84 / 165
第5章 婚前交渉ヤバ過ぎる
(9)国際駅前で
しおりを挟む鉄柵で囲まれた二階建ての中央はトンネルになっていた。鉄製の門扉で閉じられているが、トンネルの中はオリエント急行から降りた客で賑わっている。
ここから霧の森を抜けて異世界フランスに行けば何処へでも行ける。
「ヤバい。オリエント急行に乗られたら異世界ヨーロッパの殆どの国に行けるぜ。そうなるとイサドラ逮捕は無理だ」
「彼処のレストランから警察に電話しよう。アペロの時間だし」
「良いね。お腹空いたし。ねぇ、オリエント急行は小間使いの給料一年分だと聞いたことがあるけど、イサドラが小間使いとか連れて本当にオリエント急行に乗ると思う。あのエマルを連れて。あ、出て来た」
エマルがプジョーの脇に立って毛皮の女の手を取った。顔が見えない。貴婦人のような立ち居振舞いのその女を三人が追う。
ラナンタータは生まれた時からアントローサ家の宝だった。誘拐されかけた直後に母親を亡くし、夜中によく泣いた。おねしょすることもあった。
アントローサは仕事柄、夜中に大事件勃発の報告を受けて出掛けることもあり、ナニーを雇ったが、ラルポアの両親もラルポア自身もラナンタータの面倒を見ることになった。
それはある夜のことが決定打になった。ラルポアの父親が車の音を聞いて外に出た。月明かりの中に白い頭のラナンタータを抱いたナニーがいた。ラルポアの父親は木陰に隠れてゆっくり近づく。
ナニーは、仲間の男に荷物を車に運び込ませている処だった。ラルポアの父親は木陰から飛び出して男を投げ飛ばし、ラナンタータを奪い返した。車からもう一人の男が降りたが、降りたのか引きずり出されたのかその男もラナンタータを抱っこしたままの片手でぶん投げられた。ラルポアに合気道の技を伝授したのはこの父親だ。ついでに、空手の有段者だったから、空手技で男たちを気絶させた。
ナニーは震えて泣きながら一人の男に取りすがり、騒ぎを聞き付けたラルポアの母親ショナロアと家政婦たちも起きて来た。此の時のことはラナンタータの記憶にない。ショナロアは新しいナニーの採用に反対した。
ラルポアは十二歳になるまでラナンタータと一緒のベッドで寝た。兄と妹という感覚はその六年間に強固に刷り込まれた。
「ラナンタータ、あの女、イサドラ・ナリスに見えるかい」
ラルポアが振り返った。
「貴婦人然としてる毛皮の女……顔が見えない」
「おいらが確かめて来るぜ」
カナンデラは、自動小銃をラナンタータに差し出す。
「これを持っておけ。嫌な予感がする。お前が妙なことを言うからだ」
「妙……」
ラナンタータは差し出された自動小銃を人差し指で触ってみる。
「もし、オリエント急行に乗るのでなければ……ってことだ。ほれ。持っていろ」
「ああ、成る程。僕たちはイサドラ・ナリスに嵌められたことになるわけか。ラナンタータ、それ、必要になるかも知れない」
ラナンタータに自動小銃を押し付けてカナンデラは歩き出した。
「わざとエマルを尾行させたってこと。あ、あ、だからノーヴェスラウナとイヴンゼリクスを……じゃあ、もしもあれがイサドラじゃなかったら……」
ラルポアはイスパノスイザをバックさせる。ゆっくりバックして、スムーズに方向転換した。冬の間は立てっぱなしにしておく幌屋根を下ろす。
「逃げる」
ラナンタータの片方の頬が痙攣る。
「今すぐカナンデラ捨てて逃げよ。風が寒いよ、ラルポア」
カナンデラはプジョーに近づいて貴婦人に呼び掛けた。
「マダム、マダム・ナリス」
イスパノスイザはカナンデラの後から一定距離を保ってバックのまま近づく。遠く離れるのは危険だ。ラルポアは優秀なショーファーだ。どう動くべきかわかっている。
カナンデラは結構な声量がある。はっきりと聞こえたはずだが、貴婦人もエマルもちらりとすら反応を示さない。
「なんだかな……わざとらしい」
カナンデラの周りに数人の男たちが集まって来た。カナンデラは早足で貴婦人を追う。
「ラルポア、カナンデラを助けよう」
ラナンタータは身を乗り出す。貴婦人が優雅な仕草でゆっくり振り返った。美しい白い輪郭。
「あ、あなたは……人違いです。失礼しました」
貴婦人がサングラスを外す前に、カナンデラは後退りした。エマルが会釈する。カナンデラはエマルに訊いた。
「イサドラ・ナリスには何処で会ったのですか」
「イサドラさんって、どなた」
貴婦人もエマルに尋ねる。それが合図だったのか、カナンデラの周りの間合いが縮む。バラバラと黒服の男たちが湧いて出た。
「カナンデラ、乗って」
遅かった。イスパノスイザで強引に割り込む。人割れがしてカナンデラの側に左ボディの助手席を付ける。ラナンタータは座席に片膝を着いた半立ちで自動小銃を抱え、貴婦人に銃口を向けた。
男の一人が拳銃を出す。ラナンタータが銃口を空に向けて発砲した。ラナンタータとしては一発だけ撃つつもりだったのに何故か連射になった。
ダダダダダ………
「「「「「「わわわわっ」」」」」」
「ひええっ……」
自分で撃っておきながらラナンタータも怯む。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる