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第1章 狂人の恋
(2)アルビノと探偵とショーファー
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時は1927年の5月。9年前に第一次世界大戦が終結し、レ・ザネ・フォールを向かえてフランスは賑わっていた。
そのフランス贔屓のとある異世界の、とある小国家の辺鄙な地方にもフランス製の電気が普及し始めた。
これは、暗闇から魔物が消えてゆきつつあった時代の、切り出し石と煉瓦で造られた一地方都市の一角の、ある探偵事務所から始まるお話。
「だぁからぁ、たかだか7歳の子供が犯人だと言うのぉ。なあぁんて単純な思考回路なんだろカナンデラ・ザカリーってば。だーって行動力は映画の主人公並みにばっつぐーんで見かけはすっこぶるナイスガイなのにちょーっぴり残念じゃない。あぁ、クラクラ眩暈がする……ほんっとに惜しい奴だよね、こんなにカッコいいのにまーったくの見かけ倒しだなんてさ。カナンデラァ、神様の溜め息が聞こえるよ。ね、ラルポア」
ラナンタータは天使の容貌でいつもの様に毒舌を吐き、半強制的に同意を求められたラルポアは人差し指を綺麗な唇に当てて微笑む。
それを見てふふと笑い、ラナンタータは窓辺の綾織のカーテンを片手で掴むと、ネオンの反射に光る目を二三度ゆっくり瞬く。歓楽街の灯飾は華やかに、ラナンタータの銀色の髪や頬を照らす。
「あー、単細胞探偵って、私がいなけりゃあやってけないんじゃないの、カナンデラ」
完膚無きまでの皙と云われる、アルビノ。髪の毛も睫毛もプラチナアイスのラナンタータは、世が世なればアントローサ大公領の公女として、軍事強国サザンダーレアの皇后とも聖女ともなれた高貴と云われる生まれだ。
お気に入りの黒紫マントに身を包む天使の容貌を持つこの毒舌家は、暇に飽かせて探偵ごっこに勤しんでいる。
「お前なぁ、その毒舌さえなければ天使と見間違う外見なんだから、お前の方がよっぽど惜しいよ。なぁ、ラルポア。な。な。お前もそう思うだろう。俺様、こーんな見かけ倒しの外見天使にしかも警視総監の娘なのに内面極悪超悪魔でしかも年下ってヤツに酷使われてさあ、一応この事務所の所長なのに哀れだよなぁ」
毒舌の標的にされたカナンデラ・ザカリーは笑みと共に愚痴を漏らす。鋼鉄のサンドバッグ的なメンタルの持ち主だ。
織り地の細やかな模様に若干艶のあるスーツ、ネクタイを緩め、黒髪に中折れハットを斜めに被る。端正な容貌だからモノクロ時代映画の登場人物のように決まる。
カナンデラが警察を辞めて25歳で事務所を開いたのが2年前。ひとり掛けソファーに座り、長い脚を組んだ洒落た探偵は、窓辺に佇む八つ年下の従妹を上目遣いに見た。
ラナンタータは窓をくるりと背にした。
「カナンデラ、自己憐憫なんてカナンデラには最も似合わない高級アクセサリーじゃない」
「ならばどう読む、この事件。サディは自らがやったと既に自供している。厄介なことに証拠もあるんだぞ」
「そのショーコってさぁ、もしも誰よりも先に犯行現場にいたならぁ、誰だって手にすることができたものだよね。私でも、カナンでもさ。手にするどころか捏造れたよね。ネツゾウ。8歳の子供にできるかどうかは別として」
カナンデラ・ザカリーは、この若干19歳のアルビノの毒舌従妹がいたく気に入っている。
「なるほど。だから子供の自供に信憑性はないと」
カナンデラは足を組み直し、腕組みした片手の指で顎を準る。
「だってさ、カナン。妙だと思わないの、愛の形だって。それがたった8歳の子供の申し立てだなんてさ、クソ生意気に大人びちゃって。私だってそのような愛の形など、まだ……こほん。えーっと」
ラナンタータがマントのフードを被る。
「おいおい、悪魔ちゃんに愛の形がわからないからと言って、いたいけな子供を詰るなよ、ラナンタータ。あの子は知ってる言葉を一生懸命喋ったんだからな、偉いじゃないか」
「カナンデラ、おませな子供の戯れ言に振り回される単細胞な探偵って、笑える。ほら、ラルポアだって笑いたいのを堪えてる、ね」
言いたい放題はラナンタータの生まれ育ちに起因する。
横からラルポアが柔らかく口を挟む。
「ラナンタータ、それは言い過ぎだよ。僕は堪えてなんかいないし、君は折角天使みたいに可愛いのに。ラナンタータ、愛には四つの形が」
金に淡い栗色の混じった甘めな色合いの長い髪がふわりと顔に掛かる美形男子の容貌は、女性のため息を誘う。
「はいはい、はいはい。聖書の話は後で聞く」
「ほんとかな」
家族同然に育ったせいか、金色にも見える明るい茶色の目でラナンタータを睨む。常に行動を共にする4つ年上の兄貴のようなショーファー兼ボディ・ガードだ。
ショーファーとはこの時代に流行りのお抱え運転手のことで、1920年代後半は、職業運転手を雇うのが上級市民のステイタスだった。
