79 / 165
第5章 婚前交渉ヤバ過ぎる
(4)やっぱり世界一可愛い
しおりを挟むジョスリンは艶やかに微笑んでウインクした。
「ここから警察は近いです。ジョスリンさん、乗ってください。警察に連絡しなくちゃ」
時は1922年。まだスマホのない時代。ホーム電話すら一般に普及していない時代だ。ラルポアは助手席に女マフィア・ジョスリンを乗せて警察に向かった。
「ラナンタータ。私はアルビノを初めて見たけど、天使みたいに白くて可愛いわね」
「それ、言われ慣れている。でも、白いだけ。ただの錯視だと思う」
「ふふ、可愛いわよ。キスしようか」
警察ではアントローサが頭を抱えていた。
「お前もそこまでか、カナンデラ。トップを目指せ。ミノタウロスの頭を取る英雄になれ」
「伯父さん。伯父さんが牛頭の英雄だと思って、俺はワンコになって尻尾を振って付いてきたんだのに」
ギリシャ神話ミノス島の帰還不能の地下迷宮に、ミノタウロスという残忍な人牛がいた。ミノタウロスは人身御供を捧げさせる。そこで知恵ある乙女アリアドネが赤い糸を使うように英雄に教え、英雄はミノタウロスを倒して赤い糸を伝い歩き、ダンジョンから帰還できた。男女の運命を繋ぐ赤い糸の伝説はこの神話が元になっている。
アントローサの部屋をラナンターが訪ねた。
「お父さん、カナンデラ……」
「おお、ラナンタータ。どうした。何故、マダム・ジョスリンと……」
ラナンタータはアントローサに駆け寄って小さな子供のように抱きつく。
「どうした、何があった」
ラナンタータの肩を抱くアントローサに、ラルポアが説明する。
「マフィアの車に追われたんです。そこをジョスリンさんが助けてくださって」
「ヴァルラケラピスかと思った……」
ラナンタータの声が掠れる。緊張が解れた途端に怖さが襲ってくる。素直な十四才の顔になった。
何でアルビノに生まれたんだろうと悩み怒り苦しんだ年月。何度も夢にみた恐怖の記憶が甦る。
二歳の頃だ。通りかかった見知らぬ男女の、女の腕にいきなり抱き上げられ、ラルポアが男に蹴り飛ばされるのを見た。驚いて泣き叫ぶも、ラナンタータは連れ去られる。ラルポアは六歳。必死で追いかけたが、ラナンタータは車に乗せられた。
あの日の経験は悪夢になって、夜毎にラナンタータを泣かせた。二歳で『アルビノは狙われる』とわかった。
見た目が人と違うだけなのに
色素が薄いだけなのに
何故、狙われるの……
「今回はヴァルラケラピスじゃないぜ、ラナンタータ。おいらがちょっとばかり働き過ぎちゃってさ」
カナンデラが明るく笑う。
「ちょっとばかりって……何をしたの、カナンデラ」
父親の胴体を抱きついたまま、ラナンタータはカナンデラを振り向く。ジョスリンが答えた。
「ふふ、グァルヴファイレスって言うマフィアの組事務所に単身で殴り込みをね」
「ま、ま、皆さん、お掛けください」
カナンデラがソファーを勧める。ジョスリンとラルポアが三人掛けに座り、ラナンタータは父親と隣同士の一人用に腰掛けた。
「私の手下が犯人を見張っているの。早く逮捕に向かってほしいわ。ここから教会に向かう直線道路。グァルヴファアレスの息子よ」
「伯父さん、俺が行きます」
カナンデラは部屋を出てブルンチャスに言った。
「親父さん、手柄が向こうからやって来た。」
五年前の1922年、アルフォンソ十三世を狙ったグァルヴファイレス関連の事件だ。カナンデラは目が覚めた。
何だか古い記憶の
欠片が刺さっている気分だ
ビルが一つ吹っ飛んだ
現実にあったことだ
しかし
あれもこれも乗り越えて
シャンタンの
寝顔を眺めている
二年前に、ジョスリンは殺人罪で刑務所行きになった。殺された奴らはジョスリン強姦未遂だったはずが、刑が短かったので、刑務所を出てジョスリンに意趣返しを行ったのか、ジョスリンは語らなかった。
最初に殺されたのはリーダー格の男と他に二人。各々の男根を鄭切って二時間放置後、雪深い山の麓であの強姦未遂事件に関わったグァルヴファイレスのメンバー十八人を次々にガソリンで焼き殺した。
『男はね、落ちん子ぶら下げているから男って訳じゃないのよ。下らん使い方しかできんような奴には要らん代物さ。社会のゴミ屑が偉そうな顔しているのが気にくわなかったのよ』
ジョスリンには情状酌量の余地はなく、笑って死刑判決を受けた。新聞に掃除屋ジョスリンと書き立てられたジョスリン事件は、カナンデラの胸に痛みを残した。
どうにか出来なかっただろうか
一言でも相談してほしかった
ラナンタータは
ショックを受けていたなぁ
初めて憧れた女性だったのになぁ
しかしあの頃のラナンタータは
今よりもずっと可愛かったんだなぁ
五年前、ラナンタータの乗るイスパノスイザを、ジョスリン組のフォードが二台毎日登下校時に警護した。止めるように言ってもジョスリンは聞かず、アントローサは警視総監の立場でマフィアとの関係を囁かれたが、娘の警護に警察官を割くことはなかった。
ジョスリン……
いい女だったが
惚れられなくて良かった
俺様、女は苦手
特に落ちん子鄭切って
焼き殺すような恐ろしいタイプは……
おお、こわ……
「やっぱりシャンタンが世界一可愛い」
耳元で囁いて直ぐに寝落ちした。微かな鼾が暫く続いて静かになる。シャンタンは目を開けて天井のあちらこちらを見た。
やっぱりってどういう意味
どういう時に使う言葉だっけ……
世界一可愛いとは聞き飽きているよ
いつもお前に言われてるから
でも、やっぱりって
やっぱりって何
誰かと比べてのやっぱりなの
嫌だ、誰か他にいる訳
カナンデラ
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる