毒舌アルビノ・ラナンタータの事件簿

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第3章 ブガッティの女、猛烈に愛しているぜ

(4)デルタン通りのアパルトマン

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  マフィアのボスから巻き上げたカシミヤのマフラーで男っぷりをカスタマイズしたカナンデラが、煌々と電飾ランプの灯るきらびやかな廊下に出た。

  ドアの外で待機していた側近の前で、ボルドーのカシミヤを両手でひらひら見せつけてから巻いてみる
「ゴッドファーザーからの直々のプレゼントだ。嬉しいなぁ」

  シャンタンには耳に口をつけて『女は恐ろしい生き物なんだぞ。一度関係を持ったら墓場までついていくんだからな。俺にしとけ、俺に』と甘ぁぁく教えておいた。

  口笛を吹く。

涙ぐんじゃって、可愛い
さすが18才、お肌スベスベ
もうちょっといたぶりたかったなぁ……
でもねでもね
オシゴトで来たのだから
クライアントの為に
一刻も早く戻らなければ……
何せクライアントは
あの殺人鬼サディだからな
ラナンタータ、生きているかな
ラルポア、生きていろよ
シャンタン坊やからの
ステキなプレゼントを
見せびらかしてやるからな
はっはっはぁ……

  カナンデラが魔城を出る際に、玄関口の黒服が二人カナンデラに会釈した。

「これ、見覚えあるだろぉ。ゴッドファーザーから直々のプレゼントだぞぉ」

  マフラーのへりをひらひら振ってみせる。黒服が尊敬の眼差しになるのを見て取ってどや顔のカナンデラだ。

「はっはっはぁ……またな」

  意気揚々と表に出て、走って来た男にしがみつかれた。見知らぬ顔だ。

「会長に会わせてくれ。妹が、妹が殺されたっ」

  男はカナンデラの大切なカシミヤを掴まえて震えている。

「デルタン通りのアパルトマンで、妹が」

「誰に殺られた」

  訊きながら男の指先をカシミヤから一本一本離す。

「あ、足を引き摺る男とすれ違った。あの男に違いない」

片方の指先を全部開かせてもう一方の手に移る。

「武器はなんだ。ナイフか銃か」

「首を折られていた……」

  男はカナンデラに開かせられた指でまたもやカシミヤを握った。

「怪力だな。わかった。シャンタン会長に会わせてやれ」

  カナンデラは若頭にでもなったかのようにシャンタンの手下に顎をしゃくった。

  男の顔に希望らしき変化が表れてカナンデラのカシミヤを離し、黒服に身体を向ける。黒服はカナンデラの部下のように素直に男を廊下の奥へ招き入れ、カナンデラはカシミヤの胸元をぱっぱっと払いながら道に出た。



  アントローサ総監は余りの悲惨な状況に目を反らした。

  最終的に頭を割られた男は、時間をかけて殺されたと見えた。切り離された手足の爪は全て剥がされて血に染まっていた。生きていながらにして皮膚を削ぎとられ、筋肉見本となっている。部屋を転がしたのか、血は床板の端まで黒く染めて、元の床の色を止めていない。

  そのことに、部屋に入って初めて靴底に付着する粘着質の感覚で気づく。布で顔半分を覆っても防げない異臭に耐えながら、被害者の血に染まった床板を踏まなければ調査もできない。血の海と云うのは此の部屋のことだと、捜査員全員が旋律した。

  急遽、履く為の紙袋が用意された。

  本来ならビニールがほしい処だが、レジ袋などを生成するポリエチレンに繋がる素材が偶然発見されたのが1933年、それに遡る6年前の1927年にビニール袋が一般社会に出回っていればそれは立派なオーパーツ、つまりはその時代に存在するはずのないもの、と言える。それは、アナザーワールドであるこの世界でも同じだ。

  オーパーツの手に入らないアントローサは、紙袋をブーツのように二重に履いて部屋に入ったが、血糊の水分を吸って紙袋は破ける。不快この上ない現場検証をしなければならない。

「安い絨毯でも持ってこさせろ」

  そもそも、警視総監が事件現場を訪れるのは珍しいことだ。

  しかし、余りにも続きすぎた娼婦連続殺人事件の被害者の中に、間違われて殺されたのか議員の娘が加わった。

  その件から連続殺人事件を追って辿り着いた部屋だった。娼婦はデルタン通りの川沿いで布袋に入れられていた。胸部から腹部までノコギリで切り裂かれている。死体には心臓と子宮がなかった。その娼婦の部屋が、この有り様だ。

  娼婦は独り者だった。この皮膚のない男は誰だ。顔は切り刻まれて判別がつかない。

「伯父貴。アントローサ総監。凄いなぁ、此れは。鉄錆びの匂いが半端ない」

  血液に含まれる鉄分の匂いだ。シャワーを掛けたように部屋中に染み付いている。

  カナンデラ・ザカリーが何時ものように粋な姿で現れた。フランスのシャンゼリゼ通りが似合いそうなファッションセンスで血糊の貼り付いた床に踏み込む処だ。

「待て、カナンデラ」

  思わず飼い犬に命令するように言った。

「ワン、ワン。おいら、尻尾も振ります」

  カナンデラがすかさず応える。

「この床は血糊だ。踏み込むと靴底に付くぞ」

「ワオオオン」

「お前、犬みたいに鼻が良いな。我々も来たばかりだが、もう事件を嗅ぎ付けたのか」

「いや、別の部屋の事件を……伯父貴、まだ知らないの。来たばかりなら知らなくても仕方ないね。あ、それなら伯父貴もご同行願えますかね。このアパートだって言うものですからね」

「何の事件だ。こそ泥や行方不明なら」

「コロシですよ、旦那。コ・ロ・シ……」

「カナンデラ、何処の部屋だ。案内しろ。誰か、付いて来い」

  一歩踏み出した刹那、アントローサの足元でズブと音をたてた紙袋は完全に崩壊した。

「総監、今、タオルをお持ちします」



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