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第4章 一緒に世界を変えよう
(11)クリヨウカン
しおりを挟むロンホァチャイナは表通りから脇に入った川沿いにある。傾いた西日は赤みを増して、赤い提灯の灯った店の表に色を添える。小さな川を挟んで、警察車両が停まっていた。
龍花は小皿に盛った甘点心にふわりと包装紙を被せ、お茶の水筒を下げて川向こうに歩いた。
緑色のチャイナドレスは、ピンク色の牡丹の刺繍に金糸が織り込まれているらしく、夕日を受けて鮮やかに浮き上がる。腰までの白いファーストールを纏っている。
「あれ、オーナーが出てきたぞ」
「こっちに来るようですね」
ブルンチャスとキーツは慌てた。セラ・カポネの件で張り込みをしているのがバレる恐れがある。
龍花は警察車両の窓を覗いた。
「やぱり刑事さんたちね。今晩は。今夜も冷えるのに大変ね。これは差し入れよ。温まて元気になるね」
切れ長の猫のような黒曜石の目が涼しげに笑う。龍花の妖のような美しさにキーツが口ごもる。
「あ、ありがとうございます。しかし……」
「もうそろそろ店を閉めるよ。今夜はセラ・カポネからの連絡はなかたよ」
「わかりました。これは頂きます。でも、もう差し入れはしないでください。我々は最後までいますから、気にしないように」
ブルンチャスが礼を言うついでに笑顔でやんわりと次を断る。警察は一般市民から袖の下を受け取ってはいけないことになっている。
「わかた。それなら、これきりね」
小走りに店に戻る龍花の後ろ姿が、キーツの目に焼き付く。
「チャイナドレスというのはセクシーな服だなぁ」
ブルンチャスがニタつく。
「親父っさん、何を喜んでいるんですか。俺はそんなつもりでは……」
「どんなつもりだぁ」
キーツは項垂れて菓子皿に被せた紙を取る。ブルンチャスは水筒のお茶をカップに注いだ。
「お、親父っさん、この栗のゼリー、旨いですよ」
板栗洋甘菊の甘さと温かい烏龍茶が脳と身体を癒す。
「ん、あの車は……」
黒いロールスロイスファントムがロンホァチャイナに横付けするところだ。高級感溢れる黒光りの車体。シャンタンの側近中の側近が降りた。スマートな影が店内に消える。
キーツは車を出した。川沿いをぐるりと回り、ロンホァチャイナの通りに入る。ロールスロイスの横を通る。運転手の鋭い目付きに覚えがある。会長専用車だ。
降りたのは
やっぱりツェルシュか
何でここに……
ゆっくり進む。ルノーのような小型車でなければロールスロイスの腹を擦ってしまう狭い道幅。前に出て、真正面に停めた。何かあっても、ロールスロイスを足止めできる位置だ。
「こら、そこをどけ」
ロールスロイスから声がかかる。警察だとわかっていてもひとこと言いたかったらしい。
ロールスロイスから運転手が降りた。ブルンチャスが車を降りずに運転席に移動する。いつでも発進できる。
ロールスロイスの運転手を無視して、キーツはさりげなく店内に入り、入り口近くの陳列棚を眺めた。壁一面の棚にブリキの美しい図柄の缶が並んでいる。
シャンタン側近の声がする。カナンデラ・ザカリーはよく来るのかとの質問だ。キーツの全身が耳になる。
「ああ、知り合いよ。ポナペティで食事したね」
龍花さんがカナンデ先輩と食事……
そう言えばカナンデラ先輩は独身だ
何だか胸騒ぎが……
胸が痛い……まさか俺は……
カナンデラ先輩が好き……
うわあぁぁ……
その時、黒いキャデラックがロールスロイスの後ろに停まった。数人の男が各々のドアを開いて降り、店の中に雪崩れ込む。不穏な空気をまとった男たちだ。キーツの脇を通って奥に走る。それを、猟犬の勘で反射的に追う。
「誰、あなたたち」
叫びに近い龍花の声。
三人の男が拳銃を構え、もうひとりは龍花のデスクに置かれている絵皿に手を伸ばす。
「どこの者だ」
会長側近のドスの利くよく通る声。
たじろぐ男たちはしかし側近に答えて「俺たちに構わんでください、ツェルシュさん。これも凌ぎですから」と言った。
キーツが店の奥に割り込む。
「警察だ。何ごとだ」
大きな絵皿を抱えた男が拳銃を持って威嚇するように側近とキーツに向けた。
「ちょとー、それ大切。落とさないて」
龍花が叫ぶ。
雪崩のように動く男たちを、キーツが追った。側近も走る。目の前で盗難事件が起きたのだ。
キャデラックのドアが次々に音を立てた。バックで猛進して表通りに出る。
側近もロールスロイスに乗り込む。「キャデラックを追え」すかさずバックで表通りに出て、直ぐ様キャデラックを追う。
キーツが警察車両に乗り込む。
アメリカ製の馬鹿でかいキャデラックと高級感が売りのイギリスのロールスロイスファントムと小回りの利くフランス製ルノーのカーチェイスが始まった。
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