毒舌アルビノ・ラナンタータの事件簿

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第4章 一緒に世界を変えよう

(22)全て解決

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銃弾の弾ける音が変わった。高音の派手なリズムで硬質な反発を奏でる。しかし、室内の音ではない。耳を澄ませる。建物の外から過激な乱射が豪雨のように響く。


「手を上げろ。お前ら、セラ・カポネの奴らだな。全員大人しく捕縛されろ」


わらわらと人の気配が激しくなる。逃げ出した男が事務所の階段に走り、踊場を回って驚いた。二階の階段に腰かけたカナンデラが拳銃で狙って笑っている。男は持っていた拳銃を足元に置き、両手を上げて階段を後ろ向きに降り始めた。


「ちゃんと向こうを向いて降りろ」


男はチッと舌打ちして置いた拳銃を恨めしそうに見たが、そのまま大人しく階下に降りて捕縛された。



警察車両が到着したときはガラシュリッヒ通りは綺麗に掃除が済んで、人通りも普段と変わらない様子だった。 


アントローサ総監が階段を駆け登って来た。廊下の、縛り上げられた男たちを尻目に部屋に駆け込む。


「ラナンタータ、無事か」


ラナンタータは箒で床を掃いていた処を、いきなり現れた父親にがっしり抱き締められた。織地の厚い衣服からでも父親の逞しさを感じる。


「私は無事っ。でも硝子が……」


カナンデラのトレンチと一緒にラナンタータのマントとラルポアのインバネスコートが、外気を防ぐ目的か、窓を覆っている。


「窓ガラスか……証拠写真を撮ろう。風邪ひかないようにマントを着なさい。それと……娘よ、今さら聞きたくはないが、廊下の男たちはお前の仕業か」


割れた硝子を片付けていたカナンデラとラルポアは動きを止めてアントローサに近づいたところだったが、カナンデラは両腕を広げて、大袈裟に何度も頷く。


「な、ラナンタータ。お前、芸術も行きすぎるとな、な……」


男たちを縛り上げたのはラナンタータだ、と言わんばかりに濡れ衣を着せ、カナンデラはほくそえむ。


その言葉に泣き顔に似た申し訳なさそうな表情を見せたアントローサ総監だったが、ラナンタータはカナンデラを睨み付けた。


「何が『な、な』よ。カナンは直ぐにバレる嘘をつくから警察を首になったんだ。屁も臭いし」


それから父親を見上げて「いやだなぁ、お父さんたら。私ならもっと高い芸術性を示すよ。ね、ラルポア」と、主導権を握って男たちを縛り上げた張本人ラルポアの口を封じた。


「いや、あの……」

「伯父さん、あれはラナンタータの作品ですって。伯父さんだって、わかっているはずだ」

「何てこと言うのよカナンデラ・ザカリー。あんな下手くそな縛りなんて、あんたしかしないってば。ね、ラルポア」

「いや、あれは僕」

「ラナンタータ、お前は愛しのお兄様に濡れ衣着せるのか。やっぱり悪魔ちゃんだな」

「お父さん、カナンデラったら天使のような私をいっつも悪魔呼ばわりするのよ。警察を首にして良かったね、ね、ラルポア」

「いや、だから僕が……」

「もういい。ラナンタータ、カナンデラ。お前たちがやったことはわかった」

「ち、違います。総監」

「良いんだ、ラルポア。庇う必要はない。この二人はいつもこうだ。はぁぁ……溜め息が止まらない」

「は……は……は……」


ラナンタータとカナンデラはラルポアにウインクしてうひひと笑い、ラルポアは胸の裡で「僕も溜め息が……」とアントローサに共感して、人間不振の混じった脱力感に浸かる。



雪積もる郊外の小屋で、捕縛された男たちが縛られた両手をフックに掛けられて、天井から肉のように吊り下げられている。息が白い。


