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第4章 一緒に世界を変えよう
(18)一生大事にするよ
しおりを挟むシャンタンの側近ツェルシュが来た。
ラルポアはお茶を勧めたが、ツェルシュは「ザカリー探偵のお忘れ物を届けに来ただけですから」と断って帰った。
綺麗に畳んだコートとカシミヤのマフラーにリボンのついた小箱が添えられている。ラナンタータの目が輝く。
「なんだろうね、ね、なんだろう」
「気になって仕方ないんだね、ラナンタータ。お利口さんにしていたらやがて所長が来るよ」
「ふん、カナンはやっぱり怪しい。この前はカシミヤを忘れて今回はコートまで……雪が止んでるとは言っても寒いのにさ。ブランケット代わりに置いてきたんだ、多分。だって、ラルポアも昔、私にそうしてくれたよね」
カナンデラが魔城ガラシュリッヒ・シュロスの会長室でシャンタンと熱っぽい夜を過ごしていた間に、異世界境に向かう橋の上で銃撃戦があり、警察は絵皿の証拠品を押収した。
その事で、カポネズ・ファミーユのドン、セラ・カポネが弟の釈放を求めて代理人を立てた。銃撃戦から一時間後のことだ。
『おい、誰がカポネズ・ファミーユに知らせたんだ』と、ブルンチャスが刑事部屋全体を見回して怒鳴る。
『私が聞いたのは、一般市民からの知らせがあったということでしたよ。カーチェイスの上にオゥランドゥーラ橋での銃撃戦は目立ちますからね』
ミズーリという代理人は50絡みの恰幅の良い人物だった。
モーダル・カポネを取り返す為に警察を襲撃する処を、取り成してやって来たのだ。釈放しなければ『アントローサの娘をヴァルラケラピスに売り飛ばす』とまで言っていたことも、クライアントの利益の為に伏せておいた。
地上暦1927年、このアナザーワールドでも、弁護士は司法検事局の管理下にあった。独立事務所を持って法廷外活動をする弁護士は存在せず、カポネの寄越した代理人ミズーリも、司法検事局の弁護士として勤めた経歴を持つ。
一晩中睨み合っているわけにもいかない。ゴツィーレ警部は、代理人には『早々にお帰り願い』取り調べにエネルギーを注ぐことにした。
『私は、巻き込まれただけのモーダル・カポネを釈放してもらえなければ帰れません。彼は銃撃戦には参加せず、窃盗にも関わっていない。ただキャデラックに同乗していただけです。それでも勾留するのでしょうか』
とミズーリが食いついた。
『成る程。絵皿窃盗殺人事件には、この地域最大級のマフィアが関わっている。それがお前さんとこのカポネズ・ファミーユだ。そして詐欺事件の被害者と言える中国人経営者の店『ロンホアチャイナ』は異世界フランス領事館の比護の元にある。中華民国とフランスを相手取っての詐欺事件と言えるのだが、お前さんはこの異世界間詐欺事件を、カポネズ・ファミーユの構成員のやったことに間違いないと言うのだな。それを認めるのであれば暫く待っていると良い』
ブルンチャスは取り調べで絵皿の入手経路を明らかにした。
『絵皿の持ち主はオイラワ・チャブロワに間違いない。周辺に自慢していたそうです』
毒殺の方法も明らかになった。
『心臓の弱いオッサンだと聞いてさ、丸薬に処方量を越えるキニーネを混ぜ込んだのさ。薬を飲ませるために、わざわざボヤ騒ぎを起こしたんだ』
このことはアントローサ総監にも報告が来た。
首謀者はパメラという勾留中の女性で、全てが彼女の計画だったと言う。
アントローサはアンドレア・チャブロワの名を騙った女を尋問させた。既に時間は翌日に股がっている。この時代の警察は、労働基準局も真っ青なブラック企業だ。
『こんな時間に済まないが、喋らなかった君にも問題はあったのだよ。前もって部下が伝えたはずだが……自白しなければ君が首謀者ということになるとね。君の期待をぶち壊して悪いが、セラ・カポネの手下を逮捕した』
『奴らは何と……』
『君が首謀者だと』
未明に帰宅したアントローサに、ラルポアの母親ショナロアが、温かい夕食を出す。
ショナロアは会心の笑みでアントローサを見つめた。
『旦那様がいなければ私たちは路頭に迷ってしまうわ』
『此の屋敷や貯蓄等、ラナンタータには不自由をかけないものが残るはずだが……』
『いいえ、いいえ。そういう問題ではなくて、旦那様は大きな天井のように私たちを守ってくださって……』
アントローサは言葉を遮って、ショナロアの手に自分の手を重ねた。
『ラナンタータがラナンタータ・ミジェールになるか、ラルポアがラルポア・デラ・アントローサになるか、我々には重大な問題だ』
その事を、ラナンタータもラルポアも知らない。
「ね、ラルポア。日本に行ったらラルポアは何処に行って何をしたい」
「そうだね、キョウトかな。ゲイシャサンみたいにラナンタータもキモノ着て、僕もサムライになって並んで写真を撮ろう。一生大事にするよ」
微笑むラルポアに、ラナンタータはきょとんと小首を傾げる。
二人並んで和服姿……
あのさぁ、一生大事にするって
写真のこと、それとも私のこと
「ん、どうした、ラナンタータ……」
「このフィッシャーマンセーター温い」
慌てて長い袖をふりふりする。
「わかった。誤魔化さなくてもラナンタータの気持ちはよくわかるよ。僕も同じ気持ちだよ」
「え、同じ気持ちって……」
ラルポアはラナンタータに優しく腕を回して片手で顎を上げさせた。それから額にキスする。そしてそっと抱き締めた。
「ラナンタータは本当はアルビノの国に行きたいんだよね。楽園のようなアルビノの国に……」
「うん。アルビノの国に行きたい」
ラルポアのトナカイを編み込んだ異世界輸入のカナディアンセーターに顔を埋めて、ラナンタータはこっそり溜め息をつく。
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