毒舌アルビノ・ラナンタータの事件簿

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

文字の大きさ
5 / 165
第1章 狂人の恋

(5)華燭の館 ガラシュリッヒ・シュロス

しおりを挟む



  夜間の病院に犇めく呻き声は、まさしく黒い病院の名に相応しく背筋を逆撫でする。此の中の何人が生還出来るのか、不安は暗雲の様だ。


「ラナンタータ、お前の読みは当たった。何てことだ」

「出よう。早く」


  何処に行くのか聞かずともわかる。カナンデラとラナンタータはラルポアの運転で再び町へ向かう。あの繁華街の、花屋の三階で行われた殺し。其の現場に行くのだ。七歳の子供が人を殺めたという犯行現場へ。


  かのシャーロック・ホームズも現場検証には虫眼鏡を携帯して細かく調べたではないか。ラナンタータは、シテ島オルフェーブル河岸に行った際に一度擦れ違っただけの、名探偵ホームズの横顔を思い出す。


  まだ自分が女なのか男なのかわからなかった幼いラナンタータに、行くべき道を指し示すような気難しげな青白い横顔だった。挨拶だけでもしておけば良かったと後悔している。彼なら、アルビノの自分を見ても驚かなかったのではないかと。


「あの現場は守られている。階段が壊れたのだ。誰も入り込みはしない。表に見張りの警官もいる」

「他に住民がいるだろう。どうやって出入りしているんだ」


  青暗い夜空に星が少ないのは薄曇りのせいだ。車窓から黒々と広がる田園はいくら走っても風景が変わらず苛つかせる。


「花屋の三階は花屋の屋根裏部屋と外階段のあるあの部屋だけだ。屋根裏部屋とは往き来できないようになっている。間借りさせるために作ったものだからな」

「調べよう。其れを調べるんだ」


  逸る心に立ち塞がるような重い時間の中を、名車アルフォンソ十三世は走り続けた。


「もっと急いで」

「これ以上はスピードをあげられないよ。危険だ」

「おい、美形男子。俺たちは証拠を消される前に到着しなければならない。急げ。このアルフォンソはレースで優勝したこともあるんだろ。恐れるな」 


  カナンデラは競争馬に鞭を入れるようにラルポアを叱咤する。様々な思いが走馬灯のように巡るラナンタータの脳裏に、救いを求める幼子の姿が浮かび、患者の声が蝸牛に甦る。


『あぁ……サディ……やめろ』


  町に近づいた。灯りの灯る道に入る。繁華街に差しかかった。


「俺はここで降りる。美形男子、お前はラナンタータのボディ・ガードだ。一緒に花屋の三階に登れ」

「ぇ……どうやって……階段壊れてるのに……」


  後部差席からラナンタータが答える。


「時間がない。早く行こう、ラルポア」

「わ、わかった」


  バックミラーに映るカナンデラの姿は、繁華街のワンブロックを締める一際眩しい華燭の館ガラシュリッヒ・シュロスへと踏み込んで消えた。


「怪しい薬の関係か……」

「それもあるのかな。ラルポア、念のために訊くけど、薬とかやってないよね」

「何を言うんだラナンタータ。まさか僕を疑うのか」

「だって、今はだぁれも信じられない。特にマッチョでもないのに強くてモテモテの奴は本当に信じられなぁい。何でにっこり笑うだけで女の子が悲鳴をあげるのかな。ね、不思議だよね」

「僕は信じるけどな。自分のことも君のことも神様も……到着だよ」


  カナンデラのことは信じないのかとうっかり口に出しきたラナンタータだった。


  車から降りた時、花屋の角には警官が一人、建物の階段辺りにもう一人いて、ラナンタータに敬礼をした。幼い頃から既に幾多の難事件を解決してきた『総監の一人娘』として、この町では知らない者はいない。軽く会釈して一度現場を見上げ、筋路を見た。大人が一人二人歩けるくらいの幅だ。


  この三階の高さを七才の子供が恐怖も感じずに渡ったというのかと、ラナンタータは呆然とした。










しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...