毒舌アルビノ・ラナンタータの事件簿

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第2章 イスパノスイザ アルフォンソ13世に乗って

(10)ラルポアの不安

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  ラルポアはずぶ濡れになる前に運転席に潜り込んだ。少しでも上手く雨を遣り過ごそうと、車を林の中にバックで入れた。もう、外には出られない。

  イスパノ・スイザのカスタム・コンパーチブルの幌は横殴りの雨の中を走るには心もとない。荷物も濡らすわけにはいかない。だから防水シートを被せたのだが、そうなるといよいよ発進できない。

  雷が鳴った。土砂降りの雨に閉じ込められて、ラルポアの胸はざわつく。

ラナンタータに何かあったら……
まあ
カナンデラは戻っているだろう
いつものことだ
しかも花嫁アンナベーラと一緒だ
花嫁は目立つ
誰もラナンタータを
狙ったりしないだろう
仮に例え危険が及んでも
デリンジャーを
持っているなら心配ない
だいたいこの村は
カナンデラの親戚の村で
今日は結婚式だ
何かが起きるとは思えない

風雨に荒ぶ木立とコンパーチブルの幌とシートが擦れる音。雨の匂い。ラルポアは運転疲れで夢の中に迷い込んだ。

  ラナンタータは年がら年中黒マントを着ているせいか、今日のような素敵なドレスは感動すら与える。

あれはいつだったっけ
カナンと僕に
お下がりをねだったのは……
男装の麗人を気取るには
サイズが問題だと
カナンに一笑に伏され
ラナンタータはそっと
口を尖らせていたっけ
ははは、可愛い

  結婚式のドレス選びに、カナンと3人でわざわざフランスまで行った。その時の楽しかった記憶。

美しい硝子細工のような
ノースリーブのドレスを選び
ラナンタータは
母親の形見のチョーカーで
首元を飾って
やっと貴族の娘らしい姿になった
其れなのに
黒絵の具を頭に塗るなんて……
昔も同じようなことがあったっけ
絵の具を顔に塗った時……

『なんて真似をしやがるんだ。俺様はお前のアルビノらしさを愛して止まないと云うのに』

『そうだよ、ラナンタータ。マ・メラ・ジェテム僕は好きだよ。君はみんなに愛されている。世界には君のようなアルビノが片身の狭い思いをして生きているんだ。アルビノが堂々と生きていける時代を作るんだろう。力になるよ』

『勘違いするな、ラナンタータ。ラルポアは仕事だからな。うっかり惚れるなよ』

仕事……
妹のように思っている
惚れるな……
家族愛だ
4つ下の
可愛い赤ちゃんを見た時から
妹のように愛している

『そうだ、ラルポア。君の妹みたいに可愛がってくれよ』

アントローサ総監……
4つだった僕の頭を撫でてくれたんだって
さすがに覚えていないけど
母から何度も聞かされた

  ラルポアの夢は今朝の情景を描く。

『ラナンタータ。これはお前の母親のお気に入りだ。私が贈った記念すべき品だ』

  一目で高価な物と分かる箱の中には、白い貝殻に女神のレリーフを象ったカメオのチョーカーが鎮座していた。

  父親の手で首元を飾り、鏡の前で佇むラナンタータ。黒い天鵞絨ビロードのリボンが黒塗りの髪の色とマッチする。白い肌色に優しく色を添える影も、整った輪郭を飾る。豪華な宝飾品はの形見は山ほどある、それでもラナンタータは、母親のお気に入りに目を奪われた。

  ラルポアは、子供の頃からラナンタータ姫を騎士のように守ってきた。運転手だった父親が亡くなっても母親はアントローサ家のキッチンで働き続けている。そういう立場だ。

  アルビノの肉を喰らいたがる輩は何処にいるかわからない。それなのに、ラナンタータは14才から通学に1時間もかかるセントヒジリア学園に通うことになった。

  警視総監がボディ・ガードを雇うと言った直後、ラルポアが名乗りを上げたのだ。若輩者だが格闘センスがあり、ラナンタータと気心が知れている。恋だとか愛だとか考える暇はなかった。ラナンタータは就学前に誘拐されかけたからだ。大戦後からアントローサ総監に大学進学を勧められていたが、それを断ってラナンタータのボディ・ガードになった。

  ラルポアは夢の中で過去に入り込んだ。ラナンタータの肉を狙う『アルビノ狩り』の連中が闇の中でうごめく。ヴァルラケラピスだ。

  ラルポアは其の連中と格闘になり次々と捕らえてゆくが、ラナンタータを奪われた。ラルポアは子供に戻っている。走っても走っても大人に追い付けない。夢の中では上手く走れない。焦ったラルポアは喘いで目が覚めた。

離れるんじゃなかった
車のことより
ラナンタータ捜索を優先すべきだった

  雨は止んでいる。フロントガラスから闇が覗いていた。

「そうだ、ラナンタータというらしい」

「ラナンと似た名前じゃないか」

「ラナンのように命を狙われるかもしれない」

「誰が狙うと言うのだ、ドレッポ」

「わからない。ラナンタータという娘を放っておいても良いのか」

 はっきりした声が近づく。

「ドレッポ、ラナンタータという娘は何処に泊まるのだ。それが分かれば……しっ……車だ……逃行くぞ」

  ラルポアはドアを開け、林の中を走って行く影を追いかけたが、夢の中のように追い付けない。

「ラナンタータの味方をしてくれるのなら、僕を恐れなくても良いのに。だが、待てよ。ラナンとか言ってたな。誰だ、ラナンとは……」









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