毒舌アルビノ・ラナンタータの事件簿

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第4章 一緒に世界を変えよう

(16)女はショッピングが好き

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  明け方、雪が降った。アントローサの朝食が変わった。熱々のリゾットと、珈琲が朝の楽しみになった。


  ラナンタータとラルポアにはウインナーと半熟卵も付いた。たまに季節外れのバナナマフィンが出る。


  ショナロアは、異世界から輸入したガス式冷凍冷蔵庫に、この国では珍しいバナナ一房を凍らせてある。夏、ラルポアと一緒にイスパノスイザ・アルフォンソ13世で市場に出掛けた。その時に手に入れた、芳醇な南国の香りを振り撒く輸入バナナだ。



  ラルポアは今日も市場の駐車場にいる。駐車場では同業者同士が煙草を吹かしながら談笑にいとまがない。


  ショナロアが買い物をしている間、ラルポアも話に加わる。ラルポアが情報通なのは、こういう場での有益な雑談に拠るところが大きい。


  薄く積もった雪に足を取られないよう気を付けながら、ハラン上院議員のショーファーお抱え運転手が話し掛けてきた。


「エディプス市議の葬儀に見なかったな」


  ラルポアより少し年上のショーファーは、笑うと人懐こい顔になる。


「エディプス市議と言えば新聞で……」


  エディプス市議会議員は『稀代の殺人鬼イサドラに復讐されたフーク議員とミリアム議員とも繋がりがあった』と新聞に書き立てられた。9月の話だ。イサドラは病院を脱け出した後、賞金首になっている。


「そのエディプス市議だよ。殺人鬼イサドラに復讐されなかったのだから、無実の人を新聞が叩いたと投書があって、今日の葬儀は大賑わいだったんだ」

「それで奥方が……」

「ああ。なにせ噂の相手だから秘書と奥方が代理で参列して、さっき、秘書を送ったばかりだ。奥方はここ数日ショッピング三昧で、わざわざ家政婦を連れに戻って……昨日は屋敷に外商を呼んで1日中ドレス選びをしていた。靴屋も呼んだよ。かと思えば街に買い出しさ。こんなことは初めてだ。億の金を浪費している」


 ショーファーが雇い主の情報を漏らすのは御法度に近いが、彼は白い息を吐いてその暗黙の了解を破った。そのことに困惑しながら、ラルポアは答えた。


「女性はショッピングが好きですよね。僕の母もショッピングに時間をかけて」


  ラルポアは当たり障りのないように心掛けた。


「そうだよな。女はショッピング命だよな。しかし、奥方はそんな方ではなかったんだ。急にだよ。いきなり別人のように変わっちまって、葬儀の帰りにも買い物だなんて……ストレス溜まっているのかな」

「男の立場としては恐ろしいですね。ショッピング狂いの女性は」

「だよな。何か提言すべきかな……立場をわきまえるっていうのもケースバイケースだよな」

「何て提言するんですか」

「どうしようかな……主だもんなぁ」

「どうしたら良いんですかね」


  二人ともみぞれ雪で汚れた駐車場の足跡に目を落とす。まだアスファルトが一般的ではないこの世界では、駐車場も道路と同じく石畳で舗装されてはいるものの、いつの間にか削り取られでこぼこになる石畳は埃や泥が雑じり、みぞれ雪が水溜まりになってドレスの貴婦人たちの裾をまくり上げさせる。



  カナンデラが目覚めた時、シャンタンの熱は下がっていた。夜中、何度か起きてネクタイとハンカチを濡らし、そのうちにタオルを見つけて真鍮の洗面器に水を張り、テーブルに置いてタオルを替えた。


  ネクタイは額に巻いたままにしておいた。カナンデラの美的センスが、ネクタイを額に巻いたシャンタンを可愛いと認識したからだ。


  大きな欠伸をして立ち上がる。シャンタンに服を着せて、フォックスの襟巻きとボルドーのカシミヤでぐるぐる巻きにした。天鵞絨ビロードのコートの上からカナンデラのトレンチコートを掛けてある。ストーブのケトルの水も足した。


  カナンデラはシャンタンの頬にキスして、大股で部屋のドアを開けた。


  側近が本から顔を上げた。目が合う。


「おっ、お前、何してんだ」

「あっ、ザカリーさん。お早うございます。会長は……」

「お前、いたなら入って来いよ。会長は熱出して大変だったんだからさ。おいらが卵を抱くみたいに温めちゃったぜ。親鳥の気分だ」

「親鳥……ですか」


  一睡もしなかったのだろう、側近ツェルシュの目は赤い。


「お前、寝てないのか」

「は、番犬ですから」

「わはははは。面白い奴だ」

「会長の具合は……」

「ああ、寝てる。熱は下がった。俺様は帰るから、後は宜しく」


  大股で出て行くカナンデラの後姿に一礼して、ツェルシュは会長室に入った。ソファーに近づく。


「お、お早うございます、会長……」


  恐る恐る声を掛けると返事があった。


「ううん、お早う」


  ぱっちりと目を開けたシャンタンが不機嫌な顔をしている。


「カナンデラのコートだ。カシミヤも。あの異様な夢は、夢では……」


  ネクタイを額に巻いたまま起き上がる。


「会長、熱を出されたとか。私の方は、夕べお茶を買いに出た後、セラ・カポネの連中と銃撃戦になって……」

「ぇ……銃撃戦っ」


  シャンタンが会長の座に就いてから初めての、直属部下の関わる事件だ。


「連中は警察に逮捕されて行きましたよ。私は、会長のロールスロイスをやられました。ライトとドアの辺りだけですが、修理に持って行かせました」

「お前、大丈夫か。怪我は」

「はい。私は銃撃戦の経験は積んでますから」


  会長専用車のロールスロイスもボディーの厚さは装甲車並みの特別仕様だから、例え機関銃襲撃を受けても貫通はしないが、今回、めり込んだ弾丸は半端じゃない。特注品の強化フロントガラスを割られなかったのは幸いだった。1920年代のガラスは脆い。しかも、鋭く割れる。


「お前、寝てないのか。目が赤い。今日は休め」

「え、いや、あの……はい。会長、ご自宅までお送りします」



























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