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第4章 一緒に世界を変えよう
(15)常に前にいる
しおりを挟む「後は任せた。しっかりやれよ、キーツ」
と言い捨てて、ロールスロイスはオゥランドゥーラ橋を猛然とバックで走り去った。
「ツェルシュの奴、この銃撃戦の件で呼び出してやる……」
橋の中腹から、街灯の下を遠ざかるロールスロイスが見えた。
「いい奴じゃないか。血を流さずに逮捕できたのだから警察協力ってことで不問になるさ」
ブルンチャスが笑う。
「いやいや、市街地での銃撃戦だからそれは」
キャデラックにセラ・カポネらしき人物はいなかった。全員を署に連行する。
龍花は警察に飛んで来た。
「無事なのね。良かた。それて、お皿はとこに」
キーツが応対した。
「あれは証拠品ですから、お返しできませんよ。兎に角、あなたからも事情をお聴きしたいので、彼方に」
龍花には珈琲を出して、キーツが盗難届けの書き方を説明する。
「お皿、取り返してくれて謝謝。ても、あいつらみんなやつけてヨ。こんなこと、またあたら、困たことになるネ」
「大丈夫です、市民の安全は守ります」
「市民てはないけと、守てネ」
「勿論です。それから面通しですが、あいつらの中に知った顔がいるかどうか、確認してもらえますか」
「お店に乱入してきた男たちは皆知らないヨ。たぷん、ひとりはセラ・カポネの弟ね。後は見たこともないヨ」
「ロールスロイスの客は」
「あの人はシャンタン会長の使いヨ。噂のソキンかもしれない」
「ソキン……」
「私、小さい『つ』が言えないネ。ソキンは、噂の秘書ヨ」
「噂……」
「知らないの。公認会計士とか、税理士とか遣り手の秘書いるから、シャンタン・カラシュリヒの経営する劇場や飲み屋が繁盛しているネ。あそこは今、階級制度が明確になて、皆、仕事を持て給料もらて働いているヨ。カシノてすら、叩いても埃のひとつもてやしないネ。パパキノシタの若頭、ほやいていたヨ。綺麗なものた、シタイは変わるものたとネ」
キーツがどんなに頑張っても、学業もスポーツも敵わなかったライバルがシャンタンの側近ツェルシュだ。スラムのような貧しい犯罪多発地区の貧しい施設で育ち、有志学習金でハイスクールを出て大学進学は断念し、マフィアになった奴。
あいつは貧しさが罪を生むと言い
豊かな暮らしを望んだ
俺は犯罪多発地区の怒りで
警察官になった
進む道は西と東ほど違うはずなのに
何故だ、この敗北感は……
俺はいつも奴の後を追っている
奴がマフィアで
俺が刑事だからではない
奴が常に俺の前にいるからだ
「素敵な人ヨ」
龍花の言葉が鼓膜に刺さる。
女の子にもモテたな
俺は敵わなかった
一通りの面通しを済ませて、セラ・カポネの弟モーダル・カポネの面構えを確認した。写真を撮るように記録係りに言う。
1927年以前に、既にロールフィルムカメラは出回っていたが、この世界の警察署では全署が未だ箱形の乾板写真機を使っていた。日本でもロールフィルムカメラに切り替わるのは1930年代に入ってからだ。
「送りますよ」
本当は、遅くなったので夕食でもどうかと誘うつもりでタイミングを逃した。
素敵な人、か……
龍花さんに
素敵な人だと言われるなんて
ツェルシュの奴
その噂の側近ツェルシュは、会長室から足音をたてずにそおっと出た。ソファーで、カナンデラ・ザカリーと裸でコートにくるまって寝ている会長の顔が、クララ・ボウの金髪版に見えた。
「誰か中に入った者がいるか」と聞いたが、警護の黒服は「ジミーさえ出ませんよ」と言う。側近は椅子を用意させてドアの前に座った。
前会長に見いだされる前は下っ端稼業をしていた。表の黒服やクラブボーイ、借金の取り立て。金を借りて返せない店の出納簿を出させては、きちんと利益が上がるように指導した。でなければ凌ぎの問題を追及される。腕っぷしで相手をびびらせる取り立てはレベルが低い。スマートに凌ぎ、スマートに出世する。そうやって、ツェルシュは前会長に認められた。
『軟弱な息子だが、支えてやってくれ』という、ツェルシュに取っては目眩を伴う言葉も頂いた。
ゴッドファーザー……
あなたの息子さんは
良くやっています
頑張っていますよ
ちょっと色気付いてますけど
相手がザカリー探偵で
良かったです
キーツは警察車両のワーゲンに龍花を乗せた。ルノーは銃撃戦でライトをやられている。
イサドラ・ナリスとは
違うタイプだけど
龍花さんも
ブガッティの似合いそうな
結構な美女なんだけどな
警察車両で申し訳ない
「龍花さん、家はどの辺ですか」
「ネ、私、お腹空いたヨ。何か食ぺようヨ。大切なお皿取り返してくれたからこ馳走するヨ」
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