かろうじて爪先が床に着く程度には高さを調整して吊るしてあるから、並んで処刑を待つバレリーナだ。


キャデラックからシャンタンと側近ツェルシュが降りてくる。黒いプリム帽子のシャンタンは銀狐のコート。ポケットに手を突っ込んでいるが、スカートなら女かと思う。


「ここは牛の解体場だ。こんなところまで会長がお出ましくださったぞ。お前らは会長に楯突く気か」


ずらりと並んだ男たちの中央に立つ男が、床を鞭打つ。


「お、お許しをっ。俺たちがあの探偵事務所を襲ったのは、警視総監のアントローサに、モーダルを釈放しないと娘がどうなるか知らないぞと脅しをかける為だったんだ。あわよくば娘を拉致しようと思ったが……」

「会長がオブザーバーとして懇意にしている探偵だぜ。会長の面子を潰す気か」


男たちの脹ら脛や太股に鞭が飛ぶ。運悪く股間に当たった者がいた。泡を吹いて気を失う。


「お、お、済まん。ソコに当てる気は無かったんだが……ご、ご免……」


狼狽した鞭は止まったが、気を失った男の横にいた者は震えた。


「もっ、申し訳ありませんでしたっ。いっそひと思いに殺してく」

「誰が殺すと言った。セラ・カポネの跡目相続に異論が出ているんだ。このままカポネズ・ファミーユに好き放題させてはおかんと上がお冠でなっ。お前ら、ガラシュリッヒと抗争するつもりがないなら自首しろ」

「「「「自首……」」」」

「心配するな。綺麗になって戻って来たらガラシュリッヒで拾ってやる。カポネズ・ファミーユがいつまでも存在すると思うなぁ」



アントローサはゴヅィーレ警部に命じてカポネズ・ファミーユのガサ入れを強硬した。娘ラナンタータも国民のひとり。狙う者は許さない。


チャブロワ絵皿の異世界間詐欺事件と探偵事務所襲撃事件が繋がった。犯人たちが自首してきた市街地銃撃戦、その始まりとなったオイラワ・チャブロワ殺人事件とオゥランドゥーラ橋の銃撃戦も全てが一度に解決した。


ゴヅィーレ警部は警視総監賞を貰ったが、気分は晴れない。


ザカリー探偵事務所は、マフィアからの慰謝料で特注品の分厚い強化硝子二枚重ねの窓にリフォームした。襲撃賊を捕らえて国際詐欺事件の解決に寄与したと新聞に載り、警察から報償金も出た。


「賊を捕らえたのはラルポアなのに、カナンがインタビュー受けてダンディーな探偵って書かれてる。マフィアのヒモなのに」

「こ、こら、悪魔っ。ヒモとは人聞きが悪い。おいらは真面目な探偵事務所の所長だから代表で受けたんだ。ね、ラルポア。悪魔ちゃんは寒いんだって。そうだよね、ラナンタータ」

「違うんだよね、ラナンタータ。ラナンタータは本当はアルビノの国に行きたいんだよね」

「うん。私はアルビノの国を作る。でも、寒いのも本当……」

両腕をラルポア胴体に伸ばす。



毛皮に埋もれたイサドラが、若い家政婦に言った。


「エイマ。この、ザカリー探偵事務所襲撃事件の新聞記事も切り抜いてスクラップしてね。とても素敵な人たちなの。いつかあなたにも会わせてあげるわ」


イサドラは、どこまでも平行線のまま続く二対の線路を思う。ラナンタータの進む線路は天使の集う光の道、己の進む復讐の線路は深い闇へと堕ちていく。




シャンタンは頰杖をついて新聞の写真を眺めた。そのにやけた顔をツェルシュが更に盛り上げる。


「会長、ザカリー探偵は写真映りがいまいちですね。本人の方がダンディーです」


喜んだのはシャンタンだけではない。


「おお、嬉しいことを言ってくれるじゃないか。待たせたな、俺様がダンディー探偵カナンデラ・ザカリーだ」


ノックもせずにガラシュリッヒ・シュロスの会長室の重たいドアを開けてウインクするのは、この単細胞だけだ。


「みんなで一緒に世界を変えようぜ」





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