毒舌アルビノ・ラナンタータの事件簿

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第5章 婚前交渉ヤバ過ぎる

(6)ドスケベ直行便

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  ラナンタータはシャンタンの側近ツェルシュが置いていった革のトランクの前で固まっていた。

「爆弾じゃないんだから……」

  ラルポアが花の咲くお茶を淹れた。

  キャメルカラーのトランクはしっかりした造りで硬く、重い。大金の重さだ。仮にラナンタータの細い腕で持ち上げることが出来たとしても、イスパノスイザのアルフォンソ十三世までは運べない。いや、持ち上げることが可能だとしたらの話だ。 

「もう一度、確認しても良いと思うんだ、私は。ね、ラルポア。何も遅刻所長を待つ必要はないと思うんだ、私は。ね、ラルポア」

  下手くそなフランス語で言った。

「はいはい、お嬢様はお金の誘惑に勝てなくて、札束の山をご覧になりたいと」

  いつになくラルポアが鼻にかかった皮肉な口調のフランス語で言う。ラナンタータに向ける笑顔はいつもの優しい微笑みだ。

「ラルポアは気に入らないって訳。私が札束を確認したがっているのが」

「いいや、ラナンタータ。ラナンタータの自由だ。僕は干渉しないよ」

  微笑みは崩れない。

「私の自由にラルママが干渉しないなんて」

  カップを口に運びかけたラルポアがうっかり吹き出す。

「僕はそんなに口煩いかな」

「ママみたいにね」

「優しいママだろ」

  ラナンタータの母親が夭逝したのはラナンタータが二歳の頃、不届きな男女に誘拐されかけた直後だった。ラナンタータは優しい母親を亡くし、悪夢に魘されて泣きながら目覚めて、誘拐の恐怖におののく。

  昼間はアントローサ家のキッチンでラルポアと遊んで過ごし、夜は一緒に眠った。ラルポアの玩具の仕舞い方を真似て誉められ、ラルポアの読んでくれた絵本を読めるようになって誉められた。ラルポアに教わって、家庭教師が付くまでに簡単な日常会話のフランス語を話せるバイリンガルになっていたつもりだ。

「お前ら、何をいちゃついているんだ」

  カナンデラがドアの鍵を開けて入って来た。

「あ、遅刻魔の登場だ。休めば良いのに」

「おお、お二人さん。今日も寒いね」

「そろそろアペロですよ、所長。会長からの届け物が」
 
  言いながらラルポアはお茶を淹れに立つ。

「お、所長と呼んだね。何かな、このトランクは……」

  キャメルカラーの革のトランクにカナンデラの視線が止まる。約190×60辺りのテーブルの殆どを占める大きさで厚みも其れなりにある。

「早く開けて見て」

  ラナンタータの片方の頬が痙攣る。下手くそな微笑みだ。

「お、笑ったね、ラナンタータ。さては凄く良いものが入っているんだな。嫌だぞ、ハブとかコブラとか……」

  金具に指を掛けた。左右外方向に力を入れる。カチャリ……音と共に、蓋が僅かに開いた。

「おおおっとおぉぉ、何だこの金は……」

  札束がきっちり詰まっている。

「いつものシャンタンの側近が、手下に運ばせて持って来た。シャンタンに何を言ったの、カナンデラ。手切れ金にしてもこんな大金をくれるなんて、普通じゃないよね。まあ元々普通じゃない相手だけどね」

「お前、俺様のイットガールを何て……あ……」

「カナンデラ、隠さなくてもすでにバレているってば。百年前から」

  カナンデラは助けを求めてラルポアを見た。

「うん、承知しているよ。百年前から。どうぞ」

  ラルポアは涼しい顔でお茶を勧めた。カナンデラは両手で顔を覆って仰け反る。

「ああああ、悪魔だけじゃなくラルちゃんにもバレてたか」

「ラルポア、ラルちゃんだって……」

「たまに気が触れるらしいよ、所長は」

「え、え、どゆこと……」

「お前ら、秘密だぞ。ガラシュリッヒ会長の名誉にかけても秘密だ。組織の統制が取れなくなからな」

「だったらさ、カナン。この金は口止め料に貰っても良いとか……ふふ」

「お前、バカっ。悪魔っ。口止め料だとぉ。俺にくれたんだよ、俺に。あれ、何でこんな大金をくれたの、シャンタンは」

「だから、身に覚えが無いわけね。はいはい、悪魔が口止め料として貰っておきましょうねぇ」

「所長、もしかして会社を作る話をシャンタン会長にしたからとか……」

「おお、それで此の金か。やるな、あいつ」

「かなりな太っ腹かと」

「世界中の皆さあん、うちの所長はマフィアのジゴロでぇす。男妾でぇす。警視総監アントローサの甥っ子だけどぉ、何でもかんでもマフィアから巻き上げていまぁす。妾男っ。ジゴロっ、ヒモっ」

「こら。毒舌悪魔め……」

「私は天使と間違われるよ、アルビノだから。カナン男妾っ。カネくれカネ」

「お前は間違いなく悪魔だ、今更言うのも何だが」

「で、このカネで計画を実現する訳ね」

「ふん、俺は使う。使い道があるんだ」

「お給料ください、所長。ね、ラルポア、私たち頑張っているよね、ね」

  ラルポアはそっぽを向いて笑う。

「カナンデラァ、ねぇ、贅沢に遊んで使おうよぉ」

「お前、俺様がいつ贅沢を選んだ」

「いつも。いっつも贅沢を選んでいる。お洒落にお金かけてる。他にやることないから性がないのかな、単細胞は。私なんてお下がりだよ。今日もラルポアから貰ったセーターだよ。あとズボンも、ほら、ね」

  ラルポアの十年前のお古を貰った。ラルポアの十三、四歳の頃の服があつらえ物のように入る。

「お前、イヤらしい。男に抱かれているみたいじゃないか。何だ、悪魔ちゃんはラルポアが好きだったのね」

「単細胞ってイヤらしい。考えることも単純にドスケベ直行便だね。ふは……此れってジゴロへの手切れ金じゃないの、やっぱり」



ね、贅沢してみようよおぉぉ。
一回だけ……

私、上手く笑えてるとおもうでしょ
1億円の微笑みだよ
ちゃんとお金払ってね
カナンデラァ
異世界行こうよお
おフランスに連れて行けぇぇ
ね、ね
みんなで一緒に行こうよおぉぉ
大丈夫だよ
今はまだ1927年だから
コマルナも第二次世界対戦も
まだまだ始まってすらないよぉ
お金が腐る前にさ、カナンデラ
ヴァンドーム広場のグランサンクで
ほーせき買ってぇ……
1カラットで良いからさ
ほーせき買ってね
私ラルポアとお揃いで
1カラットの……
うん、こほん、えへん
……ピアスしたい……へへ……







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