窘められたラナンタータが笑う。と、言っても陶器の人形みたいな顔の片頬が痙攣しただけだが。
「行ってみようよ、カナン」
ラナンタータの爪先がドアに向く。
「何処に行くって」
そのフランス贔屓のとある異世界の、とある小国家の辺鄙な地方にもフランス製の電気が普及し始めた。
これは、暗闇から魔物が消えてゆきつつあった時代の、切り出し石と煉瓦で造られた一地方都市の一角の、ある探偵事務所から始まるお話。
「だぁからぁ、たかだか7歳の子供が犯人だと言うのぉ。なあぁんて単純な思考回路なんだろカナンデラ・ザカリーってば。だーって行動力は映画の主人公並みにばっつぐーんで見かけはすっこぶるナイスガイなのにちょーっぴり残念じゃない。あぁ、クラクラ眩暈がする……ほんっとに惜しい奴だよね、こんなにカッコいいのにまーったくの見かけ倒しだなんてさ。カナンデラァ、神様の溜め息が聞こえるよ。ね、ラルポア」
ラナンタータは天使の容貌でいつもの様に毒舌を吐き、半強制的に同意を求められたラルポアは人差し指を綺麗な唇に当てて微笑む。
それを見てふふと笑い、ラナンタータは窓辺の綾織のカーテンを片手で掴むと、ネオンの反射に光る目を二三度ゆっくり瞬く。歓楽街の灯飾は華やかに、ラナンタータの銀色の髪や頬を照らす。
「あー、単細胞探偵って、私がいなけりゃあやってけないんじゃないの、カナンデラ」
完膚無きまでの皙と云われる、アルビノ。髪の毛も睫毛もプラチナアイスのラナンタータは、世が世なればアントローサ大公領の公女として、軍事強国サザンダーレアの皇后とも聖女ともなれた高貴と云われる生まれだ。
お気に入りの黒紫マントに身を包む天使の容貌を持つこの毒舌家は、暇に飽かせて探偵ごっこに勤しんでいる。
「お前なぁ、その毒舌さえなければ天使と見間違う外見なんだから、お前の方がよっぽど惜しいよ。なぁ、ラルポア。な。な。お前もそう思うだろう。俺様、こーんな見かけ倒しの外見天使にしかも警視総監の娘なのに内面極悪超悪魔でしかも年下ってヤツに酷使われてさあ、一応この事務所の所長なのに哀れだよなぁ」
毒舌の標的にされたカナンデラ・ザカリーは笑みと共に愚痴を漏らす。鋼鉄のサンドバッグ的なメンタルの持ち主だ。
織り地の細やかな模様に若干艶のあるスーツ、ネクタイを緩め、黒髪に中折れハットを斜めに被る。端正な容貌だからモノクロ時代映画の登場人物のように決まる。
カナンデラが警察を辞めて25歳で事務所を開いたのが2年前。ひとり掛けソファーに座り、長い脚を組んだ洒落た探偵は、窓辺に佇む八つ年下の従妹を上目遣いに見た。
ラナンタータは窓をくるりと背にした。
「カナンデラ、自己憐憫なんてカナンデラには最も似合わない高級アクセサリーじゃない」
「ならばどう読む、この事件。サディは自らがやったと既に自供している。厄介なことに証拠もあるんだぞ」
「そのショーコってさぁ、もしも誰よりも先に犯行現場にいたならぁ、誰だって手にすることができたものだよね。私でも、カナンでもさ。手にするどころか捏造れたよね。ネツゾウ。8歳の子供にできるかどうかは別として」
カナンデラ・ザカリーは、この若干19歳のアルビノの毒舌従妹がいたく気に入っている。
「なるほど。だから子供の自供に信憑性はないと」
カナンデラは足を組み直し、腕組みした片手の指で顎を準る。
「だってさ、カナン。妙だと思わないの、愛の形だって。それがたった8歳の子供の申し立てだなんてさ、クソ生意気に大人びちゃって。私だってそのような愛の形など、まだ……こほん。えーっと」
ラナンタータがマントのフードを被る。
「おいおい、悪魔ちゃんに愛の形がわからないからと言って、いたいけな子供を詰るなよ、ラナンタータ。あの子は知ってる言葉を一生懸命喋ったんだからな、偉いじゃないか」
「カナンデラ、おませな子供の戯れ言に振り回される単細胞な探偵って、笑える。ほら、ラルポアだって笑いたいのを堪えてる、ね」
言いたい放題はラナンタータの生まれ育ちに起因する。
横からラルポアが柔らかく口を挟む。
「ラナンタータ、それは言い過ぎだよ。僕は堪えてなんかいないし、君は折角天使みたいに可愛いのに。ラナンタータ、愛には四つの形が」
金に淡い栗色の混じった甘めな色合いの長い髪がふわりと顔に掛かる美形男子の容貌は、女性のため息を誘う。
「はいはい、はいはい。聖書の話は後で聞く」
「ほんとかな」
家族同然に育ったせいか、金色にも見える明るい茶色の目でラナンタータを睨む。常に行動を共にする4つ年上の兄貴のようなショーファー兼ボディ・ガードだ。
ショーファーとはこの時代に流行りのお抱え運転手のことで、1920年代後半は、職業運転手を雇うのが上級市民のステイタスだった。
窘められたラナンタータが笑う。と、言っても陶器の人形みたいな顔の片頬が痙攣しただけだが。
「行ってみようよ、カナン」
ラナンタータの爪先がドアに向く。
「何処に行くって」
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