毒舌アルビノ・ラナンタータの事件簿

第４章 一緒に世界を変えよう

（13）アントローサのため息

龍花ロンホァから警察に電話があった。客から預かった絵皿が強奪されたという。ゴヅィラザウルスがぶちギレて火を吹いた。


「お前らぁ、街でカーチェイスだっ。ブルンチャスとキーツが、おそらく相手はセラ・カポネだろう、キャデラックを追っている。拳銃を振りかざしていたそうだ。引き締めて行けっ。全員逮捕しろっ」


詐欺事件の証拠品である絵皿の警察引き渡しに、頑として応じなかったロンホァチャイナの対応が問題だった。オーナーの龍花は絵皿を納めた棚に鍵を掛けて、居留守を使って絵皿を警察に渡さなかったのだ。


その絵皿が盗まれただとぉ
棚から出していたのか
警察で保管しておけば
こんなことにはならずに
済んだものを……
どんなに高額な品物だろうが
証拠品は証拠品だ


と、ゴツィーレ警部は呟く。


しかし、オーナーは異世界の人
そこが難しい処だ
絵皿を国宝級だと言われれば
証拠の絵皿でも最終的には
異世界に持たせることになる
異世界の中華民国は二つに別れ
国家情勢が激動の最中にあり
代理としてフランス領事館が
横槍を入れてきた


この1927年、中華民国はふたつの政党に分裂し、上海クーデターと呼ばれる紛争の最中に多くの外国人が襲撃され命を落とした。


これを受けて、英・米・日本が艦隊を出すなどの軍事行動を起こし、フランスとイタリアも平和制定の為に動く。


この世界と異世界を繋ぐのはオーランドーラ橋駅からフランス行きのオリエント急行に乗るか、魔物の森を抜けるかのどちらかだが、どちらにせよフランスにしか行けない。


フランス領事館がロンホァチャイナの肩を持つのは訳がある。パリに構える龍花の大きな店は、フランス人がチャイニーズ文化に触れ合うことのできる開け放たれた玄関口となっていた。


この世界でも、一時期は、チャイナ中国陶磁器を持っていないのはヒエラルキートップクラスにはいない、とまで云われるほど、ロンホァチャイナの人気は高い。
 

有名女優サラ・ベルナールが
入手先との触れ込みの絵皿だが
どうしろと言うのだ
サラ本人はとっくに亡くなって
国葬されている
数人の刑事を割いて
オイラワ・チャブロワの周辺を
聞き込みに当たらせたが
今日の成果ははかばかしくない
近くの国ではあるが
異世界にまで
行かせる訳にはいかない


ゴヅィーレ警部は、戻ってきた刑事にも市街地でのカーチェイスを止めるように指示する。


全く、何てことだ
ボヤ騒ぎ殺人事件から
ロンホァチャイナの
証拠品窃盗事件
ブルンチャスとキーツに
張り込ませていて正解だった


ゴヅィーレ警部はアントローサ総監に連絡を入れ、アントローサ総監はそっと溜め息を吐く。


この国始まって以来
初めてのカーチェイスが
私の時代で起きるとは
全く……
こんな事件は今までになかった
セラ・カポネ
閉店間際のロンホァチャイナから
証拠品窃盗か
これがアメリカ系
マフィアのやり方か
ああ、ガス灯が点り始めた
この国は遅れている
フランス贔屓なら街灯も
フランスを見習って
白熱灯にすべきだ
犯罪の多くは夜に起きる
カーチェイスで
怪我人が出なければ良いが……


アントローサ総監の脳裏を、甥のカナンデラ・ザカリーの憎たらしい顔が過る。


あいつを手放したのは
今世紀最大の間違いだった



その憎たらしい顔は安らかに寝息をたてていた。シャンタンの上着を脱がせ自分の肌で背中からくるむようにコートにくるまって。


この街の魔城ガラシュリッヒシュロスで十八才のゴッドファーザーと肌と肌との接触ができるのはカナンデラくらいのものだ。