の息子は競り合う訳でもないのに立太子がなかなか決まらない。ジグマスタは会場を見渡して私語の途絶えるのを待った。

「みなさん、メンドゥーラ侯爵が黒魔術を知らないと仰っても、証拠があるのです。これは血判書ですが、よおおく、ご覧になってください。メンドゥーラ侯爵がヘンゼル・ザカリー公爵を狙った呪いの人形に捧げる血判書です。これについてメンプラオ・ボリオ伯爵からの証言があります」

  メンプラオ・ボリオ伯爵は年を取っても相変わらずの小太りの体型で、しかもナイフのように切れる脳ミソと言われる優れた頭脳も健在だ。

「私までお忘れになったのではありませんよね、メンドゥーラ侯爵殿。私は、あなたを通して黒魔術に参加致しました。そして、あなたがご自分の小指を切って血判書を作成する現場におりましたよね。ご記憶にない……ははは、宜しいでしょう。お身体には小指の傷だけでなく、太ももに刺青があるはずです」

  ボリオ伯爵は「みなさん、お目汚し失礼致します」と、自らズボンを脱いで太ももの刺青を見せた。

『ヘンゼル・ザカリー公爵の命を我が手に守らせたまへ』

  ヘンゼルは瞠目した。ボリオ伯爵はズボンを穿き直してメンドゥーラ侯爵に向かう。

「メンドゥーラ侯爵。これと似たような刺青を、同日同時刻に同じ場所で、並んで入れましたよね。私のは、後から『守る』と直したモノですが、あなたのはそのままのはずです」

  ヘシャス・ジャンヌ女王の指が動いた。近衛兵がメンドゥーラ侯爵を評議会の右局席から引きずり出す。

「何をするのだ。手を離せ。やめろっ」

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