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第5章 婚前交渉ヤバ過ぎる
(5)勘違い
しおりを挟むシャンタンの記憶は、ジョスリンが経営するリーズナブルなカジノのビルが吹き飛んだ事件に遡る。五年前のクリスマス前だ。
1922年、冬。シャンタン十三歳。孫のような可愛い一人息子の誘拐を恐れたガラシュリッヒ前会長が与えた護衛付のフォードに乗って、吹き飛んだビルを見物に出掛けた。
異世界の業者が扱っているT型フォードは、此の国ではルノーに続くポピュラーな車だ。購買層の殆どがマフィア関係だから、男らしいがっしりしたイメージのタフな車体が受けた。
雪の積もった道端にホットチョコ売りやクッキー売りが出て、お祭り騒ぎが始まっていた。道端にルノーとフォードが列を作って駐車して、馬車が行き交う。大勢の人間が犠牲になったのに、マフィアのビルが吹き飛んだことは、マフィアを憎んでいた市民や負債を抱えたギャンブラーにとっては胸の空く思いだったのだろう、盛況だった。
シャンタンは車から降りた。
「付いて来ないで」
声変わり前の愛らしいボーイソプラノが、白い息と共に冷気に吐き出された。
クッキーとジュースを自分で買いたかった。金髪の巻き毛にお気に入りの赤いベレーと白いミンクの毛皮のコート。ミンクですっぽり隠れて見えないが、下は男子校の制服だ。セーラーカラーシャツと膝までの半ズボンにニーハイソックス。それに黒いハーフブーツ。細い指先でピンクの財布を持ってホットチョコの出店に向かった。
カナンデラがブルンチャスと共に爆破されたビルの近くにいたのが、シャンタンにとっては幸いだった。人並みにごった返す通りで、シャンタンはピンクの財布を若い男に奪われて叫んだ。
「泥棒っ。誰か助けて。あいつを捕まえて」
男は走って逃げた。フォードとは反対の方向だったからガラシュリッヒの手下が車を降りて追いかけた時は既にカナンデラが捕まえていた。
「引ったくりの現行犯で逮捕する。お嬢ちゃん、可愛い財布だ。財布は金を払う時だけ出す物だよ」
カナンデラはシャンタンが男の子だと気づかなかった。変声期前の甲高い誤嚥は誰でも勘違いする。シャンタンは走ったこともあってか頬を染めて「有り難う」と言ったが、立ち去り難く思い、手下に「来ないで」と追い払ってカナンデラを見つめた。
お嬢ちゃんだって……
僕が女の子に見えるの……
「お嬢ちゃん、こいつを連行するけど、お嬢ちゃんの名前が必要だ。教えてくれるかい」
「シ、シャンタン・ガラシュリッヒ」
「ガラシュリッヒ……珍しい名前だが、もしかしてガラシュリッヒ・シュロスの……」
カナンデラの驚いた様子に、シャンタンは泣きそうな顔になった。
「へえぇ、こんな可愛いお孫さんがいたのか」
息子だとは言えずに赤らむ。女の子みたいだと言われて育ったが、完全に勘違いされたのは初めての経験だった。それがシャンタンの覚えているカナンデラとの出会いだ。
それから三年の間、変声期には悩み、シャンタンは時々カナンデラを見かけたが、マフィアの息子だと知られるのを恐れて身を隠しすれ違う。そしてため息を吐く。
森の湖で再会した時、カナンデラに名前を尋ねられた。
可愛いと言ったくせに
忘れるわけ……
シャンタンはナーシャと名乗り、背伸びして十九歳だと偽った。きらきら光る夏だった。湖の畔で二人、並んで座る。
親に隠れて着てみた白いワンピースだったが、汚れないようにハンカチーフを敷いて気遣いを示すカナンデラ。
シャンタンは、カナンデラの顔も声も初めて会ったときから好きだったんだと気がつく。大人の男にときめいた。五年前の記憶だ。
だからこうなったのかな……
シャンタンは背中から自分をくるむように抱いて寝ているカナンデラの寝息を聞きながら、ふと可笑しくなった。
「シャンタン、一緒に世界を変えよう」
ドキリとする。カナンデラはむにゃむにゃと意味不明の寝言を唱え、シャンタンの頭を撫でた。「ジョスリン……」と聞こえる。空耳かと思ったが、ジョスリンと言えば五年前に爆破された三階建てビルのオーナーのことかも知れない。
初めての出会いを
思い出したのかな……
ジョスリン事件の
ビルの前だったんだけど……
クリスマス前だった
そう言えば
来月はクリスマスだね
カナンデラ……
クリスマスはどうする
ツェルシュは
彼女と過ごすんだって
マフィアと婦人警官が出来ちゃったら
犯罪なんじゃないかな
カナンデラには話せない
クリスマスに
会社をプレゼントしようか
ん……
カナンデラ……
手が……待って、待って……
寝ているくせに……
笑い話を思い出した。手下から聞いた話だ。
『ある夫婦の住まいに亭主の友人が遊びに来た。二人で夜中まで飲んで騒いだので、奥さんは怒って家を出た。二人は酔っぱらってベッドに潜り込む。そして朝、友人が目覚めると、亭主が抱きついて友人の身体をまさぐっている。亭主は友人の股間のモノを触った。友人は驚いた。お、お前、男同士なのに、そんなに俺のことが好きだったのか……友人は求めに応じる気になった。だがな、寝ぼけ眼の亭主も驚く。あれ、お前いつから男になった……』
寝ぼけてて
友人を奥さんと間違えたんだよね
其れとも友人を
女だと思っていたのかな
実は寝ぼけて友人を女房と間違えたというオチだ。カナンデラの熱い手がシャンタンの股間をまさぐってトランクスの中に侵入してきた。
待って……
そこはダメ
鄭切ってしまいたい処なのに……
カ……カナンデラ
大人しく寝ろおおお……
寝ながらするなあああ……
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