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第6章 殺人鬼と逃避行
(4)殺人鬼と乾杯
しおりを挟む「襲われる。多分、早ければ今夜辺り、帰り道か……」
ブシュッとドアが鳴った。
カナンデラとラルポアが血相を変えて立ち上がる。
ドアが開いて、サイレンサー付きの銃と自動小銃を抱えた男がふたり入って来た。
ラナンタータを初め、みんなでホールドアップの形を取る。
「もっと早いわよ、私。待たされるのが嫌いなの」
イサドラが入って来た。白いふかふかのミンクに真っ赤な帽子、ドレスも手袋も真っ赤で、にっこり笑う唇も赤い。
ラナンタータが片手の甲で唇をごしごし拭った。ラルポアが準備した赤い口紅は自分には似合わないと、ラナンタータは一瞬で恥ずかしくなったからだ。カナンデラとラルポアが横目で見て思わず吹き出す。
「の状況で笑うなんてっ」
と、ラナンタータが非難した。
「お嬢様、口紅がはみ出してますわよ」
イサドラがハンカチでラナンタータの唇の周りを拭く。
「おやおや。物騒なモノを担いでお越しの方がご親切に。良かったな、ラナンタータ。大スターはお前を噛み殺す気はないらしい」
「ふふ、ザカリー探偵事務所に依頼したいことがあるの。エマル」
イサドラの後ろからファーでトリミングしたマントが現れた。無表情のエマルだ。布バックからワイングラス4つと甘酒のボトルを出す。
「ラナンタータお嬢様は多分、異世界ジャポネのお酒は初めてよね。これは甘酒と言って主に女性に好まれているのですって。ジャポネは女性に優しい国かもしれないわね」
日本はデモクラシーが都会を開き初めた封建時代の色濃い大正16年。女性に優しいとはとんでもない誤解だが、ラナンタータは目を輝かせてウンウンと頷く。お酒が嬉しくて片方の頬がひくひく痙攣っている。
「おいら、あんたを見直したぜ」
ホールドアップしたままカナンデラが笑う。
「皆さん、お座りになって」
カナンデラは立ち位置から其のまま指定席に腰を下ろし、ラルポアはラナンタータの腕を掴まえてカナンデラの横の一人掛けソファーに引っ張った。ラナンタータを座らせて、ラルポアはひじ掛け部分に軽く腰を乗せる。いつでも動ける態勢だ。
客用の長いソファーの真ん中に、イサドラが独りで座る。
「ザカリー探偵さん、封を切ってくださる」
イサドラが微笑む。
エマルの手からボトルがカナンデラに移った。
白い陶磁器の酒瓶は、口に捩じ込んだ木栓を判子の押された和紙で封印してある。その封を切ると、米麹独特の香りがカナンデラの鼻腔を惹き付けた。
テーブルに並べたグラスに、白濁した甘酒が注がれる。
「実は朝から張り込ませていたのよ。電話すればあなた方は警察に連絡すると思って、試させてもらったの。でも、こうして乾杯できるのだからレズリアントビエンってことね」
ショーファーのラルポアが一番最後だったが、取り敢えず全員がグラスを持った。
「人生もそうなることを願うよ。チンチン」
カナンデラが負け惜しみを言う。チンチンとは、グラスを合わせて鳴る音を表現して乾杯を意味している。日本人が聞いたらエッチな意味に取りかねない。
「では、ビバ、キュセック」
イサドラはお手本のように一気に飲み干す。カナンデラも負けじと一気に呷った。
ラナンタータは「甘くて美味しい。不思議な味」と痙攣り、ラルポアは口を付けるふりをする。
「ラルポアさん、飲酒運転になると思ってお飲みにならないのね。あなたには珈琲が良かったかしら」
「いいえ、マム・イサドラ。僕はあなたの提案には乗らない。此の酒も何が入っているか……」
「うふふ、疑い深いのね。甘酒はアルコール度数がゼロなので子供たちのお祭りにも飲まれているのですって。良いわ、探偵さんとお嬢様が飲んでくだされば、私の計画通りよ」
ラナンタータは最後の一口をゴクリと飲み込んだ処でイサドラのセリフに驚いた。
「何か入れた……の……」
目がとろんとなったラナンタータは、ラルポアの膝に頭を乗せた。カナンデラはとっくに天を仰いで瞼を閉じている。
「グラスにハルビタールの合成薬サディアンケーティナを塗っておいたの。ラルポアさん、あなたのグラスだけは安全だったのに、飲んでくださらなかったわね。甘酒は健康にも良いのよ」
「何故、僕にその薬を使わない」
「あなたには見届けてほしいの。私がお嬢様を傷つけないと約束したことを履行するかどうか」
イサドラは赤い手袋の手を片方上げた。
この仕草を合図にエマルがドアを開くと同時に、ラルポアはラナンタータの頭をソファーに凭れさせた。
黒い服の男たちが入って来た。ラルポアの身体が動く。先頭の男に回し蹴り、イサドラの手を引いて盾にする。
「ラルポアさん、こんなことしても無駄よ」
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