75 / 165
第4章 一緒に世界を変えよう
(22)全て解決
しおりを挟む銃弾の弾ける音が変わった。高音の派手なリズムで硬質な反発を奏でる。しかし、室内の音ではない。耳を澄ませる。建物の外から過激な乱射が豪雨のように響く。
「手を上げろ。お前ら、セラ・カポネの奴らだな。全員大人しく捕縛されろ」
わらわらと人の気配が激しくなる。逃げ出した男が事務所の階段に走り、踊場を回って驚いた。二階の階段に腰かけたカナンデラが拳銃で狙って笑っている。男は持っていた拳銃を足元に置き、両手を上げて階段を後ろ向きに降り始めた。
「ちゃんと向こうを向いて降りろ」
男はチッと舌打ちして置いた拳銃を恨めしそうに見たが、そのまま大人しく階下に降りて捕縛された。
警察車両が到着したときはガラシュリッヒ通りは綺麗に掃除が済んで、人通りも普段と変わらない様子だった。
アントローサ総監が階段を駆け登って来た。廊下の、縛り上げられた男たちを尻目に部屋に駆け込む。
「ラナンタータ、無事か」
ラナンタータは箒で床を掃いていた処を、いきなり現れた父親にがっしり抱き締められた。織地の厚い衣服からでも父親の逞しさを感じる。
「私は無事っ。でも硝子が……」
カナンデラのトレンチと一緒にラナンタータのマントとラルポアのインバネスコートが、外気を防ぐ目的か、窓を覆っている。
「窓ガラスか……証拠写真を撮ろう。風邪ひかないようにマントを着なさい。それと……娘よ、今さら聞きたくはないが、廊下の男たちはお前の仕業か」
割れた硝子を片付けていたカナンデラとラルポアは動きを止めてアントローサに近づいたところだったが、カナンデラは両腕を広げて、大袈裟に何度も頷く。
「な、ラナンタータ。お前、芸術も行きすぎるとな、な……」
男たちを縛り上げたのはラナンタータだ、と言わんばかりに濡れ衣を着せ、カナンデラはほくそえむ。
その言葉に泣き顔に似た申し訳なさそうな表情を見せたアントローサ総監だったが、ラナンタータはカナンデラを睨み付けた。
「何が『な、な』よ。カナンは直ぐにバレる嘘をつくから警察を首になったんだ。屁も臭いし」
それから父親を見上げて「いやだなぁ、お父さんたら。私ならもっと高い芸術性を示すよ。ね、ラルポア」と、主導権を握って男たちを縛り上げた張本人ラルポアの口を封じた。
「いや、あの……」
「伯父さん、あれはラナンタータの作品ですって。伯父さんだって、わかっているはずだ」
「何てこと言うのよカナンデラ・ザカリー。あんな下手くそな縛りなんて、あんたしかしないってば。ね、ラルポア」
「いや、あれは僕」
「ラナンタータ、お前は愛しのお兄様に濡れ衣着せるのか。やっぱり悪魔ちゃんだな」
「お父さん、カナンデラったら天使のような私をいっつも悪魔呼ばわりするのよ。警察を首にして良かったね、ね、ラルポア」
「いや、だから僕が……」
「もういい。ラナンタータ、カナンデラ。お前たちがやったことはわかった」
「ち、違います。総監」
「良いんだ、ラルポア。庇う必要はない。この二人はいつもこうだ。はぁぁ……溜め息が止まらない」
「は……は……は……」
ラナンタータとカナンデラはラルポアにウインクしてうひひと笑い、ラルポアは胸の裡で「僕も溜め息が……」とアントローサに共感して、人間不振の混じった脱力感に浸かる。
雪積もる郊外の小屋で、捕縛された男たちが縛られた両手をフックに掛けられて、天井から肉のように吊り下げられている。息が白い。
かろうじて爪先が床に着く程度には高さを調整して吊るしてあるから、並んで処刑を待つバレリーナだ。
