毒舌アルビノ・ラナンタータの事件簿

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第2章 イスパノスイザ アルフォンソ13世に乗って

(13)イクタ・シンタの気づいたこと

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  イクタ・シンタは頭を振って歩き出した。

多分、聞き間違えだ
今日は結婚式だ
銃声だなんて縁起でもない
縁起って、俺はやっぱり日本人だな
もう十年以上も
故郷に戻ったことはないのに……
彼女を連れて
帰ることができていたなら……
できていたならあんなことには……
ぉ…セホッポ
何を急いで……
何処へ行くのだろう
俺に気づかないなんて
まあ、暗いからか
いや
月明かりは素晴らしいくらいだ
夜間の昼みたいに明るい
銃声……
だったのかな、やっぱり
何処へ行くのか
その方向はザカリー城
それともフォレステン家……
ザカリー城には
アルブレヒト・デューラーの
水彩画が数点保管されている
見せてもらったが
世界の目の前に展示するべきだ
個人所有はややもすると
名画を埋もれさせる
フォレステン家は奥さんの不倫が
あんな殺人事件にまで発展したかと
ああ、ザカリー城の明かりが見える
全ての窓に明かりを点して
結婚を祝う気持ちを表しているのか
アリカネラ・ザカリー夫人は
人種差別をしない
俺はもう長いことこの村にいて
ザカリー夫人と顔馴染みだからか
裏表のない人柄はよく知っている
少し難しい
メリーネ・デナリー未亡人とも
仲が良い
ただ、つんぼ桟敷か
あの人の耳には
村の出来事は届かないらしい
俺がザカリー城の使用人と
連絡を取り合うこともある
夫人はギルドの女王のはずなのにな
アパルトメント建設計画も
つい最近まで知らなかったようだ
バイオリンの集いに参加して
音楽を楽しむついでに
世間話でもしそうなものなのに
うちの女主人と何かあるのか
マイアッテン未亡人は
若いけれどやり手の実業家だ
年輩のザカリー夫人との間に
確執めいたものがあるとしたら
おや、どうした
新郎新婦とセホッポ、後はよそ者の……

「カナンデラ兄貴、うちの周りは僕たちが。行こう、アンナベラ」

  カナンデラ・ザカリーと

「ラルポア、俺たちはフォレステン家の周りを巡ってみよう」

ラルポア……
ラルポア・ミジェールか
まさかな

「イクタ・シンタ。俺たちはフォレステン家の古い納屋の処に行ってみよう」

「納屋……何をしに」

「知らないのか。ラナンタータがいなくなった。雨宿りしたとき、少し話しただろう、アルビノの美少女。あの子が行方不明だ。銃声が二発聞こえた。くじ引きの途中なのに、てんやわんやだ」

いなくなった
アルビノのあの女の子が
ラナンタータ
ラナンと同じアルビノの女の子
名前も似ている
硝子細工のようなドレスが
とても似合っていた
雨で絵の具が流れて……
ラナンと同じようなことを
するのだなと思った
あの子が
まさか……納屋で……
ラナンのように……
足が……
足が動かない
震える
ラナン……
助けられなくて……
ラナン
助けられなかった
僕は……ラナン……
君を日本に連れ帰るべきだった
殺されるくらいなら、あの時……
どんなに貧しくても
どんなに苦労をかけるとしても
日本に連れ帰って……ラナン……

「どうした、イクタ・シンタ。顔色が悪いぞ」

「だ、大丈夫だ。セホッポ、嫌なことを思い出しただけだ」

「ラナンのことか。もしかして、イクタ・シンタ。あんたがラナンを殺したのか」

「何でそうなる。俺たちは愛し合っていたのだ。結婚の約束までしていた。ラナンがあんなことになって俺はずっと苦しんで来たんだ。犯人を見つけ出して必ず復讐すると誓って生きてきた。その俺をお前は犯人だと言うのか。お前こそどうなんだ。お前たち兄弟がこの村に来たのとほとんど同時期に事件は起きた。お前こそ怪しい」

震える
怒りが腹の底から沸き上がって
押さえられそうもない
こいつが犯人だとしたら許せん
いつもの笑顔は
裏の顔を隠す偽りの笑顔だったのか
お前の笑顔に
癒されていた自分が腹立たしい

「待ってくれ、兄貴。俺たちはラナンとは親戚だ。メリーネ叔母さんは俺たちの父親の妹だ。俺たちはラナンとは従兄弟だ」

「従兄弟……」

確かに、メリーネ・デナリー未亡人は
この村の出ではない
見かけはどこも変わらない白人だけど
村人同士に通じる何かがないのだろう
共通の訛りとか、風習とか……
それで嫌われていたのか
ならば
アリカネラ・ザカリー夫人も同じだ
ザカリー夫人もよそ者だ
だから、村人とのコミュニケーションが
はかどらない訳か

「行こう、急ごう。納屋へ行ってみよう」

「おおおい、おおおい、そこに誰かいるかあ」

カナンデラ・ザカリーだ
セホッポが走り出した
若いから動きが早い
もうずっと前を走っている

辿り着いたら衝撃の場面が空気ごと貼り付いていた。ラルポアは青ざめて、血に塗れたメリーネを抱き抱えている。メリーネは正面から側頭部を銃で撃たれているが意識はある。メリーネの玄関先に倒れているのは深緑色のオリエンタル調の衣装。ヨルデラだ。頭を叩き潰されている。

「医者は、この村に医者はいるか」

ラルポア……ミジェール。
やっぱり……

「早くから酔っぱらって家で寝ている。普段から役に立たない医者だが、呼んでくる」

セホッポが走った。早い。俊敏な動きだ。
俺は息を切らしてメリーネ・デナリー未亡人とヨルデラ・スワンセンを見た。

「デナリーさん、しっかりしてください。何があったんですか」

メリーネ・デナリーが僕を見る。気を失いそうな目付きだ。涙が滲んでいる。顔の半分は血に塗れて痛みに顔が歪む。そんな感じで痛々しい。

ヨルデラ・スワンセンの顔には
見覚えがある。
ムーラン・ルージュに
出演したこともある
素晴らしい経歴の歌手だと
言っていたが……
その濃い化粧を落としたら
思い出せるかもしれない。
いや、既に思い出したが……
名前が思い出せない









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