毒舌アルビノ・ラナンタータの事件簿

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第1章 狂人の恋

(4)黒い病院に天使

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  幾つかの民家や公舎が不規則に点在する田園地帯の、古びた教会にも見える病院。入院患者数がベッド数を上回る為に、廊下に敷かれたマットレスに寝かされたおびただしい患者。各々に神よ主よと呻く苦悶の声はまるでヨハネ受難曲だ。


 厚みのあるインナースプリング・マットレスならそれだけでもまだましだ。鳥の羽根や綿を詰めた古びた煎餅マットレスや、藁を袋詰めにしただけの敷物に寝かせられた患者もいる。それでもまだましだ。そういう患者が廊下の片側にずらりと並ぶ。 ボロい毛布と珈琲豆の匂いのする麻袋を重ねた敷物に寝ている青黒い面々。


  5月と言えども夜は十度以下に下がることもある地域だ。病院の毛布だけでは足りない。家族が何枚も掛けてくれる患者は恵まれている。


  枕元の、紙を張り付けた木切れのネーム・プレートを読みながら進む。


「これじゃあ探すのに手間がかかるな。どれ、フローレンス・ナイチンゲールに聞いてみるか」


  看護の母ナイチンゲールは第一次世界大戦を見ずして九十才で亡くなっている。生きていれば軽く百歳余る。


「異世界かぶれが始まった。でもさ、折角のアペロを不意にしてやって来たのだから、目撃者に死なれたら何にもならないもん。ね、ラルポア」


  アペロとは食前酒のアペリティフからきている。フランスでは遅い夕食の前に食前酒を楽しみながらジェ・ファイ・デュ・スケートブルスケッタ等のおやつを食する習慣があり、フランス国境近くの森と繋がっているこのアントローサ州でも、昔から半数の人がフランス語を喋りフランスの習慣を取り入れてきた。


「まぁそうだが……ラナンタータ、ここだ、この部屋だ」


  ラルポアが声をかける。


  大部屋の開け放たれたドアの近くに名前がずらりと張り出されていた。急いで中に入る。


  大部屋の窓には木綿のかなり黄ばんだ草臥れたカーテンがかかっていた。長年使い込むと北国の弱い太陽光でもかなり黄変するものだ。


  ベッド数はざっと見て数十台ずらりと並ぶ。シーツの色がカーテンと似ているのはたんぱく質の汚れによる。


  カナンデラは大股に奥へ入り、患者の呻き声を縫ってベッドのネームプレートを覗く。


  違う、この人も違う……


  ラルポアと共にドアの近くのベッドから奥へと確認作業を行い、意識のある患者に、天使が迎えに来たと勘違いされた。


「ラナンタータ、この方だ。ぁ……息をしていない」


  ラルポアの声にカナンデラが動く。


「何、死んだか。医者を呼んでくる。ここで待て」


  ドアから飛び出したカナンデラは、廊下を歩いていた白衣のナースを掴まえて引っ張ってきた。


「申し訳ない。しかし、教えてもらいたいんだ。この方、どんな様子でしたか」


  部屋の中に強引に引き入れて訊く。


「あら、付き添いの方はどちらに……この方は意識を失うまで誰かを呼んでいましたよ……ご家族のお名前でしょうか」

「その他には……」

「いえ、私はこの部屋の担当ではないので……」

「有り難う、ナイチンゲール」


  礼を言ってナースを見送ると、隣のベッドの呻き声が激しくなった。


「お前さんたち、ううぅ……その人の知り合いか……あぁ……その人はさっき死んで、家族が葬儀社に連絡に行った……その人は……あぁ、イサドラ、サディ、やめろ、サディ危険だ、サディ、やめてくれ、俺は何も知らない、サディ……」

「そう言っていたのですね。サディ、やめてくれって……」


  ラナンタータがフードを外してベッドの傍らから屈み込んで尋ねた。アルビノ特有の髪の毛が垂れる。


「ううう、……あぁ、天使が見える……迎えに来たのか……」

「ち、違います……いえ、天使です。そうです、私は天使です。知っていることを全部聞かせてください」





    天使のような私
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