毒舌アルビノ・ラナンタータの事件簿

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第5章 婚前交渉ヤバ過ぎる

(14) 結婚を前提に

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  1927年はまだLGBT闇夜の時代。この国ではソドミー男色は法廷で裁かれてほぼ死刑か終身刑だった。

  シャンタンはオスカー・ワイルドが好きだと言った。30年以上前にソドミー裁判で世界を驚かせた異世界イギリスの小説家は、性同一性の問題を知らない。それでも、シャンタンの心に響いたらしい。

「『あえてその名を告げぬ愛』と言う言葉が好き」

「そうかぁ。おいらは退廃したくてしたくてしたくて、退廃に溺れていたいだけなんだけどな、お前と……あえてその名を告げぬなんて、俺様は言っちゃうよ。男色だって。ソドミーだって。叫ぶぜ。単細胞の正直者だからな」

「でも、結婚はできない……」

「俺たちだけでやるのさ。南の島か何処かで。誰もお前を男だと知らない処で」

「結婚……」

「しよう。シャンタン。でなければこの国を変えるぞ。男同士でも結婚できる国にな」

  シャンタンは女の子のような目の色で微笑んだ。カナンデラの腕の中で小さくなる。カナンデラはシャンタンの髪を撫でながら、ほくそ笑む。

あの金で指輪を買うんだ
トランク一杯の金で……
フランスに行こう
シャンタンと一緒がいいか
それとも
サプライズで喜ばせようか
あー、ラナンタータとラルポア……
あの二人を何処かで振り捨てなきゃ
フランスまでもついてこられそうだぜ

  シャンタンの寝息が聞こえて、カナンデラも幸せな夢に落ちた。

  異世界お気に入り5位の、パリ1区のヴァンドーム広場。印象的な高い円柱の下でぐるりと辺りを見渡す。フランスの5大宝石商グランサンクの広場は芸術と建築を融合させた素晴らしい眺めだ。

  カナンデラは奮えた。

シャンタン、待ってろ
お前の薬指を飾る指輪を
異世界で選んでくるぞ

「カナンデラ、単細胞。何処に行くかお見通しだよ」

「げ、ラナンタータ、ラルポアも……」

「カナンデラって最低だね。シャンタンからぶんどった金でシャンタンにあげる指輪を買うなんてさ、ジゴロ。自分で稼いだ金で買えよ、ジゴロ。その方が心がこもっているよ、ジゴロ。ね、ラルポア」

「多分……」

「お前ら、何処から湧いて出たっ。田舎者は田舎に帰れ。折角のおフランスのおパリが堪能できないじゃないかっ」

「あはは、おフランスのおパリだってさ。私たちはね、新婚旅行に来たの。ね、ラルポア」

「多分……」

「カナンデラはまだまだ結婚できないんだって。可哀想だよ。ね、ラルポア」

「多分……」

「多分じゃないよ、ラルポア。可哀想の範疇のど真ん中だよ。私たちが幸せなのにカナンデラ所長はまだ独り身だってさ。あはははは」

  カナンデラはうんうん魘された。目が開く。起き上がりたいが、肩にかかるシャンタンの頭に気づいて、猫に乗っかられた気分になる。その頭を動かしたくない。

このままほんの少し寝ていようか
いや、起き上がりたいのだ
複雑な気分だ
ラナンタータめ……
ラルポア相手にロストバージンか
おめでとう……かな……
悪魔ちゃんにも
春が巡って来たかもな
しかし
従兄だから言わせてもらうが
自分たちが幸せだからって
俺様の夢にまで出てくるな

  カナンデラはあり得ない妄想にほくそ笑む。

とうとうか、ラナンタータ
ふっふっふ、わっはっは
ラルポアとあんなこともこんなことも

  いけない妄想にどっぷり漬かった。



「さぁ、カナンデラを起こしに行こう。お腹空いた」

「ラナンタータ、それは止めよう。僕たちはいつ来られても良いように準備しておけば良い。カナンデラを邪魔するのは無粋だよ」

「何で。もう朝だよ。お腹も空いた」

  ラルポアは、ここにいるのが恋人なら、もしも恋人がラナンタータのように無粋なセリフを吐いたなら、ベッドに押し倒して「ほらね、こういうことさ」と教えてあげるのに……と笑う。

「何で笑うかな、ラルポアは。私のお腹が空いたら笑うのかな」

  キャビネットの中の写真は、シャンタンによく似た金髪の女性が白いおくるみを抱いている。ラナンタータがすっとんきょうな声を上げた。

「クッキーの缶だ。キャビネットは鍵が掛かっている。ラルポア、事務所に行こう。イサドラから貰ったマカロンを置いてきちゃった。折角だからマカロン取りに行こう」

「マカロンか……もしもイサドラの手先がいたら僕たちは今度こそ」

「危ないの……」

「僕はアントローサ総監からピストルを持たされているけど、人殺しにはなりたくないよ、ラナンタータ」

「手とか足とかを」

「銃弾は6発だ。イサドラの手下は多い。昨日は1ダースはいた。イサドラにラナンタータを拐われたら探しようがない」

「じゃあじゃあ、もしものことを考えてこうしよう。もしも私が拐われたら、どこでも必ず女子トイレの鏡を覗いて。鏡に文字を書くから。行き先が解れば頭文字を書く」

「女子トイレはちょっと……」

「入り口から見える処に書くから」

「入り口でもちょっと……」

「じゃあラルポアはどこに書いた方が良いと思う」

「そうだな。男子トイレの鏡に」

「わはははは。それは良いね。それなら口紅でも買おうかな」

「ラナンタータ、男子トイレの鏡に口紅は変だよ」

「大丈夫。考えがあるから」

  お腹が空いたことはすっかり忘れていた。









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