キャデラックからシャンタンと側近ツェルシュが降りてくる。黒いプリム帽子のシャンタンは銀狐のコート。ポケットに手を突っ込んでいるが、スカートなら女かと思う。
「ここは牛の解体場だ。こんなところまで会長がお出ましくださったぞ。お前らは会長に楯突く気か」
ずらりと並んだ男たちの中央に立つ男が、床を鞭打つ。
「お、お許しをっ。俺たちがあの探偵事務所を襲ったのは、警視総監のアントローサに、モーダルを釈放しないと娘がどうなるか知らないぞと脅しをかける為だったんだ。あわよくば娘を拉致しようと思ったが……」
「会長がオブザーバーとして懇意にしている探偵だぜ。会長の面子を潰す気か」
男たちの脹ら脛や太股に鞭が飛ぶ。運悪く股間に当たった者がいた。泡を吹いて気を失う。
「お、お、済まん。ソコに当てる気は無かったんだが……ご、ご免……」
狼狽した鞭は止まったが、気を失った男の横にいた者は震えた。
「もっ、申し訳ありませんでしたっ。いっそひと思いに殺してく」
「誰が殺すと言った。セラ・カポネの跡目相続に異論が出ているんだ。このままカポネズ・ファミーユに好き放題させてはおかんと上がお冠でなっ。お前ら、ガラシュリッヒと抗争するつもりがないなら自首しろ」
「「「「自首……」」」」
「心配するな。綺麗になって戻って来たらガラシュリッヒで拾ってやる。カポネズ・ファミーユがいつまでも存在すると思うなぁ」
アントローサはゴヅィーレ警部に命じてカポネズ・ファミーユのガサ入れを強硬した。娘ラナンタータも国民のひとり。狙う者は許さない。
チャブロワ絵皿の異世界間詐欺事件と探偵事務所襲撃事件が繋がった。犯人たちが自首してきた市街地銃撃戦、その始まりとなったオイラワ・チャブロワ殺人事件とオゥランドゥーラ橋の銃撃戦も全てが一度に解決した。
ゴヅィーレ警部は警視総監賞を貰ったが、気分は晴れない。
ザカリー探偵事務所は、マフィアからの慰謝料で特注品の分厚い強化硝子二枚重ねの窓にリフォームした。襲撃賊を捕らえて国際詐欺事件の解決に寄与したと新聞に載り、警察から報償金も出た。
「賊を捕らえたのはラルポアなのに、カナンがインタビュー受けてダンディーな探偵って書かれてる。マフィアのヒモなのに」
「こ、こら、悪魔っ。ヒモとは人聞きが悪い。おいらは真面目な探偵事務所の所長だから代表で受けたんだ。ね、ラルポア。悪魔ちゃんは寒いんだって。そうだよね、ラナンタータ」
「違うんだよね、ラナンタータ。ラナンタータは本当はアルビノの国に行きたいんだよね」
「うん。私はアルビノの国を作る。でも、寒いのも本当……」
両腕をラルポア胴体に伸ばす。
毛皮に埋もれたイサドラが、若い家政婦に言った。
「エイマ。この、ザカリー探偵事務所襲撃事件の新聞記事も切り抜いてスクラップしてね。とても素敵な人たちなの。いつかあなたにも会わせてあげるわ」
イサドラは、どこまでも平行線のまま続く二対の線路を思う。ラナンタータの進む線路は天使の集う光の道、己の進む復讐の線路は深い闇へと堕ちていく。
シャンタンは頰杖をついて新聞の写真を眺めた。そのにやけた顔をツェルシュが更に盛り上げる。
「会長、ザカリー探偵は写真映りがいまいちですね。本人の方がダンディーです」
喜んだのはシャンタンだけではない。
「おお、嬉しいことを言ってくれるじゃないか。待たせたな、俺様がダンディー探偵カナンデラ・ザカリーだ」
ノックもせずにガラシュリッヒ・シュロスの会長室の重たいドアを開けてウインクするのは、この単細胞だけだ。
「みんなで一緒に世界を変えようぜ」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる