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第2章 イスパノスイザ アルフォンソ13世に乗って
(9)自己紹介
しおりを挟む石造りの頑丈そうなメリーネの家は、内部が同じ大きさの四つに別れ、ひとつが台所になっている。七人は台所に通された。夕暮れの窓を打つ雨足の激しさに寒々しさを感じたが、温かいミルクが出されてほっとした。
マイアッテン未亡人が口火を切って自己紹介になり、皆のプロフィールが明らかにされた。
まず、マァイアッテン未亡人。年は三十四歳。
広大な農地を所有して牛と羊を飼っている。農地や館の使用人はおよそ二十人ほど。此の村一番の大富豪で、アパルトマン建設計画を立てている。アパルトマン建設は村を活性化して町へステップアップする都市計画の一端だと考えている。
マイアッテン未亡人は黒いドレスに身を包んでいる。今でも亡き夫に忠誠を尽くして独身を貫き通す為に喪服を脱がず、今日の結婚式の為に白いエプロン姿で料理を運んだり皿を片付けたり、裏方として動き廻っていた。
優しい目でラナンタータを見る。
アンナベラ・ザカリー。旧姓スワンセン。十八歳。
都会育ちだが、ラナンタータの従兄のカナンデラに紹介されたハウンゼントと恋に落ちて、今日が結婚式。プチホテルのレストランを営業するつもりで希望に燃えている。
アンナベラはラナンタータと気の合うクラスメイトだった。勝手に寄宿舎から抜け出して来てラナンタータの家でパジャマパーティをした悪友だ。アンナベラは動であり太陽であり電極で言えばプラスであった。ラナンタータは静であり月でありマイナス電極であった。光と影のようにつるんでいた。
しかし、アンナベラの主観は全て真逆だ。ラナンタータを光と思い太陽でも月でも星でもあった。学園生活の全てだった。ラナンタータは友人を作らなかったが、アンナベラにはラナンタータ以外に友人はいらなかった。
アンナベラは秘かにラナンタータの指と自分の指を絡めている。
ヨルデラ・スワンセン。二十五歳。歌手。
アンナベラの親戚で、アンナベラの父親が結婚に猛反対して参加を拒否している為に、スワンセン側からの参加はヨルデラのみ。
女豹を思わせる化粧が印象的な美しい舞台人は、フランスで喝采された歌を歌った。日本語の歌だ。日本のキモノをセパレーツショーツだけの身体に羽織って、槍を振り回しながら歌うのがヨルデラの演目『黒田節』だ。ヨルデラは此の出し物でムーランルージュにも出たと言う。
ヨルデラの奇想天外な歌は日本人以外を驚かせた。
イクタ・シンタ。三十二歳。日本人。
元美術留学生だが、世界大戦中にフランスから流れて住み着いた。マイアッテン未亡人の納屋の2階で暮らしている。
田舎に疎開してアルブレヒト・デューラーの水彩画に出会った。其の水彩画の出所を探り流浪して、ザカリー家が四百年も前の画家の肉筆水彩画らしき数点を所有していることを知った。デューラーが流浪した二年間に此の村に立ち寄ったのではないかと考えている。
有色人種の彼はアルビノのラナンタータに奇異の目を向けない。
セホッポ・ダリアレン。二十歳。
隣村の出。マイアッテン未亡人の納屋で暮らして二年になるカウボーイ。兄弟で出稼ぎに来ている。
牛追いの傍らチーズ作りにも精を出す。セホッポの村は貧しく、長男以外の男子は全て村外に出稼ぎに出ている。納屋の2階は、藁を敷き詰めてリネンのシーツを敷いたふかふかの寝床に大勢が並んで寝る。雨漏りもせず、すきま風もない。実家よりも恵まれた環境だが、数年働いてお金が出来たら労働賃金の高いフランスに出ようと兄弟で決めている。
ラナンタータを初めて見た時は驚いたが、年が近いせいか、何か話したそうに笑顔を向ける。
」マ・メイラ・ラナンタータ・ベラ・アントローサ。十九歳です」
生まれつき肌や髪の毛の真っ白なアルビノ。従兄カナンデラの探偵事務所に出入りして、暇潰しをしている。
四年間クラスで仲の良かったアンナベラの結婚式に出席する為に、従兄のカナンデラ・ザカリーと運転手兼ボディ・ガードのラルポアとこの村に来た。
ラナンの存在を知って気が緩んだ状態。陶器質に見える顔が和らいでいる。
最後に家主のメリーネ・デナリー。四十五歳。
機織りをして生計を立てていたが時代に押されて手織り布は衰退気味。村のギルドでチーズ作りに参加している。
メリーネは、娘のラナンのことを伏せた。この村に昔からいるマイアッテン未亡人とイクタ・シンタは、メリーネの娘がアルビノだったことを知っている。セホッポには、ラナンとほとんど同時期に入れ違いのようにやって来た印象を持っている。
メリーネの関心はラナンタータに温かく向いた。
お互いがそれぞれに相手を見知った者同士の中では、新婦アンナベラとヨルデラとラナンタータの三人だけが新参者だ。話は自ずと三人の関係に移り、次に「黎明祭のくじ引き」に移った。
「黎明祭の旅人の訪問を断れだなんて……今は其の怪文書を持っていないのね」
メリーネが尋ねた。頷くアンナベラに、マイアッテン未亡人が残念そうな顔を向ける。
「アンナベラ、去年、此の村であった殺人事件のことを知っているわね。フォレステン家の三人のこと」
ヨルデラの目が光った。
「エッラどんな話ですか。是非、聞かせてください」
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