90 / 165
第5章 婚前交渉ヤバ過ぎる
(14) 結婚を前提に
しおりを挟む1927年はまだLGBT闇夜の時代。この国ではソドミーは法廷で裁かれてほぼ死刑か終身刑だった。
シャンタンはオスカー・ワイルドが好きだと言った。30年以上前にソドミー裁判で世界を驚かせた異世界イギリスの小説家は、性同一性の問題を知らない。それでも、シャンタンの心に響いたらしい。
「『あえてその名を告げぬ愛』と言う言葉が好き」
「そうかぁ。おいらは退廃したくてしたくてしたくて、退廃に溺れていたいだけなんだけどな、お前と……あえてその名を告げぬなんて、俺様は言っちゃうよ。男色だって。ソドミーだって。叫ぶぜ。単細胞の正直者だからな」
「でも、結婚はできない……」
「俺たちだけでやるのさ。南の島か何処かで。誰もお前を男だと知らない処で」
「結婚……」
「しよう。シャンタン。でなければこの国を変えるぞ。男同士でも結婚できる国にな」
シャンタンは女の子のような目の色で微笑んだ。カナンデラの腕の中で小さくなる。カナンデラはシャンタンの髪を撫でながら、ほくそ笑む。
あの金で指輪を買うんだ
トランク一杯の金で……
フランスに行こう
シャンタンと一緒がいいか
それとも
サプライズで喜ばせようか
あー、ラナンタータとラルポア……
あの二人を何処かで振り捨てなきゃ
フランスまでもついてこられそうだぜ
シャンタンの寝息が聞こえて、カナンデラも幸せな夢に落ちた。
異世界お気に入り5位の、パリ1区のヴァンドーム広場。印象的な高い円柱の下でぐるりと辺りを見渡す。フランスの5大宝石商グランサンクの広場は芸術と建築を融合させた素晴らしい眺めだ。
カナンデラは奮えた。
シャンタン、待ってろ
お前の薬指を飾る指輪を
異世界で選んでくるぞ
「カナンデラ、単細胞。何処に行くかお見通しだよ」
「げ、ラナンタータ、ラルポアも……」
「カナンデラって最低だね。シャンタンからぶんどった金でシャンタンにあげる指輪を買うなんてさ、ジゴロ。自分で稼いだ金で買えよ、ジゴロ。その方が心がこもっているよ、ジゴロ。ね、ラルポア」
「多分……」
「お前ら、何処から湧いて出たっ。田舎者は田舎に帰れ。折角のおフランスのおパリが堪能できないじゃないかっ」
「あはは、おフランスのおパリだってさ。私たちはね、新婚旅行に来たの。ね、ラルポア」
「多分……」
「カナンデラはまだまだ結婚できないんだって。可哀想だよ。ね、ラルポア」
「多分……」
「多分じゃないよ、ラルポア。可哀想の範疇のど真ん中だよ。私たちが幸せなのにカナンデラ所長はまだ独り身だってさ。あはははは」
カナンデラはうんうん魘された。目が開く。起き上がりたいが、肩にかかるシャンタンの頭に気づいて、猫に乗っかられた気分になる。その頭を動かしたくない。
このままほんの少し寝ていようか
いや、起き上がりたいのだ
複雑な気分だ
ラナンタータめ……
ラルポア相手にロストバージンか
おめでとう……かな……
悪魔ちゃんにも
春が巡って来たかもな
しかし
従兄だから言わせてもらうが
自分たちが幸せだからって
俺様の夢にまで出てくるな
カナンデラはあり得ない妄想にほくそ笑む。
とうとうか、ラナンタータ
ふっふっふ、わっはっは
ラルポアとあんなこともこんなことも
いけない妄想にどっぷり漬かった。
「さぁ、カナンデラを起こしに行こう。お腹空いた」
「ラナンタータ、それは止めよう。僕たちはいつ来られても良いように準備しておけば良い。カナンデラを邪魔するのは無粋だよ」
「何で。もう朝だよ。お腹も空いた」
ラルポアは、ここにいるのが恋人なら、もしも恋人がラナンタータのように無粋なセリフを吐いたなら、ベッドに押し倒して「ほらね、こういうことさ」と教えてあげるのに……と笑う。
「何で笑うかな、ラルポアは。私のお腹が空いたら笑うのかな」
キャビネットの中の写真は、シャンタンによく似た金髪の女性が白いおくるみを抱いている。ラナンタータがすっとんきょうな声を上げた。
「クッキーの缶だ。キャビネットは鍵が掛かっている。ラルポア、事務所に行こう。イサドラから貰ったマカロンを置いてきちゃった。折角だからマカロン取りに行こう」
「マカロンか……もしもイサドラの手先がいたら僕たちは今度こそ」
「危ないの……」
「僕はアントローサ総監からピストルを持たされているけど、人殺しにはなりたくないよ、ラナンタータ」
「手とか足とかを」
「銃弾は6発だ。イサドラの手下は多い。昨日は1ダースはいた。イサドラにラナンタータを拐われたら探しようがない」
「じゃあじゃあ、もしものことを考えてこうしよう。もしも私が拐われたら、どこでも必ず女子トイレの鏡を覗いて。鏡に文字を書くから。行き先が解れば頭文字を書く」
「女子トイレはちょっと……」
「入り口から見える処に書くから」
「入り口でもちょっと……」
「じゃあラルポアはどこに書いた方が良いと思う」
「そうだな。男子トイレの鏡に」
「わはははは。それは良いね。それなら口紅でも買おうかな」
「ラナンタータ、男子トイレの鏡に口紅は変だよ」
「大丈夫。考えがあるから」
お腹が空いたことはすっかり忘れていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる