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第1章 狂人の恋
(5)華燭の館 ガラシュリッヒ・シュロス
しおりを挟む夜間の病院に犇めく呻き声は、まさしく黒い病院の名に相応しく背筋を逆撫でする。此の中の何人が生還出来るのか、不安は暗雲の様だ。
「ラナンタータ、お前の読みは当たった。何てことだ」
「出よう。早く」
何処に行くのか聞かずともわかる。カナンデラとラナンタータはラルポアの運転で再び町へ向かう。あの繁華街の、花屋の三階で行われた殺し。其の現場に行くのだ。七歳の子供が人を殺めたという犯行現場へ。
かのシャーロック・ホームズも現場検証には虫眼鏡を携帯して細かく調べたではないか。ラナンタータは、シテ島オルフェーブル河岸に行った際に一度擦れ違っただけの、名探偵ホームズの横顔を思い出す。
まだ自分が女なのか男なのかわからなかった幼いラナンタータに、行くべき道を指し示すような気難しげな青白い横顔だった。挨拶だけでもしておけば良かったと後悔している。彼なら、アルビノの自分を見ても驚かなかったのではないかと。
「あの現場は守られている。階段が壊れたのだ。誰も入り込みはしない。表に見張りの警官もいる」
「他に住民がいるだろう。どうやって出入りしているんだ」
青暗い夜空に星が少ないのは薄曇りのせいだ。車窓から黒々と広がる田園はいくら走っても風景が変わらず苛つかせる。
「花屋の三階は花屋の屋根裏部屋と外階段のあるあの部屋だけだ。屋根裏部屋とは往き来できないようになっている。間借りさせるために作ったものだからな」
「調べよう。其れを調べるんだ」
逸る心に立ち塞がるような重い時間の中を、名車アルフォンソ十三世は走り続けた。
「もっと急いで」
「これ以上はスピードをあげられないよ。危険だ」
「おい、美形男子。俺たちは証拠を消される前に到着しなければならない。急げ。このアルフォンソはレースで優勝したこともあるんだろ。恐れるな」
カナンデラは競争馬に鞭を入れるようにラルポアを叱咤する。様々な思いが走馬灯のように巡るラナンタータの脳裏に、救いを求める幼子の姿が浮かび、患者の声が蝸牛に甦る。
『あぁ……サディ……やめろ』
町に近づいた。灯りの灯る道に入る。繁華街に差しかかった。
「俺はここで降りる。美形男子、お前はラナンタータのボディ・ガードだ。一緒に花屋の三階に登れ」
「ぇ……どうやって……階段壊れてるのに……」
後部差席からラナンタータが答える。
「時間がない。早く行こう、ラルポア」
「わ、わかった」
バックミラーに映るカナンデラの姿は、繁華街のワンブロックを締める一際眩しい華燭の館ガラシュリッヒ・シュロスへと踏み込んで消えた。
「怪しい薬の関係か……」
「それもあるのかな。ラルポア、念のために訊くけど、薬とかやってないよね」
「何を言うんだラナンタータ。まさか僕を疑うのか」
「だって、今はだぁれも信じられない。特にマッチョでもないのに強くてモテモテの奴は本当に信じられなぁい。何でにっこり笑うだけで女の子が悲鳴をあげるのかな。ね、不思議だよね」
「僕は信じるけどな。自分のことも君のことも神様も……到着だよ」
カナンデラのことは信じないのかとうっかり口に出しきたラナンタータだった。
車から降りた時、花屋の角には警官が一人、建物の階段辺りにもう一人いて、ラナンタータに敬礼をした。幼い頃から既に幾多の難事件を解決してきた『総監の一人娘』として、この町では知らない者はいない。軽く会釈して一度現場を見上げ、筋路を見た。大人が一人二人歩けるくらいの幅だ。
この三階の高さを七才の子供が恐怖も感じずに渡ったというのかと、ラナンタータは呆然とした。
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