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第4章 一緒に世界を変えよう
(12)ひと夏のナーシャ
しおりを挟むシャンタンは唇を半開きにして眠っていた。心なしか顔が赤い。カナンデラはシャンタンの額に手を当てた。熱がある。相当な熱だ。部屋を見渡して当たりをつける。
あのドアがクローゼットだ
何かないか……
カナンデラは急いで部屋を横切り、奥のドアを開いた。大きな鏡が迎える。ウォークインクローゼットにしては広すぎる。
鏡の横の帽子掛けに、帽子とフォックスの襟巻きと黒い天鵞絨のコートが掛けてあるだけだ。
壁に油彩画が掛かっている。見事に穴だらけだ。数十発分の薬莢が転がっている。
凄いな
こんなことでストレスを
発散させていたのか
よし、俺様に任せておけ
お前のストレス解消に
あのセラ・カポネを
くれてやるぞ
しかしブランケットはないのか
ここで寝るわけではないから
置いてないか
それにしても天鵞絨のコート
女物みたいだ
軟弱者め
フォックスの襟巻きは
ボルドーのやつを
俺に取られたから
新しく買ったんだな
良いなぁ、これ……
しかし被る物が何もないとは……
仕方ないこのコートと
俺様のトレンチを……
カナンデラはシャンタンのソファーに戻った。シャンタンは熟睡しているのか、ぐったりと微動だにしない。もう一度額に手を当てた。
間違いない
風邪だ
トンマめ
トレンチコートを脱ぐ。シャンタンに天鵞絨のコートとトレンチコートを掛けて、マホガニーの広いデスクを見た。ティーカップにお茶の花が残っている。
俺様がプレゼントしたお茶
早速とは可愛いじゃないか
ははは
デスクの端にハンカチを目敏く見つけてシャワールームの洗面台で水を含ませた。軽く絞る。
額に濡れたハンカチを当てると、シャンタンは薄く目を開けて何か言おうとしたが、そのまま瞼を閉じた。
「シャンタン、何か食べるか。温かいお茶でも飲むか」
返事はない。ハンカチは直ぐに熱を吸収して熱くなった。シャワールームでネクタイを水で濡らした。ネクタイを額に巻く。ぐるりと二重に巻いて其の上に冷たいハンカチを乗せた。
此れで暫くは
熱も取れるだろう
カナンデラはストーブの上のケトルに水を足した。それからシャンタンを横向きにしてソファーに横になる。羽交い締めのような格好で背中から暖めたが、トレンチコートだけでは足りず、天鵞絨のコートも被った。
ケトルがシュンシュンと湯気をたてる。
シャンタンに腕枕したまま、眠気に襲われた。
シャンタンの唇が動く。
「カナンデラ……ザカリー……」
「ん、何だ……」
カナンデラは目を開けて暫く返事を待ったが、シャンタンは何も答えず、ケトルの音だけが蝸牛に囁く。眠れ、眠れと。
夏の湖畔で、小枝をナイフで削ってルアーを作った。それを岩肌で擦って光らせる。
『お前、名前は何て言うんだ』
ずっと傍にいて俺の手元を見つめていた
金髪の女の子。透明感のある肌に薄いソバカス、唇にピンクのルージュ。白いワンピースドレスと麦わら帽子、小さなバッグと赤いハイヒール。
『ナーシャ』
コケティッシュな愛らしい顔つきだった。
映画館でクララ・ボウを観たときナーシャかと思った。
『ナーシャか……ハスキーボイスだな』
警察官だった頃、大きな事件を命がけで解決して怪我を負って暫く休みを取った。
ナーシャはひと夏の間、毎日のように湖に来た。キスしてきたのはナーシャの方からだ。スコールにやられて走り込んだ小屋で……
『悪い、ナーシャ。俺はお子様とは遊ばないんだ……』
ソドミーだと言えなかった
『遊びじゃない』
『遊びじゃないなら尚更だ』
シャンタン、お前……
俺様を騙したな……
何がナーシャだ
何が19才だ
16才だったんじゃないか
お子様のくせに
お前はお前自身に
目覚めていたのか
白いドレスと赤いハイヒール
すっかり騙された
ナーシャでもシャンタンでも
お前が好きだ
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