毒舌アルビノ・ラナンタータの事件簿

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第5章 婚前交渉ヤバ過ぎる

(4)やっぱり世界一可愛い

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  ジョスリンは艶やかに微笑んでウインクした。

「ここから警察は近いです。ジョスリンさん、乗ってください。警察に連絡しなくちゃ」

  時は1922年。まだスマホのない時代。ホーム電話すら一般に普及していない時代だ。ラルポアは助手席に女マフィア・ジョスリンを乗せて警察に向かった。

「ラナンタータ。私はアルビノを初めて見たけど、天使みたいに白くて可愛いわね」

「それ、言われ慣れている。でも、白いだけ。ただの錯視だと思う」

「ふふ、可愛いわよ。キスしようか」


  警察ではアントローサが頭を抱えていた。

「お前もそこまでか、カナンデラ。トップを目指せ。ミノタウロスの頭を取る英雄になれ」

「伯父さん。伯父さんが牛頭の英雄だと思って、俺はワンコになって尻尾を振って付いてきたんだのに」

  ギリシャ神話ミノス島の帰還不能の地下迷宮に、ミノタウロスという残忍な人牛がいた。ミノタウロスは人身御供を捧げさせる。そこで知恵ある乙女アリアドネが赤い糸を使うように英雄に教え、英雄はミノタウロスを倒して赤い糸を伝い歩き、ダンジョンから帰還できた。男女の運命を繋ぐ赤い糸の伝説はこの神話が元になっている。

  アントローサの部屋をラナンターが訪ねた。

「お父さん、カナンデラ……」

「おお、ラナンタータ。どうした。何故、マダム・ジョスリンと……」

  ラナンタータはアントローサに駆け寄って小さな子供のように抱きつく。

「どうした、何があった」

  ラナンタータの肩を抱くアントローサに、ラルポアが説明する。

「マフィアの車に追われたんです。そこをジョスリンさんが助けてくださって」

「ヴァルラケラピスかと思った……」

  ラナンタータの声が掠れる。緊張が解れた途端に怖さが襲ってくる。素直な十四才の顔になった。

  何でアルビノに生まれたんだろうと悩み怒り苦しんだ年月。何度も夢にみた恐怖の記憶が甦る。

  二歳の頃だ。通りかかった見知らぬ男女の、女の腕にいきなり抱き上げられ、ラルポアが男に蹴り飛ばされるのを見た。驚いて泣き叫ぶも、ラナンタータは連れ去られる。ラルポアは六歳。必死で追いかけたが、ラナンタータは車に乗せられた。
あの日の経験は悪夢になって、夜毎にラナンタータを泣かせた。二歳で『アルビノは狙われる』とわかった。

見た目が人と違うだけなのに
色素が薄いだけなのに
何故、狙われるの……

「今回はヴァルラケラピスじゃないぜ、ラナンタータ。おいらがちょっとばかり働き過ぎちゃってさ」

  カナンデラが明るく笑う。

「ちょっとばかりって……何をしたの、カナンデラ」

  父親の胴体を抱きついたまま、ラナンタータはカナンデラを振り向く。ジョスリンが答えた。

「ふふ、グァルヴファイレスって言うマフィアの組事務所に単身で殴り込みをね」

「ま、ま、皆さん、お掛けください」
 
  カナンデラがソファーを勧める。ジョスリンとラルポアが三人掛けに座り、ラナンタータは父親と隣同士の一人用に腰掛けた。

「私の手下が犯人を見張っているの。早く逮捕に向かってほしいわ。ここから教会に向かう直線道路。グァルヴファアレスの息子よ」

「伯父さん、俺が行きます」

 カナンデラは部屋を出てブルンチャスに言った。

「親父さん、手柄が向こうからやって来た。」

  五年前の1922年、アルフォンソ十三世を狙ったグァルヴファイレス関連の事件だ。カナンデラは目が覚めた。

何だか古い記憶の
欠片が刺さっている気分だ
ビルが一つ吹っ飛んだ
現実にあったことだ
しかし
あれもこれも乗り越えて
シャンタンの
寝顔を眺めている

  二年前に、ジョスリンは殺人罪で刑務所行きになった。殺された奴らはジョスリン強姦未遂だったはずが、刑が短かったので、刑務所を出てジョスリンに意趣返しを行ったのか、ジョスリンは語らなかった。

  最初に殺されたのはリーダー格の男と他に二人。各々の男根を鄭切ちょんぎって二時間放置後、雪深い山の麓であの強姦未遂事件に関わったグァルヴファイレスのメンバー十八人を次々にガソリンで焼き殺した。

『男はね、落ちん子ぶら下げているから男って訳じゃないのよ。下らん使い方しかできんような奴には要らん代物さ。社会のゴミ屑が偉そうな顔しているのが気にくわなかったのよ』

  ジョスリンには情状酌量の余地はなく、笑って死刑判決を受けた。新聞に掃除屋ジョスリンと書き立てられたジョスリン事件は、カナンデラの胸に痛みを残した。

どうにか出来なかっただろうか
一言でも相談してほしかった
ラナンタータは
ショックを受けていたなぁ
初めて憧れた女性だったのになぁ
しかしあの頃のラナンタータは
今よりもずっと可愛かったんだなぁ

  五年前、ラナンタータの乗るイスパノスイザを、ジョスリン組のフォードが二台毎日登下校時に警護した。止めるように言ってもジョスリンは聞かず、アントローサは警視総監の立場でマフィアとの関係を囁かれたが、娘の警護に警察官を割くことはなかった。

ジョスリン……
いい女だったが
惚れられなくて良かった
俺様、女は苦手
特に落ちん子鄭切って
焼き殺すような恐ろしいタイプは……
おお、こわ……

「やっぱりシャンタンが世界一可愛い」

  耳元で囁いて直ぐに寝落ちした。微かな鼾が暫く続いて静かになる。シャンタンは目を開けて天井のあちらこちらを見た。

やっぱりってどういう意味
どういう時に使う言葉だっけ……
世界一可愛いとは聞き飽きているよ
いつもお前に言われてるから
でも、やっぱりって
やっぱりって何
誰かと比べてのやっぱりなの
嫌だ、誰か他にいる訳
カナンデラ



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